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11.秘めていた名前

ブックマークしてくださった方、お読みいただいている方、本当にありがとうございます。

他作品に手を掛けてばかりで、更新遅くてすみません。





「思い出したよ、ディオノレの忌み子っ! お前が何故ここにいるのかはわからないが、神がお前への復讐のチャンスをくれたんだなっ」


 エリザのことを思い出したベッツがククク、と不快な笑い声をあげる。エリザが顔を後ろに向ければ、彼の目は血走り、額に血管の怒張も見えた。表情は狂気そのものだ。

 彼は行先の見えた結末に、エリザに対する復讐だけは実行するつもりのようだ。


「ベッツ、やめろっ!」


 ブラスがティアーネを背後に護り静止の叫びを出すが、ベッツはそれに従う様子は全くなかった。


「この国は俺から全てを奪った! この女さえいなければっ!」


 ベッツがナイフを振り下ろそうとした。

 その瞬間、エリザは彼の足を踏んで腰を曲げベッツとの距離を作る。と同時に彼の足の位置を確かめて片足を軸に脛を蹴りあげた。


「…っ!」


 ベッツが反撃を予想していなかったことと的確な個所を攻撃したことが重なり、ベッツの腕はエリザから離れた。

 振り返り、エリザは次の攻撃を考える。今の物は間合いを取るだけで精いっぱいで逃げ出すには不十分だ。 背中を見せれば間違いなく追いつかれ攻撃される。確実な一撃を彼に与えなければ。ベッツの背は高く、顔や目や鼻、顎への攻撃は難しい。

 となれば。唯一自信のある養父とランディのお墨付きの護衛術。

 握った手の中指の第二関節を立てて、迷うことなく胸の真ん中を突いた。

 ぐお、と声を立ててベッツは地面に転がった。息ができなくなったためだ。

 その隙を逃さず、エリザは駆け出した。それでも、背後からの殺気は消えない。ベッツの執念をひしひしと感じた。

 逃げ切れるだろうか。

 そう不安が過った瞬間、


「がっ!」


 ベッツの悲鳴とも呻きともつかない声が一声響いた。

 何が起きたのかと思わず振り返ると、宿を示す外れかけていた看板がベッツの腹の上に落ちていた。

 先に見た時に落ちそうだとは思っていたが、このタイミングで自然に落下したとは思えない。

 周囲を見渡せば、息を切らせた『彼』がブラスの傍らに立っていた。その手には弓。『彼』が看板を支えていたネジを矢で跳ね飛ばしたようだ。

 来てくれたことに安堵し、助けてくれたことを嬉しく思う。


「ランディ!」

「姉様っ!」


 ランディはエリザに駆け寄った。


「姉様! どうして大人しく守られてないのっ!」


ランディの心配の第一声は怒号であった。あまりの剣幕に思わずエリザの腰が引けてしまう。


「だって、ティアーネ様をお守りしなければ…」

「ちゃんと二人とも守るつもりだったのに。姉様はもう少し、頼ることを覚えてよねっ!」

「頼っているわよ。ランディが来てくれるとずっと信じていたもの」


 ブラスに手渡されたハンカチを証拠だと言わんばかりに差し出す。

 実際、不安な環境での力の源はこの品だったので、紡ぐその言葉に惑いはなかった。

 ランディは気に入った服飾小物に小さな菫のマークを入れるようにしている。今回もそのマークがなければランディが関わっていることがわからず、いつまでも不安なまま過ごしていたことだろう。


