7.気付かなかった謀略
評価、ブックマークありがとうございます。
そろそろ感想のお返事を、と思いましたが、次話の投稿後にしたいと思っています。
バタバタと騒がしい足音がし、エリザのいる部屋の扉が突如開かれて、無作為に『何か』が室内に放り込まれた。すぐに壁が震えるほど大きな音を立てて閉じられカチャリ、と鍵を掛けた音が続く。
「え、なに…っ」
一瞬に出来事に驚きの言葉を上げれば、
「中に誰かいたのかっ!」
扉向こうで驚いた声。声は続くがその内容はくぐもり、聞き耳を立ててもはっきりとは聞き取れない。
さきほど何をこの部屋に?
エリザは室内に視線を巡らせ、放られたモノが人間、少女であったことに気が付いた。
慌てて横たわったままの少女に駆け寄り、体に触れる。
「大丈夫ですか?」
怪我がないか全身をざっと見るが、目立つ傷や出血はないようだ。安堵の息を吐く。
また、少女の方は意識はあったようで、投げ出されたままだった身体を勢いよく起こし、床に座わって
「んもーっ! もう少しレディの扱いを知っていてもらいたいものですわ!」
少し高めの、よく通る声で叫んだ。
エリザよりもやや若い背格好。身に付けているものは高級な素材の品。
攫われて連れてこられたのであれば、間違いなく上流階級の人物であろう。
「あの、あなたは?」
問いかけるエリザを、少女は壁を背に眦を上げて無言で睨み付ける。彼女はエリザが誘拐した彼らの仲間なのか、それを見極めようとしているのだ。
エリザはその疑惑を和らげるために、名を名乗ることにする。
「私はエリザ・ディオノレと申します。ライジンク国とベリアーノ国境に領地を構えるディオノレ家の養女です」
「あら、貴女がディオノレ家の小さな花?」
言うなり、少女の表情の硬さが和らいだ。
対してエリザは『小さな花』という、誰からも言われたことのない呼び名に首を傾げる。
小さな花とは私のこと、なのかしら?
「あの、私のことを知っていらっしゃるのですか?」
「私 と兄は、外交ではディオノレ家が一番有能だと思っていますのよ。男爵とは何度か挨拶を交わしていて、ええ、貴女のことはよく聞いていますわ。年も近いから何度もお連れしてと、男爵にお願いしていたのですけれど、彼は吝嗇漢で」
難しい言葉でごまかしていらっしゃるようですが、吝嗇漢って『ケチな男』という意味だった気が。
「貴女にようやく会えて嬉しいですわ。私はティアーネ。ライジンク国の第一王女です」
ティアーネは立ち上がってから膝を折り、綺麗な礼をした。
エリザも驚きながら立ち上がり、礼を返して頭を下げる。
「大変ご無礼を致しました。申し訳ありません。失礼ながら私、殿下のお顔を拝見したことがありませんでしたので」
「先日の夜会では挨拶はしませんでしたわね。招待状は届きませんでしたの?」
夜会の招待状など、忌み子と言われる私の所に届くわけがないのだけれど。
他国の王女にそう伝えたところで意味が分かるはずもない。あえて正直に言う必要もないとエリザは判断した。
「私にはその日、どうしても外せぬ用が有りましたもので。大変失礼いたしました。ですが、殿下のお話は耳に届いております。ルーパート殿下とそれは素晴らしいダンスを踊られたと。とてもお似合いの二人でしたと」
「まあ。そう本当に言われているのなら嬉しい限りですわ。ルーパート様とのダンスは、とても楽しく踊れましたもの。貴女とあの晩会えなかったのは残念ですが、確かに今はディオノレ家は大変ですものね」
ほう、とティアーネは綺麗な丸みのある頬に手を添え、溜め息を吐く。
「私もフェリウスから、近いうちに攫われるだろう、とは言われておりましたが、夜会から日を置かないとは思ってもいませんでした。驚きましたわ」
ねえ、とティアーネは同意を求める瞳をエリザに向ける。
同意を求められても、と困惑する。エリザには攫われる理由は思いつかないのだ。
「気を付けるようにとも言われていたけれど、護衛長と連れてきたメイド頭が信者ではいくら気を付けていても…」
「信者?」
エリザが首を傾げると、ティアーネは眉間に皺を寄せた。
「貴女、ランディから聞いていませんの?」
「何をですか?」
話の意味が全く分からないエリザは、ただただティアーネを瞬きもせず見つめるのみ。
しばしの沈黙の後、ティアーネは深く、わざとらしく溜息を漏らした。
「ランディ。身内の根回し、手を抜きましたわね」
「こっちは予定通り進めているのに、貴様はっ」
ティアーネの声に、隣室からの怒鳴り声が重なった。どうやら隣室で揉めているようだ。
「あの女がフェリウスの女でなかったらどうする!? 奴に警戒されるだろう!」
「あの館にはトーヴィル家の娘とその侍女しか女はいないんだろ? トーヴィル家の娘は相当な別嬪だって話だ。なら、あの平凡な娘は侍女に間違いないだろうが!」
隣室から聞こえる諍いの会話に、エリザは自分の考えが違っていたことに気づいた。
アンジェリカではなく、マリオンと間違えられたのだ、と。
でも、なぜ? どうしてマリオンが狙われたの?
