010 絶望を越えて
さて大型魔獣討伐ガチャだが、前回同様に行うのは石室の祭壇だ。で、現在でも神官の資格があるリリムの立会いのもとで行なうことになった。
大小の壺の裏にある炎には大型魔獣討伐と書かれた文字が浮かんでいてシュールではあるが、これは翻訳の結果ということで実際は異国の文字が浮かび上がってファンタジックな感じになっているんだろう。まあ、そんなことはどうでもいい。
ともかくだ。ここまでの引きがひどかった。三十連して出て来たのは毒草、毒草、毒草、毒草と毒草ばかり。ああ、そうね。大型の魔獣を相手にするときには正面から戦わずに毒草とか使って搦め手で挑むのが普通なんだろうよ。けど、八万円の毒草とかいらないでしょ。
あとは定番の薬草やポーション。それと竜鋏とかいうトラ鋏のデカイ版がレアで出たが、そんなん欲しいわけじゃない。
リリム曰くこの限定ガチャのピックアップであるウルトラレアは竜殺しの大剣。俺はさ。そいつが欲しいんだよ。竜殺しで大剣とか。ああ、欲しい。欲しい。欲しい。
「落ち着きましょうタカシ様」
「安心しろリリム。俺は今最高に冷静だ!」
冷静に、熱くなっている!
だが今三十連引いてこのザマだ。もう五分の三が終わろうとしている。ハッキリと言おう。結果がショボい!
「日が悪いかも知れませんよ。どうします?」
「リリム。違うぞ」
俺は声を張り上げる。
「日が悪いなどという後ろ向きな考え。それはイエスじゃない!」
「イエスじゃない!?」
そうだ。心のメモに刻んでおけリリム。お前の主人の生き様をな!
「教えてやるリリム。ガチャを引いて辛いのは爆死することじゃない。何も結果が残せなかったと己に諦めることだ。ここで負けたまま引き下がり、負け犬で終わったと魂に刻まれれば俺はもう純粋な意味でガチャを引けなくなる。打算で引くガチャなど論外。そんなものはそこらの野良犬に喰わせてしまえ!」
「野良犬に餌をあげるのは禁止されていますよ」
「うるせぇえええ」
飛び蹴りを食らわせてやった。さあ、引くぞ。俺は!
「見ろリリム。これが俺の生き様だ!」
そして、俺は爆死した。爆死、つまり結果がショボかった。残りの金貨も聖貨に換えたが爆死した。リリムに土下座しての基本給の支払いを待ってもらい、さらに注ぎ込んだが何ひとつ得られるものはなかった。俺は負け犬になった。
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「…………」
「…………」
「……蹴りましたよね」
「……ごめん」
酒場で打ち上げである。ため息しか出ない。何ひとつ結果は出なかった。出たものはため息だけだ。は、はは。五百万円以上が一瞬で消滅した。とりあえずレア以下で不要な毒草や薬草を売っぱらって小銭は稼いだがやっちまった。完全にやっちまったよ!
だけど……
「確か大型魔獣討伐ガチャは一週間限定だったな。まだチャンスは」
ぼそりと呟く俺をリリムが睨みつけてきた。
くっ「何言ってんだ、こいつは」的な目をしてやがる。あのときの親父の目だ。だが……次の機会などないかもしれない。ドラゴンをまた倒せと言われても御免被る。
分かるだろう? 限定ガチャは逃せばもう二度とこないかもしれないんだ。あのときのるみにゃんのように……あのときに親父をブン殴らずに金を借りられていれば、実家を出ることもなく俺は初代るみにゃんを手に入れられていたかもしれないんだ。そんな悲劇を繰り返すわけにはいかない。けれども今は先立つものがない。必要なのは金、金だ。そういえば……
「なあ、リリム。ところでドラゴンの角の方はどうするんだ?」
そのまま持ち帰って来たがドラゴンが落とした角がある。アレならかなりの価値がある……気がする。だったら売り払えば、そんなことが頭によぎった俺に誰かが横から声をかけてきた。
「ようあんたらだろ? ドラゴンを倒したっていうのは」
それはチンピラさんのような風体ではあるが、魔物を倒して稼ぎを得ている討伐者のひとりであった。そして彼の後ろに何人もの討伐者たちが並んでいる。なんだ?
