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1.行けなかった夜会

ネーミングセンスと文章表現力が弱い私ですので、なんちゃってファンタジーかもしれません。


 エリザは、ただ頷くしかなかった。

 例え、ひと月前から今日という日を楽しみにしていたとしても、本当は胸が張り裂けそうなほど悲しかったとしても、頷くしかなかったのだ。

 何故なら、相手は自分よりも立場が上であるトーヴィル侯爵家の主。

 対するエリザは、辺境の地を治めるしがないディオノレ男爵家の令嬢。

 そして、普段より身を寄せて世話になっている侯爵の直々の申し出ということもあり、『断る』という選択肢はどこにもなかった。


「では、今夜のヨルク様のパートナーは私でよろしいのね」


 華が綻ぶような笑顔と鈴が鳴るような声でアンジェリカがそう言い、迎えに来ているヨルク・マルセルムの元へいそいそと向かった。

 彼女の父であるトーヴィル侯爵は、満足そうに消えゆく彼女の後姿を見送っている。

 アンジェリカの光輝く金色の髪は綺麗に整えられ、華やかな髪飾りが彼女の輝きを更に増していた。ドレスも一目で高級な物で彼女のためだけに作られた物とわかる。

 そんな彼女と比べて私は、とエリザは俯く。

 ヨルク様にパートナーとして夜会に参加をと誘われて、ずっと心待にして準備してきたのだけれど。できる限りのお洒落をしたけれど、結果はアンジェリカ様の足元にも届かない出来栄え…

 きっとヨルク様も今夜のアンジェリカ様には目を奪われることでしょう。

 『素材』の違いはあれども、ここまで差があるのだと見せつけられたエリザはただ俯くだけ。

 同じ女性なのに。

 双子、なのに。

 しばらくして馬車が館を離れていく音を耳にし、二人、アンジェリカとヨルクが共に出かけた事を理解する。

 同時にエリザが今日の夜会へ行く必要がなくなった事も理解した。なぜなら招待状はヨルクに届けられたものだから。

 エリザは彼から一緒に行かないかと誘われただけなので、彼がいなければ夜会に参加する資格がないのだ。

 落胆する心を隠して


「では、私は部屋に下がらせていただきます。失礼致します」


 侯爵に礼をし、エリザは自室へと足を向けた。





「全く、何ですかね!突然パートナー交代なんて!」


 ドレッサー前に座るエリザの結い上げた髪をほどきながら、エリザ付きの唯一の侍女、マリオンがぶつぶつと文句を言っていた。その言葉は止まることを知らないように次々に紡がれていく。


「本当にごめんなさい。貴女には今日のドレスや髪型とか髪飾りとか色々と相談して、こんなに綺麗にしてもらったのに、結局全て無駄にしてしまって」

「お嬢様が謝ることではありません! ヨルク様はお嬢様をお誘いになったのでしょう? なのに、何故当日の出発間際にアンジェリカ様にパートナーを『譲らされ』なければいけないんです?」

「アンジェリカ様が今日の夜会にどうしても一緒に行きたかったのですって」

「それはお嬢様も同じでしょうっ」


 そうね。

 私もずっとお慕いしているヨルク様と一緒に行きたかったのだけれど。


「ヨルク様のお誘いは、ただ私の待遇に同情していたからに過ぎないわ。それは学院の誰もが知っていることよ。パートナーとして相応しいのは、アンジェリカ様だと思うの」


 きっと誰もがそう思っているはず。


「そんなこと…」

「マリオン、ありがとう。でもね、やはり私は忌み子。その事実は受け止めているつもりよ」


 エリザは笑顔をマリオンに向ける。

 私は上手く笑えているかしら?マリオンが安心してくれると良いのだけど。


「忌み子…っ!双子なんて他国ではなんの意味のない…」

「ええ。でも私はベリアーノ国の人間。ならばこの国における双子の立場をちゃんと受け入れなければ。それに、私もそう悪い人生ではなくてよ?養子先の義父も義母も私にはとても優しくしてくださっているし甘やかしてくださってますし。私を慕ってくれる可愛い義弟もいるわ。それにマリオン、貴女もこうして私の傍にいてくれているのですから」