疑問が脳裏に浮かぶ。
「だから、悪かったって。忍び込んだらちょうど目の前にいて都合がいいと思って」
「また調度品を盗みに行っていたのか。いくら以前の家だからといって」
「絶対見つからない抜け道があるんだ。俺しか知らない抜け道だよ! 親父はもう死んでるしな」
「―――こんなのが嫡子じゃ子爵家が廃絶になったのも当然だ」
「トーヴィルがあの書類に印さえ押さなきゃ、俺は今頃当主だったんだよっ!」
吐き捨てて言う男の話から、自分を攫ったのはフェリウスが購入した館の以前の持ち主の息子、であることがわかった。
彼はティアーネを攫った一味に加担している。恐らくはお金のため。もしかするとトーヴィル侯爵に何かしらの復讐も考えていたのかもしれない。しかし、いまの話から察するに、あの男は頭が切れる様ではなく、お金に執着しすぎているとエリザは感じた。
ではティアーネ様は? いったい誰に? 何故?
『隣国の王女』がこの国の滞在中に何かがあれば、その非はこちらのものになる。当然隣国との争いの火種になるだろう。
そうなった場合、得をするものは?
先ほどティアーネ様は『信者』と言っていた。 隣国の王家が窮して得する『信者』は、一つしか思いつかない。養父が『信者が潜んでいる』と言っていたではないか。気を付けるようにと。
「古の、宗教」
200年前に旧王家は途絶え、以降新しい血脈で続いてきたライジンク国王家。
しかし、本当に旧王家は途絶えたのか? 本当は細々とその血は受け継がれ、今でも『旧王家』の子孫が存在しているのでは?
「さすがですわね。その言葉にたどり着けるなんて」
「殿下、声をお潜めください。あちらの声が聞こえるということは、こちらの声も聞こえるということです」
エリザは指を口に当て、小声で早口に言い切る。もしティアーネが聞き取れていなくても、仕草で言いたいことはわかるだろう。
エリザは静かにティアーネの傍に寄り、隣室から一番遠い場所に一緒に移って、囁くように話を進めた。
「殿下。どうかこの場では私のことはマリオンとお呼びください」
「マリオン?」
目を丸くし、驚いた表情になるティアーネ。
「マリオンとはフェリウスの婚約者で、ディオノレ家に養女に入る予定の者でしょう?」
「え?」
「え?」
エリザとティアーネは互いの顔を見つめる。
再度、ティアーネは深い溜息を溢した。
「本当に何も聞いていませんのね。双国の談義で、ディオノレ家とライジンク国ロングラム伯爵が婚姻関係を結ぶことに決まったのはご存知?」
「聞いております。私、エリザとロングラム当主との婚姻と」
「違いますわ。我が国はマリオンがディオノレ家の養女となり、ロングラム次期当主フェリウスと婚姻という話で進めていたはずです」
「…は?」
フェリウス様が次期ロングラム伯爵?
マリオンがディオノレ家の養女となり、フェリウス様と結婚?
