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獣に襲われました

「ここがあの森なら、方角はこっちであってると思うんだけど……」


 セルフィが、木々の合間から太陽の方角を確認しながら、森の中を先導しています。

 彼女は、ときに足場の悪いところがあれば、オリエ姫の手を取って助けています。


「……ごめんね、セルフィ。私のせいで、こんな……しかも私、足手まといだし」


「そういうのやめましょう、姫様。ボクは姫様の騎士ですから、いいんですよ、もっとこき使ってくれて」


「でも……」


「──しっ、姫様!」


 セルフィがオリエの口をふさぎ、彼女を抱えてさっとしゃがみ込みます。

 とっさのことに、オリエは顔を赤くしてモガモガジタバタとしますが、セルフィの顔が真剣なのを見て、静かになりました。


 二人がそうしてしばらくじっとしていると、二人とは草むらを挟んで向こう側に、体長が二メートル近くもある大型のオオカミのような獣がのしのしと現れました。

 その獣は、二人の近くで横向きにピタと立ち止まると、その場でくんくんと鼻を鳴らします。


 そして、次には首を曲げ、二人の方へと向いてきました。

 獣のらんらんと光る赤い目と、オリエ姫の目とが合い、姫はヒッと小さく悲鳴を上げます。


「──くそっ、ダメか!」


 セルフィが剣を抜き、立ち上がりました。

 オリエ姫をかばうように、前に立ちます。


「姫様、ボクが相手をしているうちに、逃げてください」


「……せ、セルフィ、勝てないの?」


「分かりません。やったことがないので……ただ、人間相手とは勝手が違うのは、間違いないでしょうね」


「でも、私ひとりで逃げたって、このあとで別のモンスターに遭ったら、それこそもうダメだよ」


「……それもそうか。じゃあ、ボクがこいつに勝つしかないですね。いずれにせよ姫様、少し離れていてください」


「うん、分かった」


 セルフィから言われて、てってってと離れてゆくオリエ。

 そうして、いよいよ獣と一対一で対峙した少女騎士は、背の高い草むらを挟んで、獣と睨み合います。


「──グァウゥッ!」


 先に動いたのは、獣の方でした。

 セルフィの胸あたりまで高さのある草むらを軽々と跳び越え、セルフィに向かって飛びかかります。


「くっ……!」


 セルフィは、自らにのしかかって来ようとする巨体の飛びつきを、横に跳んでどうにかかわします。

 そして、すぐに体勢を整えて、巨獣のがら空きの横胴めがけて、剣を振り下ろそうとするのですが──


「なっ──早っ!?」


 巨獣の反応はセルフィの予測より数段鋭く、少女が剣を振り下ろそうとしたときには、その巨体はすでに、彼女に向かって飛びかかってきていました。


「あぐっ……!」


 剣を振り下ろす前に巨獣にのしかかられた少女騎士は、とびかかる獣の体重を受け止めることなどとてもできずに、地面に押し倒されてしまいました。

 したたかに背中を打ったセルフィは、その拍子で手から剣を離してしまいます。

 剣はカラカラと音を立てて、セルフィの手が届かない場所まで、転がって行ってしまいます。


「しまっ……くそぉっ……」


 剣を失い、無力な少女となったセルフィの眼前には、鋭い牙が立ち並んだ口を持つ、巨獣の顔がありました。

 巨獣は、そのオオカミのような口からだらだらと唾液を垂らしていたかと思うと、その口を大きく開き──


 ──べろんっ。


「んひぃっ!?」


 巨獣は、セルフィの露出していた胸元から首筋、顎までを、その大きな舌でめました。

 予想もしていなかったことに、セルフィの背筋にゾゾッとした悪寒が走ります。


 しかし、獣の攻撃は、それで終わりではありません。

 獣は、取り押さえた獲物の全身を、さらにべろべろと舐め回していきます。


「んひゃっ、あひっ、らめっ、らめぇえええっ!」


 少女騎士の悲鳴が、森の中にこだまします。




 ──そして、数分後。

 獲物の全身を舐め回したことで何故か満足した獣は、のしのしと立ち去っていきました。


 あとには、獣の唾液で全身べとべとになった、哀れな少女の姿がありました。

 そこに、少し離れた場所に避難していたオリエ姫が戻ってきます。


「うわぁ……大丈夫、セルフィ?」


 オリエは、その辺に落ちていた木の棒で、つんつんと自らの守護騎士を突つきます。

 突つかれるセルフィは、もう何かいろんなものを諦めたような姿で、ぐったりと横たわっています。


「……ぐすん。これが大丈夫に見えますか?」


「見えない」


「ううう……ボク、もうお嫁に行けない……」


「行くつもりあったの?」


「……ないですけど」


 その騎士の言葉を聞いて、オリエ姫は「んー」と、少し考えるような仕草をします。

 そして、それから、


「……じゃあ、私がセルフィのお嫁さんになればいいよ」


 オリエ姫はそう言って、セルフィの唇に、自分の唇を重ねました。


 驚いたのは、セルフィです。

 自分に覆いかぶさる姫を押しのけ、顔を真っ赤にして立ち上がります。

 押しのけられたオリエ姫は、地面に尻もちをついてしまいます。


「な、なっ……何してんですか、姫様っ!?」


「えへへー」


「えへへー、じゃないですよっ! 汚いですよ!」


「あー、ひどーい。私のこと、汚いって思ってたんだ」


「そんなわけないでしょう!? 今、汚いのはボクの方です!」


「汚くなんてないよ。私のために戦ってくれたセルフィを、汚いって思うような汚い人間だと思うの、私のこと?」


「なっ……屁理屈ですよそれはっ!」


「屁理屈じゃないよ。今、教えてあげる」


 オリエ姫は立ち上がって、お尻をぱんぱんと払うと、セルフィのすぐ目の前まで歩いていきます。

 少女騎士が身に着けたミスリル銀製の胸当てと、ドレス姿の姫の豊満な胸とが接しそうなぐらいの距離まで近付かれ、セルフィはたじろぎます。


「ねえ、セルフィ」


「な、なんですか……?」


「これから私が、何をするかわかる?」


「とりあえず、嫌な予感だけはひしひしとしますが」


「えへへー、正解っ」


 オリエはそのまま、セルフィの体にぎゅっと抱きつきました。


「あーっ! 何やってるんですか姫様っ!」


「何って、セルフィに抱きついてるんだよ?」


「ボクの体が今どうなってるか、知ってるでしょうが!」


「だからだよ」


 少しして、オリエが離れます。

 ドレス姿のオリエ姫の体も、べとべとに汚れてしまいました。


「これでセルフィとお揃いだね。どう、私、汚いと思う?」


「えっと、その……少しだけ」


「えええええっ!? ひどっ! そこは違くない!?」


 そんなやり取りをして笑いながら、二人の少女は、再び森の中を歩き始めます。


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