しょうげきのであい
拙作にお立ち寄りいただきまして、ありがとうございます(´;∀;`)
俺は没落一歩手前の男爵家の長男だ。少しばかり魔力が強くて、8才にして魔法の扱いに長けているということを 周りから誉めそやされて、家を守り立てることを期待されている。正直、その期待がめんどくさい。
「喜べ シャルディウス! グランマニエ侯爵家の一人娘の話し相手だ! 女侯爵 ロゼフィーナ様の掌中の珠、リルフィール嬢の話し相手に選ばれたぞ!! 快挙だ!! 大抜擢だ!!! 婿入りだ!!!」
なんだそれ。どうして 没落目前のしがない男爵家の息子が王国屈指の名家であるグランマニエ侯爵家のお嬢様の話し相手に選ばれるんだよ? 性別とか家格とか問題だらけだろ。歳だって3つくらい違うんじゃなかったか? あと、婿入りは夢を見過ぎだと思う。
「落ち着いてよ 父さん。そもそも、どうして俺が選ばれるのさ? グランマニエ家のリルフィール嬢って言ったら、才ある子供を見せびらかしたがる他の家と違って、薔薇を咲かせたって話なのに ちっとも表に出てこないんでしょう? 雨どころか 風にさえ当てないくらい 箱入りで深窓なお嬢様の話し相手が、なんで俺なの? おかしくない?」
興奮気味の父さんとは逆に、淡々と疑問を並べる俺の言葉に、少し冷静さを取り戻した父さんは とても残念そうに俺を見て、選ばれた理由を話し始める。
「はぁ……お前のその 子供とは思えない生意気な頭の良さと、この歳で障壁を張れるという魔法の腕が評価されたらしい。大切なお嬢様に節度ある態度で接し、傷ひとつ付かぬようにお守りしろという事なんだろう。できるか? いや、やってくれ。我が男爵家の力では先方から打診を頂戴した時点で断る道はないんだ」
「めんどくさい」
生意気で悪かったな。正直、お嬢様のご機嫌取りとか 全くやる気が出ないんだけど。4・5才じゃ話も合わない……というか、読み書きすら怪しいだろ。それなら 家で魔法書でも読みながら魔力制御の練習してたいんだけどな。そう思うけれど、父さんは情けない顔で俺に懇願し始めた。カイゼル髭に成りきれないへちょっと垂れたドジョウ髭が情けなさを倍増させている。
「なあ、頼むよ シャルディウス。吹けば飛ぶようなウチの家格じゃあ グランマニエ家にお声がけをいただけた事さえ奇蹟なんだ。むしろ、お断りなんてしようものなら 軽く潰されかねないんだよ。父さんを助けると思って受けておくれ」
「いちおう頑張ってみるけど、あんまり期待しないでよね。小さい女の子の喜びそうな話とか分かんないよ? 俺」
「おぉ! それでこそ 我が息子だ!! 頼んだぞ!!!」
「うん、わかった。わかったから離してよ、苦しいんだけど……離せや アホ親父」
暑苦しくぎゅうぎゅう締めつけてくる父さんから やっとの思いで逃げ出して、父さんがあまり寄り付かない図書室の窓辺で、小さな四角い光を頼りに読書の続きに取りかかる。ああ、憂鬱って言葉はこんな時に使うんだろうな。
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5日後の午後。顔合わせも兼ねて、グランマニエ侯爵家のお屋敷……というか 大邸宅へとお茶に招待された。流石 名家、俺ん家が何個も入りそうだ。
俺と付き添いの父さんと母さんも、家で一番上等な服を着て来たけれど、下手したら侯爵家の使用人のパリッとした真新しい制服の方が上等に見えるかもしれない。とりあえず、ご当主のロゼフィーナ様が 服装に寛大な方だったら良いなと思う。
「父さん、本当に俺で良いの? 手紙の宛先が間違ってたとか無いよね?」