 マリオンに向かって、鏡越しにエリザは小さく笑む。

 鏡に映るエリザはアンジェリカとは似ても似つかない容姿であった。

 アンジェリカは亡き侯爵夫人に瓜二つだと言われている。金色に輝く髪も、陶器のような白い肌も、整った目鼻立ちも、鮮やかな紅い唇も。

 反してエリザは髪色も瞳の色も実父、侯爵と同じ茶色。肌は健康的で『面影が何となく侯爵に似ている』という目立たぬ顔立ち。

 生まれた時から双子であったにも関わらず、似ているところは何一つなかった二人。

 そしてこの国では双子は『凶のしるし』とされ、それを証明するかのようにエリザの実母は彼女を産み落として直ぐに亡くなっていた。

 ベリアーノ国において双子が生まれた場合、兄姉が跡取りとして籍を残し、弟妹は降家先に養子へ出されることが慣例だ。

 例にもれず、エリザも侯爵家に生まれたが男爵家へ養子に出された。

 いまエリザが侯爵家に世話となっているのは、侯爵が世間に『侯爵家は凶の印である双子の弟妹に対して、こんなにも寛容である』という姿を見せたいがために、学院に通うための宿先にとの手紙をディオノレ家に届けたからである。


「今日の夜会は王子、ルーパート様の婚約発表の場でもありますし、王族の方々も大勢いらっしゃるでしょう。辺境の地の貧乏な男爵令嬢の私よりもアンジェリカ様の方がヨルク様にとっても有意義だと思うの」


 だからこれで話はおしまいにしましょう。

 エリザは今度こそ心からの笑顔をマリオンへ送った。





 ベリアーノ国の王族、貴族は16歳から18歳まで王立学院に通うことが通例となっている。

 故に16歳になるエリザとアンジェリカも今年から学院に通っている。

 ヨルクはベリアーノ国のマルセルム伯爵家長子で、ルーパート王子の親友でもある。学院においてはエリザやアンジェリカよりも2つ上の3年生だ。

 ヨルクは容姿端麗で、学院において成績も良く、何をさせてもそつなくこなしていた。人徳も高く彼の周りはいつも人で溢れている。いずれは父の跡をついで宰相になるだろうとも言われており、彼自身もそれを目指し、着々とその術を身に付けていた。

 その彼がエリザと会話するようになったのは、エリザが入学してしばらくたってのことだった。


「君がエリザ・ディオノレ男爵令嬢?」


 学院の誰もがエリザを『忌み子』と知っていたので、近寄る生徒など誰一人いなかったのだが、その日中庭で本を読んでいたエリザに声をかけてきた人物がヨルクであった。

 はい、と頷けばヨルクは校舎を指した。


「いつも君が一人でここで過ごしているから、気になって」


 三年の校舎は中庭に面している。教室からエリザの姿を幾度か目にしていたのだろう。

 とはいえ、気になってと言われてもエリザは何と答えていいのかわからない。

 気にかけてくださりありがとうございます、なのだろうか?

 それとも私は一人でも大丈夫ですのでお気になさらず、と言うべきなのだろうか?


「ああ、ごめん。こんな言い方気になるよね。申し訳ないけれど、君とトーヴィル侯爵家との関係の話は僕の耳に入っている」

「別に気にしておりません。そのことは事実ですから」

「うん。だから僕と友達にならないか?」


 『私が一人で過ごしているから』友達にならないか、なのか。

 『私の公然の秘密を知っていて申し訳ない』から友達にならないか、なのか。

 よくわからない人だ、という感想がエリザのヨルクへの第一印象だった。

 その時はヨルクへの返事は曖昧に誤魔化し、肯も否も明確には伝えなかったが、それ以降ヨルクは事ある毎にエリザへ声を掛けてきていた。

 最初は戸惑うばかりのエリザだったが、いつしかその声を嬉しく思うようになり、心待ちにするようになり、彼を密かに慕うようになっていた。


『僕と一緒に夜会へ行ってもらえないか』


 そう言われた時はエリザの心臓が止まるかと思うほど鼓動は激しく打ち、体温も上がった。耳まで赤くなっているのを自覚しながら、小声で『はい。喜んで』というだけで精一杯だった。


「今頃お二人は踊ってるのでしょうか」


 亜麻布の寝衣に身を包んだエリザは窓から輝く空を見上げる。

 彼と公の場へ一緒に出掛けることができると。

 彼と踊ることができると。

 心弾ませて過ごした一ヶ月はエリザにとって本当に夢見心地で楽しかったのだ。


「楽しい夢を、見させていただきました」


 エリザは部屋に光を注ぐ月に向かい、感謝を、祈りを捧げた。





お読みいただき、ありがとうございました。

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