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あの公園で。  作者: 齋藤翡翠
4/10

砂場で。後編

「……終わった」


額の汗を拭いながら、綺麗になった公園を見渡す。


達成感と共に少し疲れを感じ、ベンチに腰を落とす。


買っていた缶コーヒーを口につけ、優越感に浸る。


「何かこの感じ、缶コーヒーの広告みたいだな」


ふふふ、と口から笑いが漏れる。

彼の有名な俳優が出演しているコマーシャルが頭の中で流れる。


自分もコマーシャルの俳優と同じようなポーズをして缶コーヒーを啜る。


「そこの若い方」


「ブッ」


急に後ろから声を掛けられ、コーヒーを吹いてしまった。


今までしていた行動を見られていたとなると、恥ずかしくてしょうがない。


「は、はい?」


妙にしゃがれた声がするなと思ったら、大分歳をとっているお爺さんが杖をついて立っていた。


「お隣、宜しいかね。この年だもんで立っているのが辛くてね」


「ええ、どうぞ。お構い無く」


快くスペースを作り、席を開けた。

お爺さんはよっこらせ、と言ってどっしりと腰を降ろした。



お爺さんが隣に座っている絵なんて何かシュールだな。なんて思いながら、ボケーっとしているとお爺さんが話し出した。


「私はよくここに来るんですがねえ、その時この公園の管理人さんにお会いするんですが、最近お見掛けしないんですよ」


何か知りませんかね?とこちらに聞いてくる。もしかすると、祖母のことを言っているのだろうか。


「公園の管理者は、今は俺がやっています。貴方の言う人は多分俺の祖母です」


それを聞いてお爺さんは目を丸くして言った。


「へえ、千代子さんのお孫さんですか。驚いた、隣に座った人がそうだったとは……縁があるものですね」


偶然出会ったことに感動したのか、握手を求めるお爺さん。

千代子とは、俺の祖母の名前だ。

祖母とは話をする仲だったらしい。


「ところで、千代子さんは?お元気ですかな?」


暫く祖母との思い出話をした後、祖母のことを聞いてきた。


「祖母は…先月他界しました」


「……そうですか、それはお気の毒に…」

お爺さんは瞼を下げて眉根を潜めた。

そうでしたか、と小さく二度呟いた後、何かを思い出したように目口を大きく開いた。


「そう言えば、千代子さんは以前可笑しなことをしていたんですよ」


「可笑しなこと?」


お爺さんは砂場を杖で差した。


「ええ、あそこの砂場で大きな穴を掘っていたんです。何をしてるのかと聞いたら、『大事な孫へのプレゼントだ』とか言って何かを埋めていたんです。そんなところに埋めるものじゃ無いだろうにと思ったのですが……知っていましたか?」


「いいえ、初めて聞きました」


お爺さんが言う話だとあの砂場にあるらしい。

それじゃあ、先程子供たちが堀当てていたのは、祖母が埋めた物じゃないのか?


俺は立ち上がり、滑り台の下辺りを掘り始めた。


「どうしたのかね?」


お爺さんは掘り始めた俺に驚き、様子を伺っている。


「いや、さっき子供たちがこの辺に埋まっていたものを掘り出していたので、もしかしたらそれが祖母が埋めた物かもしれない」


素手で大きく砂を掘り上げる。


爪の中に砂が入るのなんて気にせず、無我夢中で掘り続けた。


何故こんなにも気になるのだろう。

祖母が俺に残した物。それが気になるのだろうか。


ともかくその時の俺は、必死だった。


結構深い所まで掘り進めた時、硬いものが指先に当たった。


「あった…!」


楕円形のクッキーの缶。

取り出して砂を払う。


お爺さんと頭をくっつけて蓋を開けてみた。


中には二通の手紙が入っていた。

どちらも丁寧に封筒に入れられて丸い缶に収まっていた。


二通の内の一つは大分時間が経っているのか、黄色く黄ばんでしまっている。

もう片方は最近書かれたのか、まだ新品だった。


二つの内の古い方を取り出す。


宛名は俺だった。


封を開け読んでみた。


―――――――――――――――――――

護へ


二十歳のお誕生日おめでとう。

君はどれくらい大きくなっているのかな?

二十歳だったらもう大学へ行っているのかな?もしかしたら、就職して私たちと同じ社会人になっているのかもね。


この手紙を書いている時の君はまだ五才で、まだ未来のことなんて頭に無いんだろうけど、君の両親は早くもこんな未来に宛てた手紙を書いています。


ちょっと笑っちゃうよね。


この手紙は十五年後の君へのサプライズで書こうと思ったのです。


我ながらバカな親だね(笑)


大人になって自立したら、大変なことが沢山あると思うけど、めげずに頑張りなさい。


もし、本当に駄目になったときは、私たちを頼りなさい。私たちはいつになっても君の味方だからね。




いつまでも貴方の幸せを願っています。



追伸、煙草は吸わないようにね!飲酒も程々に!


