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あの公園で。  作者: 齋藤翡翠
10/10

ベンチで。後編

あれから他愛も無い交換ノートを繰り返した。


『俺は管理人です。このノート、イタズラか何かだと思っていたのですが、そうじゃないんですね。俺で良ければお相手します。』



『面白いあだ名ですね。そうでしたか。こんな事をするなんて我ながら恥ずかしい事だと自覚してます。だけど、やらずにはいられなかったんです。これから宜しくお願いします。』



このやり取りから始まり、今日どんなことがあったか、あそこの店の料理が美味しかったとか、そんな事を書いて話した。



それが今日で、もう気付けば二週間程経っている。



いつもあのベンチの所に置いてやり取りをしているのだが、不思議と他の人に見られたり取られたりした形跡はない。


確かにあそこの公園は人気が余り無い場所だが、それにしてはよく取られないものだ。


もしや俺が置いて行った後、直ぐに相手が取りに来ているのか。


ふとそう思ったが、それでは相手が故意で俺に交換ノートをするよう差し向けたみたいではないかと首を振った。



そんな訳無い、訳無い。

だったら、俺に近づいて何の得がある?


こんな至って普通のサラリーマン如きに構う女性(ひと)何て居るだろうか?


それを深々と掘り下げて考えていくと、ある嫌な結論に至った。



「まさか、詐欺師とか…?」


まさか、まさかな。


しかし、心の端までは疑いが晴れず、俺は思い切って相手のことを調べることにした。


調べると言っても、ノートに書いて間接的に聞くわけではない。


相手がノートを取りに来るのを見計らって、待ち伏せする作戦だ。



何時もは俺が朝会社に向かうついでに置いて、相手が夕方に返しているので顔を見る事は不可能だが、今日は会社が休みの日だからそれが可能になる。



ベンチにノートを置いて、離れた所の木の影に潜んで様子を伺う。



待つこと約二十分。

少し待ちくたびれ始めた時だった。



公園の入り口の方から、白い服に身を包んだ可憐な女性が歩いて来た。


その女性は迷うことなく、例のベンチへと進んで行く。



俺はそれを見てごくりと唾を飲んだ。



彼女はベンチに腰掛けると、置いてある白いノートに手を伸ばし、パラパラとページを捲っていく。


読んでいる様子から、どうやら彼女が相手本人らしい。


俺は木陰からそっと抜け出し、彼女に近寄る。


「あの…」


俺の声に反応して振り返る女性。

黒く長い髪が振り返る拍子に風に(なび)く。


「…え?」


振り向いた顔は目鼻立ちがはっきりしていて、誰もが美人だと言うだろう。

現実(リアル)見返り美人だ。



女性は俺を見ると、目を点にして固まってしまった。


「あの、えと……貴方がリリーさんですか?」


「……嘘、そんな…!」


口に手を当て、わなわなと震えている。


この反応は……もしかして黒か!?


見た目的にそんな事しなさそうな女性だが……。

人とは見た目では判断出来かねないものだ。


「俺を騙そうとしてたんで…」

「ご、ごめんなさい!決してストーカーするつもりは無かったんです!」

「へ?」

「…え?」


今この女性の口から何という言葉が発されたのか…?


ストーカー?


「す、ストーカー?」


「あ、違うんです。話を聞いてください!」


一旦冷静になって彼女の話を聞くことにした。



「私の本名は梅形百合(うめがたゆり)と言います。あの、宮園君だよね?」


「え、何で俺の名前……くん?」


初対面で名前を知っている彼女にも驚いたが、名前を"君"付けする人なんて…。


「やっぱり、覚えてないよね」


残念そうに苦笑する梅形さん。

……ん?梅形――?


「あ、中学の時の!」


思い出した。確か中二の時、同じクラスにいた人だ。


「思い出してくれた?まぁ、私地味だから覚えられてなくて当然なんだけどね」


「ご、ごめん。俺、人の顔は直ぐ忘れちゃう質なんだ」


嘘だ。あの頃は人と関わることを避けていたから、顔なんて覚えなかったんだ。


「ううん、いいよ。馴れてるから」


両手を前につき出して、断りを入れる梅形さん。


「それで、何で俺なんかにコレを?」


梅形さんが持っている白いノートを指差した。


小さい口をすぼめて難しい顔をした。


「そ、それは……」


暫く話そうか迷っていたが、意を決したように話始めた。


「実はこの交換ノート、始めは違う人とやっていたの」


梅形さんは脇に抱えていたバックの中から、一冊の古いノートを取り出した。


「宮園君の……お祖母さんと」


その言葉に一驚した。

渡されたノートを開き、中を見る。


書かれた文字を見ると、確かに梅形さんの字と祖母の字が連なっていた。


「何故俺の祖母と?」


「私が中学生の時、よくここで黄昏てたら宮園君のお祖母さんが話し掛けてきてくれたの。私地味で引っ込み思案な性格だから、人と関わることが苦手で悩んでたんだ。その悩みを色々聞いてくれたのが、千代子さん」