「間違いございません。キュラソール男爵家の御嫡男、シャルディウス様をお招きするようにと奥様から仰せつかっております」
門を潜っても未だにお屋敷に辿り着かない 優美な一角馬の牽くやたら豪華な馬車の中で、あまりの格の違いに心配になって 左隣の父さんに尋ねれば、正面に背筋を伸ばして座っている厳格そうな初老の執事ギルバート殿(キリッとしたカイゼル髭)が 微かに目元を和らげて言った。間違いだったら良かったのに。
「シャルディウスや、こうなれば 何としてもお前がリルフィール嬢をお守りするんだぞ。大切なお嬢様に毛筋ほどの傷も付けないようにな!」
「そうよ、シャルディウスちゃん。賢い貴方だもの、きっとできるわ!」
左右から両親に激励される俺に向かって、しかしギルバート殿は 思いもよらない事を言う。
「いえ、むしろシャルディウス様はご自分の安全を最優先になさってください。特に、お嬢様が涙目になった時には すぐにでもお逃げください」
『は?』
真逆の事を言われて、きっと間抜け面が3つ並んでいただろうに ギルバート殿はその事には触れず、もう一度 真剣な面持ちで言う。
「シャルディウス様は、ご自分の安全を、最優先に、なさってください。これは 奥様のご意向でもございます」
言葉を区切りながら念を押された。リルフィール嬢とは、いったいどんなお嬢様なのか 不安になってきた。魔力に任せてワガママ放題の乱暴者とかだったら嫌だな。すごく めんどくさそう。
そんな不安を抱く俺達に構わず、馬車はお屋敷の玄関へと到着し、美男美女の使用人たちに恭しく出迎えられて 応接間へと案内される。家の色褪せたソファーとは全く違う 真っ赤な布の座面も鮮やかなソファーに怖々と腰掛けて、このお屋敷の主 グランマニエ女侯爵ことロゼフィーナ様を待つ。ああ、帰りたい。
「ようこそ おいでくださいました。お待たせしてしまったかしら?」
「い、いえ、とんでもない。おおお、御家にお招きいただけましたこと、わが、我が家の誉れにござります。ハイ」
30分ほど待たされてから現れたのは、母さんと同年代とは思えない華やかな美女だった。父さんが噛みまくる気持ちもわかる。白金に赤みを帯びた 波打つ艶々のストロベリーブロンドに、シミ・シワの見つからない白磁の肌、豪華なドレスの上からでも分かる凹凸のハッキリした体形……父さん、そろそろ鼻の下を元に戻さないと母さんの目つきが恐いよ。
それから、俺たちも挨拶を交わして、まだ用意の終わっていないリルフィール嬢を待つ事になった。
「まぁ そうなの、シャルディウスさんは読書がお好きなのね。うちのリルフィールも本が好きなのよ、ちょうど良かったわ」
「奥様、お嬢様がおいでになりました」
ロゼフィーナ様に勧められて お茶やお菓子を飲み食いしながら幾つか質問に答えていれば、メイドに手を引かれた小さな女の子がやって来た。
「はじめまして。グランマニエこうしゃく家がちゃくし リルフィール・ロゼ・グランマニエともうします。いご、お見しりおきくださいませ」
少し舌足らずながらも しっかりとした挨拶をして、ふわふわなドレスのスカートを摘まんで礼をしたのは、ロゼフィーナ様よりも淡いピンク色の髪がふわふわで、テーブルの真ん中に飾られている高そうな桃みたいに色づく頬も 触ればふわふわしていそうな、どこもかしこも ふわふわな可愛い女の子だった。乱暴者とか言ったの誰だ?!……俺か。
「上手にご挨拶できましたね、リルちゃん。いらっしゃい、こちらが貴女のお話し相手をしてくださるシャルディウスさんよ」
「しゃ、シャルディウス・リヒト・キュラソールです。よろしくお願いします、お嬢様」
