濡れたので野宿します ~すっぽんぽん、そして猥談へ~
「へっくちゅん……ううっ、寒っ」
泉の水辺でぱちぱちと爆ぜるたき火に当たりながら、オリエが体を抱き、ぶるぶるっと身を震わせます。
たき火は、セルフィが周辺で拾ってきた薪に、オリエが魔法で火をつけたものです。
王族の嗜みとして、初歩的な魔法を学ぶのは、よくあることです。
「……もう、後先考えないで暴走するからですよ。ここはお城じゃないんですから、少し考えて行動してください。ほら、姫様も服脱いで。そのままでいると風邪ひきますよ」
そう言ってセルフィは、自らの鎧や衣服を手早く脱ぎ、衣服は絞ってから、たき火の近くに作った即席の物干し竿に干していきます。
ついでに、絞った衣服で髪を拭き取ることも忘れません。
「うわぁ……セルフィ、男前だね……」
そうしてさっさとすっぽんぽんになった少女を見て、オリエは顔を赤らめています。
(※注:安心してください。まずいところは、不自然に走る明るすぎる陽光が隠しています)
「しょうがないでしょう、ほかにやりようがないんだから。姫様も早く脱いでください。そしてこれに懲りたら、無鉄砲はもうやめること」
「そんな……脱げだなんて、まだ心の準備が……」
「いや、そういうの、いいですから。四の五のやっていると、ボクが強制的に脱がせますよ」
「きゃっ、無理やりだなんて、大胆すぎるわ……」
「……姫様」
「はい、ごめんなさい、脱ぎます」
いい加減、声が冷たくなってきたセルフィに気付き、オリエもおとなしく言うことを聞きます。
オリエのことを本当に心配しているときのセルフィは、鬼にも悪魔にもなることを、オリエは知っているのです。
そう、鬼にも、悪魔にも……
「呼んだ?」
二人の前に、悪魔がどろんと現れました。
「呼んでないわぁっ! 絶妙なタイミングで出てくるんじゃなああいっ!」
すっぽんぽんのセルフィが、片手で大事なところを隠し、片手で剣を振り回して追い払うと、悪魔はまたすぐにどろんと消えていきました。
「うう、見られた……いや、あいつは悪魔だから、ノーカンです、ノーカン!」
セルフィは涙目になって、懸命にそう主張します。
それを見たオリエは、ドレスを脱ぎながら、きょとんとしています。
「……そんなの、気にもしてなかったよ。ていうか、私に見られるのはいいの?」
「えっ、だって、姫様とは女同士じゃないですか。見られてまずい要素がなくないですか?」
「そういうものかぁ……」
オリエはしみじみと、考え方の違いをかみしめます。
一方のセルフィは、頭の上に疑問符を浮かべて、首をかしげるばかりなのでした。
その日は結局、服が乾くのを待っているだけで、ほとんど日が暮れてしまいました。
夜闇の中で森を歩くのは危険と考えて、二人はその場で野宿をすることにします。
「モンスターばかりじゃなく、普通の動物もいてよかったですよ」
森に狩りに行っていたセルフィが、イノシシを背負って帰ってきました。
彼女はよいしょっとイノシシを地面に下ろすと、それを剣でぱぱぱっと捌き、食べられるお肉にしていきます。
「セルフィって、そういうところ本当に男前だよね。ときどきすごい乙女なのに」
「騎士の嗜みですよ──はいこれ、ついでに食べられるキノコと果物と香草も採ってきたので、一緒に食べましょう。このキノコとイノシシ肉で香草焼きにすると、結構おいしいんですよ。本当はバターもあれば最高なんですけどね」
セルフィはそう言いながら手早く下ごしらえをし、食材をたき火にかけていきます。
「それ絶対、騎士の技術と違うよ……どこで身につけたの?」
「ふふっ、内緒です」
口元に人差し指を当てて、セルフィが言います。
その仕草にズキュンと胸を射抜かれたオリエが、顔を赤くします。
「……セルフィって、絶対モテるよね。同僚の騎士とかから、付き合ってくださいとか、よく言われるでしょ?」
「何ですか、藪から棒に。たまにありますけど、全部断ってますよ。ボクのこの身は、姫様に全部捧げてるので、って言って」
「うわぁ、うわぁ、うわぁ……セルフィが私を殺す気だ」
「えっ、何でそうなるんですか。……まあ正直、口実に使わせてもらってるところは、ありますけどね。自分より弱い男と付き合っても、何だかなぁって気はするので」
「自分より弱い男に、ベッドの上ではひぃひぃ言わされるとか、興奮しないの?」
オリエからそう聞かれ、セルフィは一度顔を真っ赤にしながらも、次にはあきれたようにため息をつきます。
「姫様って、そういう下品な話、結構好きですよね……」
「せめて猥談と言ってよ。──でも、セルフィより強い男なんて、国中探してもそんなにいないよ?」
「それならそれでいいですよ。この身をすべて、姫様に捧げているっていうのも、嘘じゃないですから」
「……心は?」
「はい?」
「う、ううん、何でもない。あ、お肉そろそろどうかな」
「はい、そろそろいいですね」
セルフィが用意したおいしい森の幸フルコースで満腹になった食後。
しばらく談笑していた二人でしたが、やがてオリエ姫がお眠の時間になります。
「今日は姫様もたくさん動きましたからね。ただ問題は……」
セルフィが少し困り顔で、手に持ったイノシシの毛皮を見ます。
それはセルフィの手によって、綺麗に処理されています。
「寝具になりそうなものが、これぐらいしかないんですよね。そんなに寒い時期でもないから、どうにかなるとは思うんですけど……しょうがないな」
セルフィはそう言って、たき火の近くの地面にイノシシの毛皮を敷き、その上にごろんと横になります。
そうしてから、オリエを手招きします。
「姫様、できる限り、お互い身を寄せ合って寝ましょう。そのほうが幾分か、体温が奪われずに済みます」
「えっ……それはその、くんずほぐれつ、抱き締め合って寝るっていうこと……?」
手招きされたオリエの方は、そう言ってもじもじとしながら、顔を赤くします。
「抱き合って寝るのは間違ってないですが、余計な修飾をつけんでください。……まあ、少し汗臭いかもしれないですけど、そこは我慢してください」
「それは別な意味で我慢できないかもしれない」
「……? とにかく、わがまま言わないで。ここで一夜を過ごすことになったのは、姫様の自業自得でもあるんですから、ほら」
セルフィはそう言って、ぽんぽんと自分が寝ている横の、毛皮が敷いてある地面を叩きます。
オリエはおずおずと、そこに自分を収納するように、横になります。
彼女の守護騎士が、その腕で姫を優しく抱き寄せます。
「それじゃ、おやすみなさい、姫様」
「……これで眠れると思う方がどうかしてる」
「わがまま言っても、これ以上何も出ませんよ」
「これ以上何か出たら、私の理性が木っ端微塵になるから」
「……?」
「何でもない。おやすみ、セルフィ」
そうして、二人の夜は過ぎ去ってゆくのでした。