それから、祖母と交換ノートをし始めて仲良くなったらしい。


俺の存在もそれがきっかけで知ったらしい。


「『私にも貴方に似た同い年の孫がいる』って聞いたことがあったから、中二の時に宮園君と同じクラスになってもしかしたらって思ったんだけど、さすがに話し掛ける事までは出来なかったな」


それに宮園君は凄く近づきにくい雰囲気を出してたからなー。と言われて内心ギクリとした。


「でもね、一度だけ、本当に一度だけだけど、宮園君と話したことがあるんだよ」


クラスの目立つ輩に色々と弄られて、困り果てていた所を何でも俺が助けたらしい。






「梅形〜、ジュース買ってきてよ」


「勿論、梅形の奢りで」


「え、私そんなお金無い…」


「良いから早くしなよ!」


その時、同じクラスだった宮園君が教室に忘れ物を取りに来て―――


「おい、宮園何見てんだよ」


「…弱者に恐喝地味たことしてる奴って下らないと思って」


「は?お前俺たちに喧嘩売ってんの?」


その後、宮園君がその子を投げ飛ばしてたのには驚きだったなぁ。


「あ、の…ありがとう」


「あんたもこんな奴等に絡まれるような態度取ってたって、嬉しく無いだろ。もっと自分を持った方が良い」






「たったそれだけ、それだけだったけれど、私はその言葉に救われたなぁ」


ふふふ、と含み笑いをして当時の事を語る梅形さんは生き生きとしていた。


「千代子さんが亡くなって宮園君がここに住み始めたと聞いた時、これだけは伝えたいと思ったことがあるの」


こんな思い出話ばかりしてたらいけない、と我に帰って本題に戻る。


「千代子さんとは中学卒業してからはあんまり会わなくなったんだけど、亡くなる数ヶ月前に一回会ったんだ。その時に話してたことをどうしても知って欲しくて…」


「それで俺と交換ノートを?」


梅形さんは恥ずかしそうに頷いた。


「話し掛けようにも出来なくて……偶然、通りかかったら宮園君が居たものだから」


妙に上手く交換出来ていたわけだ。


「それで祖母は何て?」


「中学の時にも少し聞いていたんだけど、宮園君のご両親の事を伝えそびれて凄く悔やんでた。宮園君がご両親の事恨んでるんじゃないかって」


やはりその話か……両親への感情は"恨む"と言うのだろうか。確かに人間関係につまづいていた時は両親の所為にしていたかもしれない。

あの手紙を読んでから、今は複雑な気持ちだ。


「両親は良い人だったよ。でも亡くなってからは何とも思えない」


最後に俺を公園へ遊びに行くように促す母の顔が脳裏を過る。


微かでも優しい笑顔だった。


「千代子さんが初めてその話をした時、凄く悲しそうだったのを覚えてる。宮園君とご両親の事で言い争いになったって」


多分それは、両親のことについて凄く気になった時だった。


両親は俺を置いて自殺したのでは無いかという見解が、その時からあった。


「『両親は自殺したんじゃないか』って言われて、凄く驚いたそうよ。でも、それは違うって言ってたわ。宮園君はご両親が亡くなった家事の原因が何だったか知ってる?」


「発火元はストーブだって聞いていたけど」


それに梅形さんは首を横に振った。


「違うの、本当は―――ラジコンのおもちゃが……」


ラジコンのおもちゃ?



その瞬間、火事が起こったその日のことが、今目まぐるしい勢いで頭の中を駆けていった。






「お父さん、お父さん。たんじょうびにくれたラジコンカーがうごかなくなっちゃった」


ピクニックに行く前に、買って貰ったばかりのラジコンカーを持っていくつもりで遊んでいたら、急に動かなくなり父に直すよう言った。


「んー?どうしたんだろうな。不良品だったかな。よし、父さんが見てみるよ。なあに、父さんこういうの得意だから直ぐ直るさ!」


そう言って自分の書斎に籠ったのだ。


「お父さん、おそいね。もうおひるになっちゃうよ」


何時まで経っても出てこない父を不満に思って母に聞いた。


「そうね、お母さんが見てくるわ」


その後だ。

母は見に行って帰ってくると、遊びに行くように言った。






それ以上はもう思い出せない。


だけどわかったことが一つある。


「母さんは俺を守ろうとしていた……?」


もしあの時、既に火が出ていたとしたら。


「事故当時、千代子さんの所に電話があったらしいの。宮園君のお母さんから。」






「ああ、お母さん?今ボヤ起こしちゃって……火はもう消したから大丈夫。雅人(まさと)さんがその煙吸って気絶してるの。もう救急車は呼んであるんだけど、護を公園に一人にさせてるから見に行ってあげてくれない?……あ」






