12.それぞれの思い
評価、ブックマークありがとうございました。
当初エリザ視点で話を進めていたのですが、どうも話数が増えてしまいそうだったので、三人の視点に切り替えました。
投稿が遅いのはそのせい…もありますが、別話に浮気していたことが原因です、すみません……
+++ ブラス +++
「失礼します。……エリザ様」
ブラスはこれから“すること”を考えつつ、気を引き締めてフェリウスやランディと話をしていたエリザに声をかけた。
「三年前のあなたへの暴言を詫びさせてください」
「え?」
エリザが目を瞠った。
忌み子は蔑まれて当然の存在であり、忌み子に対する行為に謝罪などなくても当然。それがこの国の考え方。それなのに?
エリザの瞳がそう語っている。
「あなたへの暴言の後、我らは男爵に呼び出され騎士道とは何かを問われました。その上で、貴女に対する謝罪をするか否かを問われ私は男爵に謝罪し、ベッツは拒否しました。そのことを男爵が騎士長に報告し、見習いからの格上げは俺だけでベッツは騎士の道から離れました」
「そう、ですか」
三年前、ディオノレ男爵は騎士として進むか否かを彼らに選択させた。騎士道に沿う行動ができるのかを問われたのだ。
その結果、騎士の道を外されたベッツは憎しみを募らせ、今回の騒動に関わることになったのだった。
「三年前は“忌み子”というだけであなたを卑下しました。それにあの時の謝罪も形式だけのものでした。でも昨日今日のあなたを見て、騎士になろうとした我らよりも忌み子と言われるあなたの方がこの国への忠誠心が強いことを知り、国のために自らを差し出すあなたを見て自分が恥ずかしくなりました」
ブラスは一息置いて、腰を曲げて頭を下げた。
「三年前のあなたへの暴言、お許しください」
三年前、形だけとはいえ男爵に謝ると決めたブラスは屈辱に満ちていた。忌み子ごときに頭を下げるなんて、と。
しかし今はどうしても心から謝罪したかった。当時は子供で今もまだ未成年で、まして忌み子であるエリザに直接謝罪するなど通例ではありえないことで周囲からは奇異の目でみられるであろうが、それでも。
「あの、頭を上げてください。私はあなたが養父の自慢となる騎士となられていることを嬉しく思いますし、あなたはランディのハンカチを届けて勇気をくださいました。私の願い通りティアーネ様を護っていただきました。私が貴方にティアーネ様を託したことが許しの証明になりませんか」
「……エリザ様」
「それでも言葉でほしいのなら…私はあなたを許しています。それから、私たちを護ってくださってありがとうございました」
今度は心からの感謝を込めてエリザが頭を下げる。
「もうその位でいいでしょう。悪目立ちしています」
こほん、と空咳をして頭を下げ続ける二人の間にランディが割って入った。
周囲にいる騎士たちはこの集団を遠目で見ていた。確かに隣国の王女、美形の傭兵、忌み子、宰相の息子などこの集まりは目立つ人物しかいない。奇異な視線に慣れ過ぎている面々ばかりなので、そのことに気づいたのは今頃になってだが。
「それからブラスさん。騎士団長が先ほどからあなたを手招きしています。報告をお願いします」
彼には“信者”に潜入し活動していた間の報告を早急にする責務がある。恭しくブラスが一礼してその場から離れた。
親友だった男が騎士道から外れた身の上となったことを寂しく思うが、ブラスはどこか心が軽くなったことを感じながら団長の元に足を運んだ。
+++ ヨルク +++
立ち去る騎士の背中を眺めながら、ヨルクがエリザに問いかけた。
「――― ねえエリザ。もし僕が君に結婚を申し出たら、君はそれを考えてくれるかい?」
その場にそぐわない、唐突過ぎな台詞にエリザは唖然とした顔になった。
彼女の横でランディが二人を無言で見ている。身じろぎせず表情も変えていない。口出しをする気はなく、静観するつもりのようだ。
「結婚ですか?」
「うん。僕はこの国の古い風習は改めるべきだとずっと思っていた。特に忌み子という風習はなくしたいと思っている。君が入学したことを知ってそれを口実に君と接しているうちに清廉さと強さに魅かれていた。君とならその風習と戦えると思うんだ」
「ヨルク様、そのお言葉大変うれしく思います。ただ、忌み子という存在がいかに世間から卑下されているか、私自身がよく知っています。共に、となれば世間の目も厳しくなりましょう。ヨルク様の、マルセルム伯爵家にもよくない影響が必ず及びます。それは私の望むことではありません」
ディオノレ家はこの国にとって異例な存在だ。ディオノレ男爵は成り上がりと呼ばれ社交界では笑いものにされている。そのことを知っているからディオノレ夫妻は国境にある領地安定を理由に貴族との交流は最低限にしている実情がある。
しかし、マルセルム伯爵家は違う。王族との関わりも深く歴史ある家系で社交界での貴族交流は必至だ。そんな伯爵家に忌み子が関わるなど。
そうエリザが考えていることが手に取るようにわかってしまう。
それに、彼女と義弟との先のやり取りで彼女がこの先誰と共に歩んでいくのかを決めてしまったこともわかってしまった。
全てが後手となってしまったが、それでも自分の思いを告げたかった。なんとかして彼女との繋がりを保ちたかった。
「――― では、友人ということではどうだろうか。忌み子という風習をなくすための同志として」
