プロローグ
ある国に、見目麗しい姫がおりました。
姫の名は、オリエ。
綺麗な金色の髪を背まで伸ばした可愛らしい姫は、国民の多くから愛されていました。
また、そのオリエ姫の傍らには、常に側近の騎士がついています。
騎士は、姫と同い年の少女で、名をセルフィといいます。
セルフィは、その輝くような銀髪を少年のように短くしていて、少女の愛らしさと、少年の凛々しさを兼ね備えたような容姿をしています。
彼女らは、お城で平和に暮らしていました。
しかしあるとき、二人の身に、大変なことが起こります。
オリエ姫の人気を恐れた第一王子が、悪の魔術師を雇い、姫の身に悪魔を憑りつかせてしまったのです。
しかし、悪魔召喚の儀式は、人の身に余る業です。
その結果は、王子が望んだ通りのものとはなりませんでした。
悪魔は王子と、自分を召喚した魔術師を殺しましたが、オリエ姫に憑りつくという王子の望みだけは、果たされました。
その日から、オリエ姫と少女騎士セルフィの、苦難の日々が始まったのです。
木漏れ日が落ちる、麗らかな森の中。
小鳥のさえずりが聞こえ、うさぎがぴょんぴょんと跳ねて走るような、そんな緑の楽園。
そこに、二人の姿はありました。
金髪の姫オリエと、銀髪の少女騎士セルフィは、ともに緑の下草に覆われた地面に倒れています。
オリエは純白のドレス姿、セルフィは騎士の平服姿で横たわっています。
少女騎士の傍らには、彼女の愛用の剣と、胸当てや小手などの軽甲冑一式が、それぞれ無造作に置かれています。
二人の少女は、眠っていて、その胸は規則正しく鼓動しています。
「んっ……」
先に少女騎士セルフィが、目を覚ましました。
半身を起こし、ペタンと座った姿で、寝ぼけ眼で辺りを見渡します。
「ここは……あ、姫様」
「んぅ……?」
次いで、オリエ姫が目を覚まします。
純白のドレス姿で寝ていたオリエは、セルフィと同じく寝ぼけ眼で身を起こし、ふわふわと周囲を見渡します。
「セルフィ……ここ、どこ……?」
「さあ……ボクにもさっぱり」
少女騎士はそう答えながら、ひとまずはと、近くに落ちていた自分の剣と鎧を手繰り寄せます。
「ってことは、やっぱり……」
「……ですよね。──出て来いよ、何のつもりだ」
セルフィは剣を身に着けて立ち上がり、誰もいない虚空に向かって、呼びかけます。
すると、
「うんうん、察しがよくなってきたじゃない」
「わあっ!」
セルフィが叫び声をあげて、びくっと背筋を伸ばします。
その少女騎士の背後には、彼女のお尻をさわさわと、なでているものがいました。
「──貴様っ!」
セルフィは素早く剣を抜き、振り向きざまそこにいるものに切りかかります。
しかし、国でも随一の剣の腕をもつ少女の剣は、ひらりとかわされてしまいます。
「おおー、怖い。いまさらいいじゃないか、尻の一つや二つぐらい」
「う、うるさい! よくもそんなことをぬけぬけと……!」
少女騎士は、剣を構えながら、涙目でそれを睨みつけます。
それは、悪魔でした。
王子が召喚させ、オリエ姫に憑りついた悪魔です。
先ほどまではそこにいなかったのに、突如として現れたのです。
悪魔は、人間の子供のような姿をしていて、髪は漆黒、瞳は深紅。
背丈はオリエやセルフィの、三分の二ほどです。
頭には山羊のような二本の角が生えていて、お尻には黒くて先のとがった尖った尻尾、背中には蝙蝠のような黒い翼を持っています。
姿を現した悪魔の前に、オリエ姫がとてとてと歩いてきて言います。
「そんなことより悪魔さん、ここは一体どこなの? 私たち、さっきまでお城にいたと思うんだけど」
「──そんなこと!? ひ、姫様!?」
オリエの横にいる側近の少女騎士は、心に傷を負ったよ?という顔で主を見ます。
「ああー、ごめんごめん。つい本音が」
「ひどい……」
悪魔は、その二人の様子を楽しげに笑って見つつ言います。
「あっはっは。なぁに、ちょっとした余興だよ。ここはお城からすぐ近くの森だから、頑張ればお城に帰れると思うよ。ただ……ちょっとばかり、アレなモンスターが多い森だから、気を付けた方がいいと思うな。──じゃ、頑張ってね~」
悪魔はそれだけ言って、どろんと消えてしまいました。
それを聞いたセルフィが、さーっと顔を青くします。
「まさか……」
「この森のこと、知ってるの、セルフィ?」
「いえ、その……うわさに聞いた話なんですが、城の近くのとある森は、人間の女性が足を踏み入れてはいけないと言われていまして。万一、そこに女性が迷い込んでしまった場合には、お嫁にいけなくなるような目に遭うとか何とか……」
「うわあ……。確かに、あの子が好きそうだね、そういうの」
「悪魔のことを、『あの子』とか言わないでください姫様。あいつのせいで、ボクがどれだけひどい目に遭っているか……」
「憑りつかれてるの、私なのにね」
「うう……ホントですよ。……いや、だからって姫様がひどい目に遭えばいいとは、思ってませんけど……」
「真面目だねぇ、セルフィは。さっさと私の側近騎士なんか、やめちゃえばいいのに。そうすれば悲劇のヒロインは、私ひとりのものよ?」
そう言ってオリエ姫は、きゃぴっと可愛らしいポーズを決めます。
その様子を見て、彼女の騎士は、はあっとため息をつきます。
「……そうやって姫様、ボクから嫌われようとしてますよね。いつからでしたっけ、姫様がそういう態度取り出したの。確かあの悪魔に憑りつかれてから、だと思うんですけど?」
「…………」
「やめませんよ。何があっても姫様を守るのが、ボクの仕事です」
「……バーカ」
「バカで結構です。さ、行きましょう」
「……うん」
セルフィは、銀色に輝く鎧を身に着けてから、森の中を歩き始めます。
そのあとを、顔を赤くしたオリエ姫が、うつむきがちに追いかけます。