「ああ、そうだけど。けど、なんで知ってるんだ?」
「そんな広い町でもないからな。その手の話はそりゃすぐに広まるさ」
「こんな近隣でドラゴンと遭遇だろ。ぶっちゃけ、あんたが倒してなかったら町も危ないところだったからな。感謝してるぜ。ま、たんまり稼いだんだろうが」
ふ、たんまりか。虚しい言葉だな。毒草を売って食べるこの焼き鳥の味はしょっぱいぞ。
「はは、ちょっとガチャの引きが悪くてね。全部使っちまったよ」
あれ、ザワリとしやがった。ああ、分かった。こいつら、たかる気だったな。しかし残念だったな。今の俺は今後の生活費だって怪しいんだ。
「いや……ドラゴンだろ。マジかよ。金貨300枚くらいは出るんだよな?」
「全部消えたよ。限定ガチャは魔物だな。すべてを喰らい尽くされたよ。何もかも」
「私の基本給も……」
「ごめんな」
謝るしかない。
「け、けどさ。あんたウルトラレアは持ってんだろ。それを考えればそっちに運を持って行かれちまったのかもしれねえし」
そこまで知られてんのかよ。まあ小さな町だから……仕方ないのか?
「振り子ラックってヤツかもしれねえな」
「なんだよ、それ?」
聞いたことのない言葉だ。
「振り幅の大きい運を持ってるやつのことさ。いつもは妙に当たりが悪いんだが、時々レアリティがやたら高いのを引き当てることがある」
「それは迷信です。オカルトですよ」
リリムが横からそう口にするが、討伐者は「どうかな」と返してきた。
「天使さんはそういうが、明らかに人によって引きは違う」
「ウルトラレアなんて早々手に入らん。生涯で1回あればいい方だぞ」
その言葉に「え?」となったのは俺だ。
「一生に1度って排出率ひどいな」
「ガチャ自体高額ですし。例えばすべての可能性ガチャでのウルトラレアは1000回に1回出ればいい方です」
れ、0.1パーセント。渋いなんてもんじゃねえな。
「限定ガチャは100回に1回程度らしいがな。限定の発生条件が厳しい上に聖貨2枚、上位だとさらに取られることもあるから……正直記念ガチャぐらいしかやれない」
「俺らじゃあ到底無理」
「レアかスーパレアか。誕生日なんかでもらった聖貨で運よく引き当てられた魔導具をメインにやってるのがほとんどだ。ガチャに金をかけたことのないやつも少なくねえ。俺もそうだけどな」
こいつ……無課金勢か。
「それにウルトラレアも当たりと外れがある。使い慣れたスーパーレアの武器に戻すヤツも少なくないんだ」
なるほどなぁ。
「けど、どう見てもヒョロイあんたがドラゴンを倒したってのはなぁ」
「運だよ」
俺は間髪入れずにそう返した。実際そうだし、切り札の神の薬草はおおっぴらに知られたくない。実力で勝ったと思われたらあとが怖い気がする。
「アレが飛んだあと、翼をたまたま撃って落下させて倒した。打ち所が悪かったんだろう」
「そういうこともあるのか。そこにあるのドラゴンの角だろ。ウルトラレアが竜属性付きになるわけだし、ちょっとすげえぞ」
「竜属性?」
首を傾げる俺にリリムが「鍛治師に重ねてもらうんです」と答えた。
「こうした素材は鍛治師に頼んで魔導器と重ねて強化させることができるんですよ。ですが、お金が……」
「……あ」
なるほど。お金か。難題だな、それは。