「はい。よろしくおねがいします。シャル、シャルでウしゅ……シャルでぃ…」
にこりと笑って俺の名前を言おうとして、なかなか言えずに顔を曇らせてゆくお嬢様に、慌てて シャルで構わないと言えば、再び花咲くように にぱっと笑った。
「シャルくんね。わたしはリルって呼んでください」
「えと……」
「シャルディウスさんの方がお兄さんですもの、リルでよろしくてよ。色々と教えてあげてね」
お嬢様をそんなに気安く呼んでいいものか と伺うように振り返れば、おおらかに微笑むロゼフィーナ様にお許しをいただいた。なので「リル様」と呼ぼうとしたら、頬をぷくっと膨らませて「さまづけはいや」だと言われた。ほとほと困り果てて再び振り返れば、やはり微笑むロゼフィーナ様。頷かれてしまったので、呼び捨てにすることが強制的に決定した。身分的に当たり前だけど、こちらに決定権など無い。
「さきほどお話が聞こえていましたが、シャルくんは ご本がすきなのですって? じゃあ、うちの図書室にごあんないしますね。たくさん ご本があるんですよ。いっしょに読みましょう」
「あ、はい。リルさ……リル、あんまり急ぐと危ないですよ」
小さな手に袖をちょいちょい引かれ、小走りに図書室へ向かおうとするお嬢様をたしなめる。大人たちは暖かい眼差しで見守るばかりで、彼女を止めてはくれなかった。覚えてろよアホ親父。ニヤニヤするな。
お嬢様が いつ転ぶかとヒヤヒヤしながら、無事にたどり着いた図書室は圧巻だった。家どころか 俺が通う学舎の図書室よりも本が多いかもしれない。すごい。
「1人で読むのもいいですけど、誰もいないのはやっぱりさみしかったです。シャルくんはどんな ご本がすきですか? やっぱり おとこの子は英雄のお話? 冒険もの? それとも……」
「魔法書……」
「まほうしょ?」
しまった。つい、まだ読んだ事の無い魔法書が読めるかもと期待してしまったけれど、今はお嬢様も楽しめる本を読むべきだ。小難しい魔法書なんて5歳には早すぎるよな。そのうち見せてもらおう。
「あ、やっぱり俺…」
そう言いかける俺に、お嬢様はまた にぱっと笑って驚くべき事を言ってきた。
「魔法書ならこっちですよ。まだ じょー級は読めてませんけど、ちゅー級くらいまでならいっしょに読めると思います」
「……初級でお願いします」
なんでだ?! どうして 俺は3つも年下の子に初級でもちょっと難しい魔法書を解説されながら読んでいるんだ?! 小さくてふわふわな見た目も、舌足らずな喋り方も明らかに5歳児なのに……わかりやすいな。
4つの元素って呼ばれる属性は 、火は水で消えて、水は土に吸収され、土は風に飛ばされ、風は火に呑まれるだけじゃないらしい。
大きな火は水を蒸発させ、大量の水は土を押し流し、硬い土は風を防ぎ、強い風に火は吹き消されたり、力関係が逆転することもあるんだ。お嬢様も、見た目が小さい子だからって侮っちゃいけなかった。
俺のプライドを崩した衝撃はそれだけじゃない。
魔法書をキリの良いところまで読み終えて、少し庭へ出てみる流れになった。なんでも、お嬢様は今まで 庭にもほとんど出た事が無いらしい。どれだけ 箱入りで育てられたんだろう? でも、これからは俺が付き添うので 解禁だそうだ。
「おそとには行きたいですが、こわいものがいっぱいなのです」
そんな風に言いながら、俺の手を きゅっと握るお嬢様。弟もこんなに可愛かったら良いのに。何かと俺に張り合おうとする2つ下の弟を思うと、溜め息が出そうになる。だけど、今はお嬢様との散歩を無事に終えるという大任を完遂するのが重要だ。
