001 炎に包まれし者、世界を渡る
ガチャ。それはソーシャルネットワークゲームにおいて特定のアイテムをゲーム内で入手するか、現実のお金を払うことで手に入れ、キャラクターやアイテムなどをランダムで入手できる仕組みのことだ。
レア度の高い強力なものほど入手できる確率は低く、入手の難しい高レアを手に入れるためには課金をしてガチャを回し続けなければならない。
それは辛く険しい道だ。仮に成功を収めてもそれで何があるというわけでもない。ゲーム中だけの自己満足、無価値だという人もいるだろう。
まあ俺に言わせれば、そんな言葉は耳を貸す価値もない戯言だ。
俺がここまでに手に入れたものは俺の血と汗の結晶だ。形として残らないから価値がないなどという人間を俺は逆に憐れむ。
かつて俺の親もそうだった。俺の努力を認めるどころか無駄遣いと罵倒し、反発した俺は最終的に勘当同然となって家を出た。詳しいことは省くがあの頃はウルトラレアのるみにゃんを馬鹿にされたことで頭がどうにかしていたんだろう。親父をグーで殴ってはいけない。それがあのときの俺には理解できなかった。若かったんだな。
だが、自分を抑えられなかった俺はもういない。家を出た後、俺はどうにか高校の先輩のコネで仕事にありつけた。今では会社員とデイトレーダーの二足のわらじを履きながらガチャをする日々だ。もはや、誰に迷惑をかけることなくガチャができる環境に俺はいる。最高だ。
いや、最高『だった』というべきか。
残念ながら今の俺は追い詰められていた。
たったひとつの誤解によって俺は完全に詰んでいた。
それは俺が動画サイトで『ビーストスレイブ』のガチャ引き生放送を行ったことに端を発していた。
ビーストスレイブとは、女の子の姿をしたビーストを檻に閉じ込めて調教してペットにし、それを野生のビーストや他のマスターのビーストと戦わせることを目的としたソーシャルネットワークゲームだ。
そして俺は普段からそのゲームのガチャを引く際には自分の実況を加えたガチャ引きの生放送を動画サイトで流していたんだが、今回開始されたピックアップガチャに関しては気合いが違っていた。
何しろ超進化の果てに火星に封じられていたるみにゃんの多次元宇宙アナザー体であるるみにゃんアナザーが五ヶ月前のクロスワールドデストラクションイベント参加以降ついに引けるようになったのだ。
元々清楚であったるみにゃんに対して褐色肌でちょっとエッチで、けれども恥じらいを忘れないるみにゃんアナザーは俺のハートを鷲掴みにした。引くしかないと心に固く誓った。
俺の気合いは最高潮に達し、課金額は初手から過去最大に跳ね上がっていた。何しろ今月の給料分をすべて課金したんだからな。ギャンブルならば、リターンを期待できるだろうけれどもガチャのリターンは電子のデータ、食べられるのは心の栄養のみ。不退転の決意がそこにはあったんだ。ヤバいだろ。ゾクゾクしてくるだろ。つまりはそこに後悔はなく、最高のコンディションで俺は生放送に挑んだってわけだ。
そしてガチャの結果だけで見れば今回の俺は神がかっていた。まさしく神引き。るみにゃんアナザーを十連続ガチャで七人連続引き、まるでコラージュ画像でしか見ないような並べられた光景がネットを通じて配信されたんだ。
まったくもって生放送というのは魔物だ。ウルトラレアが出るのは百枚に一枚程度と言われているが、確率だけでいえば複数が同時に出ることはありえないわけではない。俺はまるで未来を予知するかの如く、それを成した。
だが理論上でしか起こりえないような状況はオーディエンスの心を狂わし、熱狂を通り越して歓声は罵倒へと変わっていた。俺を妬んだ奴らが、嫉妬に燃えた奴らが俺の生放送の信ぴょう性を疑ったのだ。
そして直後に起きたのは大喧嘩だ。普段ならば大人の俺は醜い嫉妬のひとつやふたつ軽く流していただろうが、今回ばかりは許せなかった。るみにゃんアナザーを偽物呼ばわりしたさだよしエックスとジーク・ユイハマー、奴らを俺は許せない。絶対に、絶対にだ。
あいつらは俺が初代るみにゃんを持っていないことを指摘し、偽物で満足しているエセるみにゃニスト呼ばわりしやがったんだ。るみにゃんは様々なヴァージョンでガチャが出ているが初代は初期ガチャでしか手に入らないのだから、当時の金のなかった高校生時代の俺ではどうしようもなかった。
それを知っていてヤツらは責めてきたのだ。古参連中め。老害どもめ。俺はふたりを激しく弾糾した。俺の正義の断罪は三十分にも渡り続いた。
そして興奮した俺は「うっせーよ、馬鹿。お前らほんと馬鹿。ほんと馬鹿だな。馬鹿。馬鹿ばっか。るみにゃんなら俺の横で寝てるよ、お前ら嫌いだってさバーカ。じゃあな死ね」などと少々大人気ない言葉を最後に吐いた上で強制的に生放送を中止にしてしまったのだ。
思えば、それがいけなかったのだろう。
その後、俺の動画は視聴者によって解析され、本物であるらしいと判断されると続けて不正を疑われた。生放送の様子は別の動画サイトにも投稿され、あまつさえゲーム運営会社が正式に調査する旨を公表したことで、俺のSNSページは大炎上した。ジーザス。運営もクソだった。俺は運命の悪戯に絶句するしかなかった。
また、普段は仲間であったるみにゃニスト(※るみにゃん同好者の名称)たちも、俺の最後の罵倒により全員がアンチに回ったことも痛かったと思う。
神絵師のTATU☆YOSHI先生から「すみません。送らせていただいたるみにゃんのマーラさまコス画像ですがSNSのトップページからは外していただけませんでしょうか?」とひどく畏まったメッセージをいただいたことも俺の心を抉った。先生にも迷惑をかけてしまった。悲しい。俺の心はよりいっそうズタズタになった。
さらに困ったことに自宅の住所もバレたようだ。近くの自販機でスロットが当たったときの画像をSNSに貼っていたことで地域がバレ、そこから帰りによく寄っていた居酒屋のバイトが証言したことでスルスルと住所も判明してしまったらしい。情報化社会の闇を見た気分だ。恐ろしい話だ。バイトの佐藤くんはいつかヒドイ目に合わせてやりたい。具体的に言うとグーで殴りたい。それにとりあえずあの居酒屋はプライベート情報を流していますと事実を書いたらSNSが凍結されてしまった。所詮は大企業に迎合する世の中か。クソッタレだ。
そんな感じで俺は相当追い詰められていた。ただ俺はガチャがしたかっただけなのに。俺はただ、るみにゃんアナザーを引いてみんなに自慢したかっただけなのに。
どうしてこうなったのか。本当にどうして……
「いや……本当にここ、どこ?」
俺は困り果てていた。
自宅でポロポロと涙を流して泣いていたはずの俺は、気が付けば見知らぬどこかにいた。
そこは周囲に石造りの建物並び立つ街の中で、遠くに見えるのは山々、空を飛ぶ島。
「あら、あなたは……珍しいですね。まだ初回ボーナスガチャもやっていない人がいるなんて」
そして正面にある神殿の前で声をかけてきたのは白い翼の生えた少女だった。