9.避けたかった再会
評価、ブックマークありがとうございます。
今回の話は、状況整理がメインなので会話がほとんどないです(汗)
進行もほとんどないです。ご了承下さい。
200年前、ライジンク国において暴力と殺戮を当然と行っていた暴政だったため、民衆の反感を買った王族。その血脈は途絶え、当時の政治の規範となっていた旧宗教、『古の宗教』は宗教禁止となった。
しかし実はその宗教の信仰はいまだ途絶えず、その信者が『マリオン』を攫った。本当は館の外でマリオンを攫う予定だったはずだ。フェリウスの館からマリオンが忽然と姿を消した場合、『誰にも見つからずに館に侵入できる人物』をフェリウスは洗いざらい探し出してしまうだろうから。となれば、エリザを攫った男に辿り着くのも時間の問題になる。そうなったら、『古の宗教』との繋がり、その人脈も暴かれてしまう。
だから髭のあの男はエリザを睨んだ。気が落ち着かなかったのだろう。
フェリウスはライジンク国の伯爵家縁の者。『古の宗教』の計略は、ライジンク国ベリアーノ国の双方に秘密裡に報告されているはず。ランディとマリオンが一緒に私の必要品の買い物に出かけたのは、敵にマリオンの顔を見せるためだったのかもしれない。
これがエリザが自身に起きたことから推測したものだ。
次にエリザはティアーネとの会話と、ここで得た会話の情報を頭の中で整理してみる。
『古の宗教』の信者たちはライジンク国での宗教改革により復興を果たし、王宮奪回を目論んでいたようだ。
まずはティアーネ様を攫い、ベリアーノ国に騒動を起こす。
ティアーネ様を早急に見つけなければ、我が国の信用は失墜する。故に失踪騒動及び捜索で、騎士団の警護が全体的に弱ってしまう。それに紛れて、各地に散らばった信者たちがこの国に集まる。しかしフェリウス様の持つ『鍵』がなければ、この国にいても一か所に集結できない。『鍵』がなければ互いが信者だと証明できないのだから。
『鍵』は全信者から狙われているものだから、館にいた人たちはフェリウス様の警護を兼ねていて、あの館は一種の要塞のような場所なのだろう。そんなフェリウス様からその鍵を奪取するには、フェリウス様に関わりがあり、国にとって価値が出たマリオンという存在が格好の餌さとなると判断された。
今回の計画については、全て口頭で伝達されているはず。書簡では反逆の証明を残すようなものだから。ならば、今回の計画の変更伝達にはそれなりの時間を要するだろう。
我が国の騎士団の強さは知れ渡っているし、ライジンク国における王室と神殿の結束の強さも有名だ。
それらを相手に『古の宗教』が優勢となるには、それなりに優秀な人材が相当数集まらなければならないから、『鍵』がない彼らは相当焦っている。しかも、すでに王女を質に取り、計画が始まってしまっているのだから、彼らはこのまま推し進めていくしかない。
我が国において、王宮内でティアーネ様が攫われたという事実は失態だ。隣国からの、批難を全面に浴びることは免れず、戦の火種にもなり得る。
この国の誰が古の宗教と手を組んだのかがわからないが、ティアーネ様は『警護長と隣国から連れてきたメイド頭』が信者と言っていた。警護長とは、我が国の騎士団の者のはずだ。警護長は今は王宮でティアーネ様の捜索を指示しているはずだから、騎士の中に他にも信者がいるのだろう。
エリザを縛り上げたあの男は、騎士服を着ていた。我が国の騎士だ。
そこまで思って首を傾げた。
私を縛った男と、ティアーネ様を縛った扉向こうで待機している男。私は、あの男を、あの男たちを見たことがある。
あの面影。もっと若い姿だったけれど。あそこまでの目の鋭さと冷たい声ではなかったけれど。
「あの人、たちだわ」
昔、養父様の元に訓練にやって来た、騎士見習いの男たち。
王都からやって来て、『忌み子』と私を笑い、乏しめた青年たち。
「なんて事…っ」
扉向こうの男は、忌み子と乏しめた娘がここにいると気付いた素振りはなかった。
けれど、騎士服のあの男はどうだろうか。
切れ者のような印象を受けた。『エリザ』だと気付いたのではないだろうか。彼は『マリオン』の確認をした。ハンカチの持ち主を確認した。わざわざ「菫」と言った。
「菫の咲く野山」
と。それはエリザが良く過ごしたあの野山の事ではないか? 菫の咲く野山として有名なあの場所は、騎士見習いたちが基礎修練することも多いのだ。
彼はきっと気付いている! マリオンと名乗った女が、実は私であることを。
でも彼はその事には口を噤んでいる。何故?
対して、扉向こうの男はお世辞でも騎士と言えないほど気品がなく、野蛮だった。騎士精神の欠片も感じなかった。彼は何年も前に騎士団を離れたのだろう。騎士服の男が立場的に上なのは、その能力や判断力を買われてではないだろうか。となれば、あの騎士服の男は騎士団でもそこそこの立場にいるはずだ。
「護身術だけでなく、縄抜けも習っておくべきだったわ」
唇を噛む。アンジェリカとは違い、しがない男爵家の養女の、しかも忌み子の自分がまさか誘拐というものに遭遇するとは思っていなかった。
まあ、縄抜けをしたところで、か弱い女二人でどこへも逃げ様はないのだが。それでも。
事を覆すチャンスを手に入れることができるかもしれないのに。
養父様の言った、『時間を稼ぐ』手段が作れたかもしれないのに。なんて口惜しいっ!
「ランディには心配だと言われたわね。本当、その通りだわ」
「…マリオン?」
一人苦笑していると、ティアーネが首をかしげて身を擦り寄せてきた。
「申し訳ありません、殿下。私、勉学を疎かにしまして、縄抜けが出来ません」
「ディオノレ家では縄抜けは必須項目ではないのですね。奇遇なことに、我が王家も縄抜けの講義はありませんでしたわ。これからは取り入れることにします」
顔を見合わせて二人はクスリ、と笑った。
暫しの憩い。今はそれに縋りたかった。
窓の外は闇が満ちてきていた。気づけばティアーネはうつらうつらしている。
それを見ながらエリザは考え事をし、まんじりともせず夜を過ごした。
お読みいただき、ありがとうございました。