10.差し迫った状況
別作品への浮気が続いて、遅れ遅れの投稿で申し訳ありません。
エリザとティアーネは身を寄せ合って一夜を過ごしたのだが、窓から差し込む日の光が二人を照らして直ぐに、荒々しい足音が二人いる部屋に近づいてきた。
「エリ、マリオン…」
うとうとしていたティアーネが小さく身を震わせ、エリザに寄りかかる。
耳を澄ませばボソボソと扉向こうで話す声が聞こえてきた。
「大丈夫です。今すぐに私たちの命を奪うことはないはずです」
計画変更の伝達には時間がかかるはず。交渉の時間も考慮すると、人質としての価値がある私たちの命を取るにはまだ早すぎる。
そうエリザは判断した。
やがて大きな音を立てて扉が開き、騎士服の男と元騎士の男の姿が見えた。
「お前らには場所を変えてもらうことにした。来い!」
乱暴に腕をとられ、二人は無理矢理立たされる。
腕を掴むのは、縛られた昨日と同じくエリザには騎士服の男、ティアーネには元騎士の男だ。
エリザは状況を一晩考えて、騎士服の男には確認せねばならないことがあると結論付けていた。返答次第でこの先どうティアーネを護るのかを決めるつもりだ。
「あなたは返してくださったこのハンカチを、一体どこから手にいれたんですか」
「『マリオンを見張れ』と命じた見張りからだ。俺には『マリオン』の顔がわからなかったから、判別する為に持ってきた」
それを聞いてエリザは決めた。ティアーネを護る方法を。
ハンカチをグッと握りなおす。
「殿下にはあなたがついてくださいませんか。昨日も申しましたように、殿下は非力でいらっしゃいます。あの方では…」
目で『あの男』を示す。彼は寝不足のせいなのか、昨日と異なり機嫌が悪そうだ。必要以上乱暴にティアーネを扱っている。掴んでいる腕の力も容赦ないようで、ティアーネが顔を顰めていた。
エリザの傍にあの男が来れば、『マリオン』が別人だと気付かれる可能性が高まる。それでも、交代してもらわなければならない。ティアーネがあの男に付き添われる限り、彼女は苦痛と恐怖しか感じないだろうから。
「…いいだろう」
騎士服の男は目で向こうの男に合図して、一斉に入れ替わり腕を掴み直した。
交代したとはいえ、元からの体格差、身長差もあり二人は引きずられるように歩かされる。
それでも。
やはり交代してもらってよかった。この力では、またティアーネ様は痛いと騒いでしまったかもしれない。
エリザがそう思うほど元騎士の男の力は遠慮はなかった。
家の見張りは全員階下に降りているのか、他に誰の姿もひと気も感じない。四人は階段を降り、立派とは言い難い扉を潜った。
既に外は明るくなっていた。眩しさに思わず目を細める。
周囲を盗み見ると、がたいが良い男が数名家の周囲に立っていた。
二人が一晩過ごした監禁場所は、町はずれの一軒家…元は宿屋だったようで、外壁に外れかけた看板があるのが目に入った。風に吹かれてキイ、という音がする。
周囲に古びた家はあるものの廃墟と化しており、それらは家としての原型は留めておらず、人が住んでいる様子はなかった。
叫んでも誰かの助けは期待できない。
近くに林が見えるが、走って逃げたところでその林に辿り着く前に捕まってしまうか悪ければ殺されてしまうだろう。
やはりここはおとなしく彼らの言うことを聞くしかない。
「私たちはどこに…」
「余計なことは話すな!」
元騎士の男に一言で黙らされる。
自分とティアーネが共にいられるのならば彼女を護れる。しかし、行き先が異なった場合には彼女を護ることができない。彼女の消息さえ把握できなくなる。
どうするか、とエリザが思考を巡らしたとき。
「お前…」
背後の男がエリザを凝視しながら洩らした。
思わずぎくりとする。
彼と出会ったのは一回だけ。それも三年も前のこと。このまま思い出されてしまうのだろうか。
思い出されるには。ティアーネ様を護る切り札をここで失くすには、まだ早すぎる!
「おい、顔をこっちに向けろ」
顎を掴まれ強制的に元騎士の男に顔を向かされる。
ドキドキとエリザの鼓動は速くなるが、焦りと緊張は反撃の機会を失ってしまう。
彼が思い出さぬよう願いつつ、冷静さを保とうと静かに息をした。
「その眼、どこかで見た顔だな」
元騎士の男はしきりに首を傾げている。記憶を遡っているのだろう。
暫くすると、音と共に2台の馬車と騎馬数名が近づいてくるのが見えた。
2台、となればエリザとティアーネの行先が異なる可能性が高い。エリザは何とか二人一緒にいられる方法を考えなければと唇を噛んだ。
「お前、あの忌み子に似て…」
元騎士の男が三年前のエリザの記憶に辿り着いたと同時に、風が吹いた。
『信者』と思われた騎馬と馬車からの襲撃だった。
「敵襲だっ!」
一気に殺気が飛び交う。
騎馬による奇襲、馬車からの弓の襲撃に見張りだった男たちが動いた。
ティアーネとエリザは家の外壁を背にした男たちの盾となり、その首にナイフが突きつけられる。
「どういうことだ、ブラス? あいつらは騎士と傭兵じゃないか? お前つけられたか?」
「いや、情報合戦に負けたってことだろう」
落ち着きを失った元騎士の男に対して、ティアーネに刃を向けている騎士服の男はあっさりと答えを返した。
「フェリウスに鍵が渡った時点で、こちらの情報網に穴ができたのだろうな」
「俺の騎士としての将来を潰したこの国に、まだ復讐してないのにっ」
「まだ…恨んでいるのか? ベッツ」
「ブラス。俺はお前みたいに建前でも謝る気はないんだよっ! 頭を下げるのはどう考えても忌み子の方だろうっ」
元騎士の男、ベッツの苛立ちの声と遠くでの剣の交わる音とが重なる。
騎馬以外にも『信者』たちを圧する人物が増えていた。騎士や傭兵が馬車に潜んでいたのだろう。それに遠くから馬の嘶きも聞こえる。恐らくは騎士たちの増援だ。
この場にいる『信者』たちが劣勢なのは目に見えていた。鎮圧されるのも時間の問題だ。
「抵抗は無駄だ、ベッツ」
「いや、このままでは済ませない。せめて人質の二人を道連れにして…」
「悪い。それはできない」
ティアーネに突きつけていたナイフを首から離す騎士服の男…ブラス。
やはり合っていた、とエリザは安堵の吐息を漏らした。彼、ブラスは『信者』ではないということ。彼は養父やこの国にとって誇れる騎士であり、敵陣の中でティアーネを守ってくれる存在であるということを。
何故なら、ブラスによってエリザに手渡されたハンカチはランディの物だったのだ。
『マリオンの見張りの者から手に入れた』とブラスは言った。つまり彼とランディが繋がっている。ランディと繋がっている彼は味方に違いないと踏んでいたのだ。だから、監視は自分からティアーネに変わってもらった。いざというとき、非力な自分ではなく騎士である彼がティアーネを守れるように。
「お前…裏切ったな…っ」
眦を吊り上げるベック。騎士見習いとしてディオノレの領地にともに来た二人だ。元は相当に仲が良かったはずだ。親友の裏切りにベックはかなり頭にきている。
「ならこの女は…この女だけは道連れにするっ! 思い出したぞ。お前はあの忌み子だろうっ! お前がいなければ、お前さえいなければ俺は騎士になっていたんだっ」
お読みいただき、ありがとうございました。