始まりは……。
広川の性癖が、彩華の体に染みついている。
一人の夜は本当は怖いのだ。
いくつもの背徳の傷跡をつけた。五線紙に黒い音符をいくつもつけて、つけたあとでグシャリと譜面を握り潰す。彩華の体には幾重にも、潰された音符が残っている。それは目には見えないけれど、いつか、心の表面にあらわれるのだろうか。
そして、もしも、音楽が片耳でしか聴こえなかったら、それはどのような意味を持つのだろう。
彩華、23歳。
高校を卒業してから、広川の愛人をしている。5年間、ずっと愛人関係だ。
広川とは親子ほど、年が違った。
些細なことで広川とケンカをした。広川のマンションを飛び出し、向かったのは東京駅だ。
そのまま、ふらりと新大阪までの切符をクレジットカードで購入した。
矛盾している。
ケンカをして飛び出したのに、金銭の出所は広川なのだ。
わかっていてもやけになった気持ちは、そんなことはどうでもいいと囁いた。
新大阪で降りたもののあてもなく、夜景のきれいな神戸に泊まることにした。
運命のターニングポイントだった。
神戸で恋に落ちた。
ホテルのバーで出会った片耳しか聴こえない祐紀に、一目惚れしたのだ。一回りの年の差なんて、全く感じなかった。
祐紀と出会って2日目。
離れたくなくて、抱いてほしくて、おもわず涙がひとしずくこぼれた昨夜。
寂しさを埋めたいから、祐紀に恋に落ちたのだろうか。
違う。
祐紀のさりげない優しさに惹かれたのだ。
彩華の心も体も、男性は広川しか知らない。