巨大植物に襲われました
翌朝、二人は森歩きを再開します。
昨日と同じように、セルフィが先導し、オリエがそのあとをついてゆく形です。
「何か、変だな……」
行く手をふさぐツタを剣で切り払いながら、セルフィがつぶやきます。
「変って、何が?」
「それが分からないから、『何か』なんですが……」
「そっか──ひゃっ!?」
「……ん? 姫様、どうかしましたか?」
後ろからオリエの悲鳴のような声が聞こえた気がしたので、セルフィは背後へと振り向くのですが。
そこには、誰もいませんでした。
「えっ、あれ……? ひ、姫様!?」
セルフィは慌てて周囲を見渡しますが、オリエの姿はどこにも見当たりません。
「こっちこっち。セルフィ助けて」
オリエの声が、頭上から聞こえてきました。
セルフィは、すぐさま上空を見上げます。
少女騎士の視界に入ってきたのは、巨大な植物のモンスターでした。
そこだけ木々がまばらになった場所に、十メートルほどの高さにまがまがしい紫色の巨大花を咲かせた、巨大植物が揺らめいています。
そしてそれは、無数にある長いツタの一本でオリエの片足を吊り上げ、彼女を上空で逆さ吊りにしていました。
姫の長い金色の髪は、一斉に下に向かって垂れ下がっています。
純白のドレスのスカートがまくれ上がりそうになるのは、彼女自身が両手で押さえることによって、どうにか防いでいます。
「くっ……どうしてあんなのに気付かなかった……!」
「セルフィ~、頭に血が上るよ~。助けて~」
「待っていてください、姫様! 今助けます!」
銀髪の少女騎士は、剣を構え、巨大植物に向かって疾駆します。
しかしその少女に、何本もの太いツタがシュルシュルと、猛スピードで襲い掛かってきます。
「くっ……!」
セルフィは素早く剣を振るい、襲い来るツタを懸命に切り払っていきます。
しかしその数は多く、彼女はなかなか前に進めません。
「やっ……ちょっ、ちょっとぉ!?」
その間に、空中に逆さ吊りにされたオリエにも、魔手が迫ります。
そのドレス姿の体に、太いツタがぬるぬるっと巻き付いていって──
「──わっ、バカっ、どこに入って来ようとしてんの!? ダメダメダメっ、そこは入っちゃダメっ、んんんっ……!」
「ひ、姫様っ!? くそっ、こうなったら──!」
攻めあぐねた少女騎士は、一旦、後ろへと大きく跳躍して後退します。
巨大植物のツタの長さにも限界があるようで、退いたセルフィを深追いすることはしませんでした。
何本ものツタがゆらゆらと、彼女の最接近を待っています。
しかし、少女騎士はその場で、剣を両手に構え、瞳を閉じます。
すると少女の全身から、淡いオーラのような輝きが、浮かび上がります。
そしてその輝きは、やがて彼女の剣へと集中してゆき──
「切り裂け──裂空剣!」
セルフィは目を開き、裂帛の気合を込めて、剣を振るいます。
その剣は、彼女の前の何もない空間を切り裂いただけでした。
しかしその一振りは、真空の刃を生んでいました。
上空へ向かって飛んだ幅広の真空の刃は、オリエを捕らえた巨大植物のツタのことごとくを、スパスパと断ち切りました。
ツタから解放されたオリエは、しかし空中で彼女を支えていたものも失い、自由落下していきます。
「うわっ、お、落ちる落ちるっ……!」
「姫様っ!」
セルフィは剣を鞘にしまいながら、疾風のようにオリエの落下地点まで走っていくと、落下してきた主を両手で抱きとめてキャッチします。
「……こ、怖かった」
「もう大丈夫ですよ、姫さ──うわぁっ!」
助かった、と思った矢先です。
今度はセルフィの足にツタが巻き付き、少女騎士の体を宙に吊り上げてしまいました。
オリエの落下地点は、巨大植物のツタの支配圏内だったのです。
セルフィはそれでも、とっさにオリエの体だけは、ツタの支配圏外へと放り投げます。
「痛たた……セルフィっ!」
地面に転げたオリエが、先ほどまでの自分と同じように空高く宙吊りにされた銀髪の少女を見上げます。
「このっ……!」