友人。
その単語を初めて聞いたと言わんばかりな驚いた表情を見せた。
彼女は学園で常に一人だった。友人という存在ができるなど思ってもいなかったのだろう。
「でも…」
「よろしいのではなくて? 私もその同志に混ぜていただきたいですわ」
「ティアーネ様」
返事に迷うエリザの腰に抱き付いて、ティアーネがにこりと笑う。
「私、忌み子という風習があることはこの度初めて知りましたけれど、風習に縛られて個人を見ないというのはいかがかと思いますの。それにエリザは私の友人ですからね」
「友人、ですか?」
「なぜ驚くのです? 前にも言ったでしょう。私、ディオノレ男爵にずっと貴女をお連れしてと言っていたのですよ。一晩一緒に過ごし私を護ってくださったのですし、運命の友人ですわね」
嬉々としながらのティアーネの発言で更に困惑した様子のエリザに。
「……そうですわね。わかりました。こうなったらエリザには拒否権を与えません。私が友人と言ったからには私とエリザとヨルクは友人です!」
ティアーネが可愛らしく命令を下した。
現場での報告、事態の収拾を確認してティアーネとヨルク、フェリウスは王宮に戻ることにした。安全を確認されてから到着したティアーネの侍女(メイド頭が捕まったので誰を寄越すのかにもめたらしい)、ティアーネの護衛としてフェリウス、ルーパート王子の命で動いていたヨルクがティアーネと共に馬車に乗り込んだ。
友人になることをエリザに宣言したティアーネはご機嫌で、侍女に向ける笑顔は命の危険があった後とは思えぬほど輝かしいものだった。
「友人、か。学園生活がまだあると悠長にしていなければよかった」
ティアーネと同じ“友人”となったヨルクは深い溜息を零した。
最初は好奇心だった。忌み子と呼ばれる存在がどんな人物でどんな学園生活を送るのかと気になって声を掛けた。
華やかな貴族が揃うあの学園で、彼女は常に控えめで清廉でけれど凛々しかった。蔑まれても卑下されても卑屈になることなく無言で前を向いていた。口にする言葉も品があった。そんな彼女に魅かれてアプローチをするものの、彼女はそれに気づくことなく他愛ない会話をするだけ。
しびれを切らして友人の開く夜会に誘えば、パートナーは了承したはずの彼女ではなくて姉に変わっていた。アンジェリカの口ぶりからエリザが自分を嫌になって断りを入れたのではないことはわかったが、とにかくイラつくことが多い夜会だった。必要以上に触れてくるアンジェリカにうんざりしながらも無下にできない。トーヴィル侯爵家と争うことは望むところではないし、アンジェリカの機嫌を損なえばエリザに何かしらの影響が行くだろうことは見て取れたからだ。ダンスも一曲で終わらず何曲も踊らされた。しかもアンジェリカをルーパートに紹介せざるを得ず、その際には『フラれたな』というからかいの目で見られた。
卒業する前にエリザとの婚約を取り付けるべく、早急に侯爵を陥落することをヨルクは決意したばかりだったのだ。
「あそこまでに貴族の妻として相応しい女性はいないでしょう。口惜しい限りです」
「欲しいものがあったらすぐに動く、チャンスは逃さないって心がけが大事なんだよ。……見る目はあっても行動が奥手じゃ義弟に負けるのも仕方ないな。まあ大概俺も人の事言えないが」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
ヨルクはフェリウスの意味深い最後の言葉に興味を覚えるものの、それについては追及するなという視線を向けられ口を噤んだ。
+++ マリオン +++
マリオンは大事な主の到着をいまかいまかと落ち着きなくエントランスで待っていた。本来ならば自分が攫われるはずだった。危険な場面に立ち会うのは様々なことに耐え忍んできた主ではなく自分だったのに。
だから馬車から降りる主の姿を目にした途端感極まり、主従関係を忘れて駆け寄り抱きしめてしまった。
怪我はしていないか、怖い思いをしなかったか、暴力は、など矢継ぎ早に質問をしたが、主は優しく答えてくれた。全ての質問を終えてマリオンはようやく安堵の息を吐く。
昨日攫われて監禁されて、やっと落ち着ける場所に戻ってきた主、エリザから
「マリオン。私たちに温かいお茶を淹れてくれないかしら」
そう言われれば、勿論ですという返事と共に厨房へと急いだ。
エリザの一番好きなお茶を淹れて居間へ向かう。
エリザ、ランディにカップをセットし終えたところでこの館の主が華々しく居間に入ってきた。騒動が一応の解決をしたことと、関係者が無事だったことが嬉しいのだろう。
フェリウスからも茶の要望があったので、マリオンはポットに残ったお茶をカップに注いで彼に渡した。
その行為に嫌な顔一つせずフェリウスは微笑む。
「随分と濃いお茶をありがとう、マリオン。そうそう、お前そろそろ覚悟決めろ」
爽やかな苦情から提案にかわる一文にマリオンは首を傾げた。
「覚悟? 一体なんの……」
「エリザ様が我がロングラム家の養女となり、数年の後ベリアーノ国ディオノレ家との婚姻を結ぶことになった」
「――― は?」
寝耳に水の話に、開いた口がふさがらなかった。
ランディは談義で決まった『ロングラム家とディオノレ家の婚姻』には、マリオンがディオノレ家の養女となりフェリウスに嫁ぐという“芝居”だと言っていたはず。
談義の結果は“芝居”ではなく、本物?