十五年前の君の両親から二十歳の君へ


―――――――――――――――――――

もう一つの手紙を開けてみる。

心なしか手が震えた。


―――――――――――――――――――


この手紙を渡すのがとても遅くなってしまったね、ごめんなさい。


最低でも十年は渡すのが遅れていると思うんだけど、貴方には色々と辛いことだろうと思い、渡せずにいました。



そうこうしている内に早くも十年経ってしまい、渡すタイミングを逃してしまいました。



それに貴方は遠くに住んでいて、渡すにも直ぐには渡せないし、郵便で送りつけるなんてこと出来ないから、こうして埋めてしまいました。


どうやって見つけ出したのか気になるところだけれど、きっとその頃には私は居ないでしょうね。


ちょっと残念です。


六才の頃から貴方を両親の代わりに育ててきたけれど、こんなばあちゃんで不満だったでしょう。


貴方は先に逝った両親にいい思いをしたことなんて無かっただろうけど、あんまりあの二人を恨まないでね。


恨むなら私を恨んで頂戴。あの二人をあの時止めなかった私を――…。



ダメね、こんなことばかり書いたら。


貴方にまた辛いことばかり思い出させてしまう。



でも、未来の貴方に宛てた手紙を書くのはちょっと楽しいわね。


何よりこれを砂場に隠すのがもっと楽しかったけれど。



公園の管理者を押し付けたりしてごめんなさい。


どうしてもこの手紙を見つけてほしかったから。


嫌だったらもうやめても構わないわ。

もう目的は果たしたのだから。



これまで、私の我が儘聞いてくれてありがとう。


元気でね、―――――


千代子


―――――――――――――――――――

元気でね、の後は黒く塗り潰されていた。よく見ると、さようならと書いた後が見えた。


別れの挨拶なんて言いたくなかったのだろう。


一度両親に先立たれた祖母だからこそ。



「大丈夫かい?」


黙って俯く俺にお爺さんは悲しげに聞く。


俺は手に持った手紙を強く握り締めた。


「おせぇよ……もう二十六年も経ってんぞ…」



目から零れた露がパタパタと手紙とそれを握る手の甲に降り注ぐ。


暖かくて塩っ辛い水の粒は、手紙に汚い染みを作る。


「誰がやめるって?ふざけるなよ。遺言書に管理者を放棄するなって書いたのは誰だよ!……俺はな、それ読んで管理者を引き継いだ時、もう覚悟してたんだぞ!最後までやるってな!」


悲鳴にも似た怒号だった。

その言葉は、伝えたい人に、本来聞いて欲しい本人には届かない。


勝手にこんなものを遺して、勝手に先に逝った。


それから俺は叫ぶように泣いた。今までに溜めていたモノを全て吐き出すように。


隣で座っていたお爺さんは黙って背中をさすってくれていた。



俺は暫く立ち上がれなかった。

見えない哀しみの雨は降り続いていた。

ここまでお疲れ様でした。そして、読んで頂きありがとうございました。



ここからは作者の気紛れな後書きになります。


このお話に出てくる公園のモデルになった場所があります。


その場所には坂道なんて無いのですが、その公園の管理人さんはしっかり居ました。

公園の直ぐ目の前に住んでいるおばあさんでとっても快い人でした。


主人公のおばあさんのモデルになった方です。


僕の姉がとってもガキ大将みたいな人で、住んでいる町の子供たちの中ではちょっと名が通っていました。


そんな姉に引きつられ遊んでいた訳ですが、その公園も姉の遊び場でした。


そこのおばあさんは姉のお友達のおばあさんで、いつも一緒に遊んでいる私たちの為に色々としてくれました。


砂場用のスコップなどのおもちゃを買って置いてくれたりとか、木登りしてツリーハウスを作っていれば、登りやすいように木の枝を切ってくれたり…。


一話の花壇の花事件もその実話の一つで、花壇が滅茶苦茶にされたのに、「引っこ抜かれてもいいように、沢山植えよう」と言って植えてくれていたのです。


兎に角、凄く優しい方でした。


小さいながらにホント、とんでもないことを色々とやらかしたなーと思いながら、この作品を書いています。


今更だけどあの頃の失態を謝りたい。


あのおばあさんは元気にしているだろうか。と思う今日この頃。

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