逆さ向きに吊り上げられた少女騎士は、再び腰から剣を抜き放ち、ぐんっと体を折り曲げて、自らの足に巻き付いているツタを切り捨てます。
そしてオリエと同じように落下するのですが──今度はその落下中の少女騎士に、巨大植物のツタが大挙して殺到し、その少女の胴体を彼女の腕ごと巻き込んで、ぐるぐる巻きにして捕まえてしまいました。
「くぁっ……くっそぉ……!」
腕ごと胴体をぐるぐる巻きにされたセルフィは、巻き付いたツタをどうにか引きちぎろうと力を込めますが、まるで歯が立ちません。
むしろ逆に、ぎりぎりと締め付けられ、手に持っていた剣を取り落としてしまいます。
「ひっ」
ぽーんと斜めに落下してきた剣は、オリエの目の前の地面に突き刺さりました。
「あ、ぐっ……くそっ、剣が……って、えっ、ちょっと待った……な、何する気だよ」
セルフィが、恐怖の感情を孕んだ声をあげます。
少女騎士をぐるぐる巻きにしたツタは、彼女の体を自分の本体の方へと持っていったのです。
ところでその巨大植物には、実は、花が二つありました。
一つは、地上十メートルほどの高い場所に、でかでかと咲き誇っているまがまがしい紫色の花。
そしてもう一つは、地表近くに鎮座している、全長五メートルほどにも及ぶ巨大なラフレシア型の花です。
そのうち、セルフィが持っていかれそうになっているのは、地表近くのラフレシア型の花のほうです。
その赤い花の真ん中には、人間ぐらい軽く収納できてしまう大きさの口が、獲物を待ち受けています。
「いや、それはまずいって……ひ、姫様! 剣、ボクの剣くださいっ!」
今にも食われそうになっているセルフィが、悲鳴のような声をあげます。
「えっ、でもどうやって」
一方、目の前の地面に剣が突き刺さっているオリエは、どうしたらいいか分かりません。
剣を持って走って行っても、ツタに捕まることは明白です。
「何でもいいから! ──そうだ、投げて、投げてください!」
「投げればいいのね!」
オリエはセルフィの言う通り、目の前に刺さっている剣を引き抜いて、セルフィのほう目掛けてえいっと投げつけました。
投げられた剣は、くるんくるんと縦回転をしながら、放物線を描いて飛んでいきます。
「うわわっ……やだっ、やだぁっ!」
しかし、奇跡的にセルフィのほうへと飛んでいった剣も、タイミング的に間に合いませんでした。
銀髪の少女騎士は、ツタによってぺいっと、巨大花の真ん中にある口に、投げ込まれてしまいます。
少女が飛び込んだ口の中に、ワンテンポ遅れて、オリエが投げた剣がすぽっと入りました。
奇跡です。
そして、ラフレシアのような赤い花の花弁が、ぱたぱたと閉じてゆき、花のつぼみのようになってしまいました。
その花は、ラフレシアのような形をしているだけで、ラフレシアではないのです。
「せ、セルフィ……?」
オリエが、ペタンと地べたに座り込みます。
その次の瞬間──ぶしゅううううっと血のような赤い液体を吹き出し、巨大な花のつぼみが、内側から切り裂かれていきます。
それと同時に、周囲でゆらゆらしていた巨大植物のツタたちも、ぱたぱたと地面に落ちてゆきます。
「し……死ぬかと思った……」
切り裂かれた巨大花のつぼみの中から、銀髪の少女が花弁を押しのけて身を乗り出し、飛び出します。
巨大植物の中から脱出した少女騎士の全身は、透明のべっとりとした液で、ぐっちゃりと濡れていました。
「よかったぁ……セルフィ、大丈──って、甘っ! 何このにおい?」
セルフィへと駆け寄ったオリエが、すぐ近くまで来たところで、さっと身を引きます。
当のセルフィは、自分の腕についた液をペロッと舐めます。
「この花の、蜜みたいですね。すんごい甘いです。……あ、今度は抱き着かないでくださいよ、姫様」
「えー、今のセルフィ、すごくおいしそうなのに」
「人を食べ物みたいに言わないでください」
「ぬっふっふ……本当に食べちゃいたくなってきますな」
「はいはい、おじさんみたいなこと言ってないで、行きますよ」
「はぁい」
二人は再び、森の中を歩き始めます。