「談義の正式な発表は『ライジンク国ロングラム伯爵家とベリアーノ国ディオノレ男爵家との婚姻』でしたわね」
トーヴィル侯爵は『ロングラム当主とエリザ』と言った。確かに現状の『ロングラム伯爵とディオノレ家』で考えればそうなるだろう。
しかし、マリオンがディオノレ家の養女となり、ロングラム次期当主のフェリウスと結婚する場合もまた、ティアーネの言う『ライジンク国ロングラム伯爵家とベリアーノ国ディオノレ男爵家との婚姻』となる。
トーヴィル侯爵が『エリザとロングラム伯爵当主の結婚』と言ったときの、二人の驚いた表情を思い出す。このことを予め知っていたのなら、驚くのも当然だ。
しかし、フェリウスはマリオンに話があると言っていた。しばらく貸してほしいとも。とすれば、マリオンにはまだこの件は知らされていなかったのだろう。恐らくは彼女は純粋にエリザと伯爵の結婚に驚いたのだ。
フェリウス様とマリオンは兄妹だったはず。 マリオンもロングラム伯爵家の娘なのでは?
「兄妹で結婚できるのですか? マリオン、とフェリウス様はご兄妹なのでしょう?」
「フェリウスはロングラム伯爵の嫡男ですが、マリオンはロングラム伯爵の初恋相手の娘ですわ。血は繋がっておりませんの。平民だった初恋相手が亡くなり、その娘が孤児になったことを知った伯爵が彼女を引き取りましたのよ。彼女はロングラム家の養い子ですわ」
養い子。
マリオンは私と似たような環境で育ったから、ずっと私を気にかけてくれていたのかもしれない。家族の中にいるのに、どこか孤独を感じる、人には伝えられない不思議な感覚を知っているから。
「ディオノレ家を私たちも手放したくありませんでしたので、双国に関わり深いロングラム家とディオノレ家との婚姻が望ましいと話し合いで決めました。フェリウスが傭兵をしていたのはご存知?」
話が急に変わり一瞬戸惑うが、エリザは小さく頷いた。
「彼は傭兵をしながら、密かに伯爵家当主になる力量も身に着けておりましたのよ。おまけに傭兵時代の彼の情報網はそれはそれは凄いもので。それで先日彼は『古の信者の鍵』を手に入れましたの」
「鍵?」
「私の国に潜む信者とこちらの国で手引きをしている信者、それから他国に潜む信者を繋げる文書を読み解く『鍵』ですわ。だから、私たちを攫った者たちはどうしてもその鍵が必要なのです。ライジンク国現王家とベリアーノ国が同盟を結ぶ前に。私がこの国に滞在している間に問題を起こして、争いの原因として両国を混乱に落とし入れ、私たち王家を破滅に向かわさせて、古の宗教を復興させる計略のようでしたわ」
「他国に潜んでいる信者もこの国で合流する、ということでしょうか」
「ええ。でも彼らも誰が信者かわかりませんの。『鍵』がなければ、古の信者であると身分を証明できませんからね。彼らはまず私を攫い、この国を混乱させ、その騒動に紛れてフェリウスから『鍵』を奪うだろうと言ってましたが。ああ、だから『マリオン』なのですね」
ここに至り、エリザが先に伝えた意味が分かったようだ。
エリザという存在ではフェリウスから鍵を取り戻すには不足している。エリザはディオノレ家の者ではあるが、国交とディオノレ家の養女が並べば、当然国交が優先される。だが『マリオン』なら話は別だ。
双国の懸け橋となる人物だからだ。国交の片方が欠けるわけにはいかない。
「殿下。私たちは相手の情報は持っていないと思わせていた方が良いでしょう。何もわからないふりをしていた方が得策かと思います。助けが来るまで私がお守り致します。とにかく、いまはその時間を稼ぎましょう」
「助けが早く来るといいのですけれど」
「この国の騎士は養父が鍛えているのですよ。それに殿下の危機に、ルーパート様も黙っていませんでしょう。大丈夫です」
学園でしか聞いたことはないけれど、ルーパートは誠心誠意相手に向き合う人のようだった。特に親しくしている人に対しては。
可憐で、王族なのに気さくな、目の前にいる少女にエリザは好意を持っている。ルーパートもきっと彼女に好意を持っているはずだ。
「そうですわね。貴女を助けようとランディも躍起になっているでしょうし」
「ランディ…」
気を失っていた間に甦った思い出。
どれもディオノレ家での思い出だった。
幼い頃から姉思いの彼だ。自分を必死に捜してくれているはず。
そこでふとエリザは気付いた。
助けてくれるかもしれない、助けてほしいと願う人物が一人、胸の中にいることに。
お読みいただきありがとうございました。