「もうっ! 本当は自分の存在は不要だからとか思ってティアーネ様を護ろうとか考えてたんでしょっ! 運良ければ自分は助かるだろう、位で。大体姉様は…」

「エリザ! ランディに虐められているの?」


 ランディの言うことも事実だったのでどう答えようか思案した矢先の助け舟は、心配顔のティアーネであった。

 すでに信者は全員拘束されており、戦いは収束していた。抵抗しているベッツも騎士に囲まれ、数人がかりで縄に掛けられている。

 遠目にフェリウスとヨルクの姿も見える。フェリウスの元に騎士や傭兵がが駆け寄っているところから、今回の襲撃の計画と指示はフェリウスが行ったものなのだろう。


「エリザをいじめたら、私が許しませんよ。彼女は私の命の恩人であり友人なのですからね」


 頬を膨らませてランディに詰め寄るティアーネに、今度はランディが困った顔をした。


「いじめていませんよ、ティアーネ様」

「そもそも、あなたのエリザへの配慮が足りないから彼女が危険に晒されたのですよっ」


 怒り収まらない様子のティアーネ。不謹慎ながらもエリザはその姿を嬉しく思った。だが、いつまでもティアーネを怒らせておくわけにはいかない。

 二人の間に入り、エリザはティアーネに笑顔を向ける。


「ご無事で安心しました。殿下」

「エリザ…」

「それでいいではありませんか。貴国の反乱分子の捕獲もできましたし…」

「いや、それがまだ安心できないんですよ」


 エリザの言葉を遮ったのは苦り切った顔のフェリウスだった。


「指導者のアルカムの姿がない。こちらの動きを読まれていたのかもしれないな」

「アルカム…」


 その名を復唱しながら、エリザは捕らえられていた時にいたはずの年配の髭の男の姿が見当たらなかったことに思いついた。恐らくはあの男が『アルカム』なのだろう。


「それでもティアーネ様とエリザ様がご無事でなによりです」

「本当に。ルーパートも心配してました。彼は王宮で落ち着かず過ごしているはずです。早く元気な姿を見せて安心させてください」


 ティアーネに対して礼をしながら話すフェリウスに続けたのはヨルクだ。


「ええ、そうね」


 その言葉で王宮で待つルーパートの姿を想像したのだろう。ティアーネは頬を染めて頷いた。

 それを見てからヨルクは視線をエリザに移した。


「エリザも無事でよかった」

「ヨルク様もティアーネ様の救助に?」


 騎士でも傭兵でもないランディは自分を助けるために無理を言って来てくれたのだろう。ならばヨルクは? という疑問だった。


「ああ、うん。本当はルーパート様がティアーネ様を心配して来たがったのだけれど、危険だからと皆に止められて。代理で僕が」


 なるほどと思った。彼はルーパートの親友だ。ルーパートは王子であり危険に晒すわけにいかない。ティアーネとの顔合わせもしているヨルクが親友のために、ティアーネを安心させるためにここに来ていてもおかしくはない。


「ティアーネ様をお守りするのはこの国の者として当然のこと。見ての通りご無事でいらっしゃいますよ」


 エリザが笑顔で簡潔に報告すれば、ヨルクは次の言葉を言い淀み。暫しおいて、彼は口を開いた。


「ねえ、エリザ。君はやはり学院には戻らないのかい?」

「戻りません。侯爵様と『二度とお目に掛かることはしません』と約束しました。それに、ランディが私の未来を担ってくれるようなので」

「え?」


 エリザの言葉にランディが呆けた声を出した。

 その声に、表情に、エリザの胸が嫌な鼓動を弾いた。


 もしかして、あの時の話は慣れない王都で過ごす私を励ますためのものだったのかしら?

 恐怖の中一晩考えて。この状況で私を助けてくれるのはランディしかいないと信じていたことに気づいたとき、未来を共にできるのもランディしかいないと、ランディもそれを受け入れてくれると―――

 恥ずかしい。疑いもなく勝手に思い込んでしまった。


「あの、ランディ。驚かせてごめんなさい。やっぱりあなたの約束の話は冗談だったの、ね」


 あまりの恥ずかしさに顔を上げていられず視線は地面に落ち、声は尻すぼまりになる。

 すると慌てたランディの声が。

 

「違うよ、姉様! 驚いただけだから! 本気だから! 僕のお嫁さんになってっ! 結婚してくださいっ!」

 

 エリザの両手を握ってランディは必死に捲し立てる。

 そのあまりの慌てぶりに、フェリウスは口元を塞いでいるが笑いを抑えられず。ティアーネは大きな瞳をキラキラと輝かせ、ヨルクは眉間に皺を寄せて硬く口を閉ざしていた。

 ランディの本気を受け取って、真っ赤な顔をようやく顔を上げたエリザに、笑いをかみ殺しながらフェリウスが話しかける。

 

「ってことは、我が妹になるんですね。エリザ様」

「フェリウス様の妹、ですか?」


 唐突な話に目を見開く。何故ランディとの結婚の話がフェリウスの、ロングラム家への養女の話になるのかがわからない。


「国交談義の名義はロングラム家とディオノレ家との結婚、ですからね。俺の義妹がディオノレ家の嫁に行く。これでいいでしょう。学校もライジンクで通えばいいし。エリザ様にはこの国よりあっちの方が居心地は良いと思いますよ」


 あの時の話。確かにフェリウス家の養女にと言っていたけれど。まさか、国交まで関わっている話だったとは…


「今更驚かないでよ、姉様。あの時、話はついているって言ったじゃないか」

「本当に話が付いているとは思わなかったし、国交が絡んでいるとは…」

「うん。話はつけてたけど、実は姉様がこんなに早く受け入れてくれるとはみんな思っていなかったんだよね」


 あと五年はかかると思ってた、と力強くエリザの両手を握っているランディは笑った。




お読みいただきありがとうございました。

あと2話で完結予定です。

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