エリザ様がロングラム家の養女に? いずれはディオノレ家と婚姻…ということはランディ様と?
にやり、と笑うフェリウスは色気全開だ。この笑みを浮かべる時は状況を思い切り楽しんでいる時だということは長き付き合いで知っている。
「エリザ様がロングラム家に入るとなればお前も一緒に来るだろ? 親父はお前の事、首を長くして待ってるぞ」
「兄さんっ!」
「もういいだろ。歳が離れてるのと身分は今更で仕方ないことだが、お前ずっと親父に惚れてたじゃないか。親父もいい年だし、隠居して田舎にでも行けばお前が後妻になってもうるさく言う奴もいないだろう。なんにせよ親父が色ボケ爺呼ばわりされるだけだ。ディオノレ領地との境界あたりに別荘があったっけ? なきゃ作るか、どうする?」
どうすると簡単に言われても、マリオンは困惑するだけだ。
自分の思いを口にしたことはないのに、なぜフェリウスがそれを知っているのだろう。ロングラム家ではその思いを内に秘めて表に出ないように必死に日々過ごしていた。そもそも、自分の伯爵への思慕は間違いなくあるが、伯爵の本意はフェリウスも知らないだろうに。
「マリオン…そうなの?」
頬を紅潮させている自覚があるマリオンは、答えなくてもフェリウスの言葉が事実なのだとエリザにはわかってしまうことを悟る。
マリオンが養父である男に恋情を抱いていることを ―――
「フェリウス様。ロングラム伯爵様はマリオンのことを好いておられるのですか?」
「ああ。好いて、って可愛い表現じゃ収まらない位にね」
フェリウスが言うにはロングラム伯爵と妻、フェリウスの母親とは政略結婚だった。政略結婚とはいえ、二人は互いに相手を信頼し信義を重んじていた。ところがその妻はフェリウスを産んで産後の肥立ちが悪く亡くなってしまった。日々仕事と子育てに追われていた伯爵だが、『初恋の女性がなくなった。子が一人残された』という話を耳にして即座にその子を館に連れて来た。
そして27歳離れた養い子を目に入れても痛くないほど可愛がっていたそうだ。
けれど元々は平民として暮らしていたその子供は貴族世界には馴染めず、平民として生計を立てると言い出した。ロングラム伯爵は身元のしっかりした、安心して預けられる職場でなければ就職はさせないと言い、フォアム商会を通じて紹介された隣国のディオノレ家に仕えることを渋々承諾した、とのことだった。
「今でも月2回はディオノレの奥様が親父に手紙を書いていると思うぞ。マリオンの近状報告が就職条件だったからな」
そういえば、とマリオンには思い当たることがあった。エリザが王都に来るにあたり、ディオノレ家の奥方が手に手を取りエリザに言っていた。
できれば毎週手紙を送ってちょうだい。毎週だと書く内容にも困るでしょうからマリオンのことも併せて書いてちょうだいね。
あれはエリザを心配しての言葉であり、ロングラム伯爵にマリオンのことを記すための手段のものだった?
そして頻回な手紙の報告をロングラム伯爵にしている? ……3年も?
「まあ。では本当にロングラム伯爵様はマリオンのことを?」
「間違いない。それに熟年で長年の片思いだからあれは相当重いぞ。ランディ以上にな」
ランディを見遣り、彼の表情が崩れるのを楽しんだ後。
「諦めて俺とエリザ様のお義母様になってくれ」
ウインクしながらフェリウスは笑った。
お読みいただきありがとうございました。
歳の差愛の二人ですが、いつかこそっと短編でとか思ってます(笑)