ベンチで。前編
夏は日が高く昇る。
午後七時を回っても空は仄明るい。
最近、俺の周りも明るい。
「宮園だけに公園ってか!」
会社の同僚が俺に向かってそう言った。
先日の中学男子生徒を助けた件がメディアに取り上げられ、瞬く間に知り合いに知れ渡った。
「宮園さんって公園の管理なさってたんですね」
「ああ、まあ…」
向かいのデスクの女性会社員が綺麗な笑顔で聞いてくるが、俺は生返事を返す。
「宮園護が公園守るってな!」
会社の五月蝿い同僚は大きな声を荒げて笑った。
たったあれだけの事でこんなに言われるとは、嬉しいと言うよりは煩わしく感じる。
「お先に失礼します」
「お?もう帰るのか。何だよ、彼女でも出来たのか?」
下らない冗談をまた喧しい同僚が言い始める。
そんな下品な顔をするんじゃない。
お陰で周りから変な視線を浴びせられた。
「そんな訳無いだろ」
五月蝿いお前から逃れるためだ、とは言えず心の中で憤慨した。
そんな騒がしい会社から逃げるように帰路についている。
「人の噂も七十五日って言うけど、もっと早く消えてくれないかな」
悪い噂が立つようなものじゃなくて、普通に良いことしたんだが。
まあ、自然と話が消えてくれればそれで良い。
人にもて囃されるのは苦手だ。
そんなことを頭で考えながら、いつの間にか行き着く場所はやはりあの公園。
自宅では無く例の公園だ。
「もうここが家みたいだな…いっそここに家を構えるか」
何て冗談を独り呟き苦笑する。
その言動は誰も居ないから良いものの、他人が居たら変に見られていただろう。
公園の敷地に足を踏み入れる。
あの急な坂を登る前に一息つこうと、こうして公園に寄ることが日課となった。
軽く辺りを見渡して異常が無いことを確かめると、定位置であるベンチへと歩みを進める。
「?」
座ろうとベンチに近づくと、そこにはノートが置かれてあった。
目立った柄は無く表紙が白いノートだ。
手に取って裏表を見てみるが、持ち主の名前らしいものは特に書かれてない。
勝手に見てしまうのには少し抵抗があったが、中をパラパラと捲ってみた。
中も至って普通の大学ノート。中高生の頃によくお世話になった見慣れたノートだ。
だがこのノートは真っさらの新品同様、何も書かれておらず一皺も無い。
「あ」
と思っていたが、最後の頁を捲ると一文だけ書かれていた。
『このノートを拾った方、もし良ければ私と交換ノートをしませんか?』
筆跡から推測するに、多分女性の物だろう。
「何でまたこんな所に…」
変な事をする人も居るもんだ。
俺は、そう思いそのノートを元の場所に置いた。
見知らぬ人と、それも女性と交換ノートをするなんて俺には無理だ。
第一、こんなデジタル化が進む現代にこんな事をするこのノートの持ち主も持ち主だ。
拾った相手がこの言葉を真に受けると信じてやっているのか、それとも唯のイタズラか。
いや、きっとそうに決まっている。
置いてあったノートに対してそんな思いを巡らせながら、もう帰ろうと立ち上がる。
公園の出口まで迷うこと無く歩を進めたが、公園を出て直ぐピタリと足を止める。
「……あそこに置いてたら、ごみになる」
思い付いて結局、そのノートを持ち帰る羽目になった。
この頃公園で遊ぶ子供が見当たらないな、と思いながら公園に寄ったりします。
時代の流れですかね。
私が小さい頃は休みの日なんか、公園を梯して回って遊んだものです。
……あの頃は平和でした(笑)