1度、ロゼフィーナ様と両親がいる部屋に戻って外に出る旨を伝えると、皆して(ギルバート殿やお嬢様の手を引いて来た濃い髪色のメイドも含む)ぞろぞろと付いてきた。やっぱり過保護なんだな。
「わあ! きれいです!!」
「うわぁ……」
メイドに案内されてやって来た庭は、振る舞い酒目当ての近所のおっさん勢では無く、ちゃんとした庭師達が整えただけあって 色とりどりの花が絶妙なバランスで配置されていた。お嬢様は薔薇のアーチを潜りに行ったりと、少しはしゃいでいる。……良かった。こういう所は普通に子供だ。
「シャルくん、シャルくん、こっちです。いつも窓からみていた バラの迷路があるんです、いってみましょう」
「はいはい、あんまり急ぐと転ぶよ」
この頃には 俺も少し慣れてきて、お嬢様……リルに対して普通に話すようになってきた。リルの希望でもあるけれど。リルの口調は昔からの癖だそうだ。まだ5歳なのに。
ちょろり。
「ひ!!」
軽快に先をゆくリルの目の前に、黒っぽくて小さな……トカゲかな? が、舗装された石畳の横に点々と置かれた石像の陰から飛び出してきた。
「い、い、い……」
「リル?」
不自然な体勢で動きを止めたリルに、後ろから声を掛ける。けれど、大人達が集まってお茶の続きをしている阿室から ギルバート殿の切羽詰まった声が聞こえてきた。それからは一遍に色々な事が起こった。
「いけません! お逃げください!!」
「いやぁぁぁぁぁぁ!! 」
ごぉっ……ドォォォン
「リル! 《水障壁》」
リルの小さな両手から、5歳児ではあり得ない大きさの火の塊が現れて トカゲを飲み込み、更にその先の庭を焼き焦がしながら爆発した。俺の水障壁じゃ 気休めにしかならないけど、咄嗟にリルの前に出て熱を持った爆風と細かい破片を遮る。
「……あちっ、あっちい!! ぁイテッ!」
「しゃ、シャルくんっ?!」
なんとか守りきったかな? と 思いながら振り返れば、リルが大粒の涙を だばだばと落としながら俺の上着の端っこを掴んでいた。
「ごめんなさいっ! ごめんなさい~!!」
「ぅわ!? ケガしたの? どっか、痛い? 」
「ちが……また、火が……シャルくんに、やけど と ケガさせちゃいましたぁ~」
どうやら、ケガは無いけれど 魔法の暴発で俺に火傷をさせた事を悔やんでいるらしい。「よそ…まのごし…くに……」とか「かわ……しい おかおに…ずが……」とか、不明瞭な声でもにょもにょ言いながら泣いている。困った。
駆けつけた大人達に宥められても、涙が止まらないリルを見ていられなくて、つい、袖で顔をゴシゴシ拭ってしまった。
「泣くなよ。これは騎士達に言わせれば、淑女を守った“名誉の勲章”って言うんだから」
確か、前に読んだ本にそんな事が書いてあった気がする。あんまり よく分からない話だったから、途中で違う本を読み始めちゃったけど。
そして。ポカンとするリルに、ちょっとだけ笑って付け加える。
「それにさ、リルはすごいよ。国で最強の魔法使いになれるかもね」
リルの放った魔法の衝撃とともに 木っ端微塵になった、俺のささやかなプライドには気付かない振りをして。
貴族の家名に、お菓子の香り付けに使うリキュールの名前を持ってくるという暴挙( ̄▽ ̄;) しかも 両方オレンジ……。
シャル君の読んだ本は 詩的な表現を多用する コッテコテの恋愛小説か?
実はリルちゃんはドレスや装飾品に ガッチガチの魔法防御が掛かっていて、自らの魔法の余波対策はバッチリだったら……とか、シャル君が可哀想な事を考えてみたり。真相は謎ですが。
また つまらぬもの を書いてしまった( ̄へ ̄メ)