そこで母との連絡が途絶えた。


「ラジコンに使われていた電池がリチウム電池だったらしくて、恐らく火を消すために水を掛けて逆に発火してしまったんじゃないかって。それで近くにあったストーブに燃え移って…逃げ遅れたみたい」


「……」


何故俺は、あの優しい両親を信じなかったのだろうか。


何故自殺をしたんだなんて、勝ってな事を思っていたのだろうか。


これじゃあ、何も報われないじゃないか。


「この話をする時、何時も言ってたわ。『あれは本当に事故だったんだ』って」


俺は手で顔を覆った。

駆け巡る思いに、胸と目頭が熱くなった。


「ごめん…ごめん……ありがとう」



やっと長年抱えていた荷物を降ろせたような、晴れやかな気持ちになった。






「じゃあ、私帰るね」


話終えたから役目は果たせた、と言って満足そうに梅形さんは立ち上がる。


「久し振りに宮園君に会えて良かったよ」


「俺も、話してくれてありがとう」




「あのさ!」


去り行く彼女の背中に向かって叫んだ。

彼女は目を丸くして此方を見る。


「あのーさ……またここで会える?」


な、何を言ってるんだ、俺は!

どこぞのナンパ野郎ではないか!


いや、確かにこれでさよならって言うのは、寂しくなるなと思ったからなのだが。


「うん、もちろん!」


変な心配をしていたのだが、彼女の答えであっさりとその必要はなくなった。



梅形さんは満面の笑みを溢していた。






それから、少し時は流れ―――



「宮園ー、今日は何だか嬉しそうだな」


遂にお前にも春が来たのか?とまた同僚が冗談混じりに話し掛けた。


「だったら何だ」


俺はそれに軽く受け答えをした。


「あーそうかい、そうかい。やっぱりお前にはそんな色恋沙汰なん、て――…今何つった?」


「さぁな、一度言ったことは二度言わない主義で」


「ま、さか!お前、嘘っ!?」


漫画みたいにずり落ちる同僚を笑って、俺は会社を出た。



今日も帰りにあそこに寄る。


彼女と会う約束をしている。


電車に揺られる中、俺は鞄に入れていた物を取り出した。


手のひらに乗るほどの四角い箱。


それを確認すると、ズボンのポケットにしまった。



駅を降りて何時もの道を歩いて行く。


あの場所に近づくに連れて、心臓の高鳴りが速くなる。



何時か祖母が言っていた事を思い出す。



「この公園はね、私とじいちゃんが出会った場所でねぇ。護のお父さんとお母さんもここで出会ったんだよ。不思議なものだね、そういう(えにし)をこの場所が作ってくれてる気がする」



今ならそれがよくわかる気がする。


「一期一会」とよく言われるけれど、俺は今までの出会いを蔑ろにしてきた。


公園の管理人を始めて、色んな人々と出会って空っぽだった俺の心は、自然と失った物を取り戻して満たされていった。


これからもずっと、続けていこう。


今から会う彼女と沢山の思い出を作って、祖母や両親に自慢しよう。



何時でも歩いて行こう。


何時か出会う貴方に会いに。




あの公園で。

今日は。

ここまでお疲れ様でした。


突然ですが自分は物語を書く時、まずどんな物を書きたいかで始まり、その物語の風景を思い浮かべるのですが、皆さんはどうでしょうか?

もっと可笑しな作り方だと、タイトルから入ったりします。


この作品はこの二つが合体して出来ました。


自分はよく遊歩道に行って海を眺めることがあるのですが、そこのベンチを見ていると何かベンチで出会う男女の恋愛物を思い浮かべてしまうんです。


このサイトでは投稿していない作品で、その遊歩道を舞台にした恋愛物を書いたんですが、どうにもベンチを有効活用してない!って思って、公園のベンチでの恋愛物を作り始めたわけです(笑)


が、この最終話の短編で終わらせるつもりが何か色々な物が浮かび上がってきてちょっと中編小説になってしまったんです…


僕のいつもの悪い癖が…。



でも、一通り書けてこれはこれで良かったと思います。


日常の何ともない出来事でも人の心を動かす何かが、書き出せていたら。


公園って、遊園地とか水族館みたく豪華な場所ではなくて素朴な所だけれど、誰もが幼い頃は遊んだ場所で懐かしいですよね。


これを読んでいる貴方にもそんな温かい場所がきっとあると思います。



僕も久し振りに、小さい頃遊んだ小さな公園へ散歩しに行こうかな。




最後にここまで読んで頂きありがとうございました。

また、別のお話で会いましょう。

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