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カラスが鳴くから帰れない

作者: ナダハ
掲載日:2015/05/02

陽治の親が死んだのは一週間ほど前のことだ。交通事故だった。

あの日は朝から雨が降っていて、サッカー部は休みになって陽治は一日中家の中にいたらしい。夕方五時頃電話が鳴ったそうだ。その時陽治は買い物に行った親が夕飯は何がいいかと聞くために電話してきたと思ったそうだ。わざとらしく高い声で電話に出たのも覚えていると言っていた。

「小松辰男さんと小松奈美恵さんがお亡くなりになりました」

知らない男の声が聞こえたそうだ。

それから陽治は私の家に電話をかけてきた。走って戸を叩いた方が早い隣の家の私んちの電話に。たまたま出たのが父だった。私は家で音楽を聴いていて、母は揚げ物を揚げていた。たぶん、私が出ていたら腰を抜かして何も説明できなくなっていただろうし、母も同じようになることは確実だった。私が保健室に行ったということだけでも青ざめてしまう母である。

父は落ち着いていて行動した。母と一緒に陽治の家に行き、私には電話が聞こえるところで待っていろと言った。その時私は何も知らなかった。昨日買ってきた洋楽のビートに聞き入っていたところに邪魔が入った。それだけでイライラしていた。

葬儀やさまざまな手続きは結局父と母がやったらしい。そりゃ、高校生の陽治にやらせられるわけがないと思っていた。が、そういうのは親戚がやってくれるもんじゃないの?納骨の時、母親にささやいた。そしたら、

「陽治くんのお父さんお母さんは駆け落ちだったのよ。だから、どっちの親にも勘当されてたみたいよ」

十七年間も一緒にいたのに初めて聞いたことだった。陽治はこれを知っているのだろうか。

私は葬式の間中、陽治の傍にいるように言われて、食事の時も葬式場に行くバスでもずっと隣にいた。

だけど、それはいつもと変わらないことだった。私と陽治はずっと一緒たった。学校も、遊び場も、友達も、高校まで私と一緒にしたときは驚いたと言うよりあきれた。

「君は僕がいないと何にもできないでしょ?」

陽治は私より半年早く生まれている。だから、親はもちろん近所の人や友達まで陽治がお兄さんで私が妹だと言っていた。私だってやろうと思えば何でも出来るんですよ!陽治がいなくたって全然平気だし!

だから、不幸を聞いた後、背を丸め落ち込んでいる陽治を見たとき不謹慎にもチャンスだと思った。ここで陽治を慰めてあげれれば私だって出来るって思われる!

けれど、陽治はいつも通りだった。肉のない食事を見ても、親の骨を抱えていたときも、変わらなかった。背を伸ばししゃんとしていた。陽治は姿勢も礼儀も正しい。自分の親を勘当した相手にも来てくださってありがとうございますと頭を下げていた。

その陽治がいなくなったのは納骨した夕方のことだった。

「ねえ、陽治くんはどこに行ったの?」

葬式も無事に終わったし役目を果たしただろうと私はすっかり陽治から目を離していた。

「あなたも探して、今から大事な話をしなきゃならないの」

少しだけ開いていた居間のふすまから女性の顔が見えた。確か、陽治の叔母さんだ。葬式なのに高そうな金の腕時計をしていたのを覚えている。陽治がいつもの調子で「成金だよ」と笑っていたから。

「たぶん、外に行ったんだと思うわ。靴がないから。」

母は急いでいるようだった。

私はなんの話をするのかと尋ねた。葬式用の派手でないまつげのまぶたが一度まばたきした。

「陽治くんがこれからどこで暮らすのか決めるのよ」

あっ、そうなんだ。私はてっきりうちに住むのかと思ってた。

「冗談言わないでよ。母さんだってそうしたいけど、やっぱり親戚の人のところが都合がいいじゃない」

なんの都合かは知らないけれど、それは陽治が決めることじゃない?

私はいいかけたけど止めた。ふすまの向こうの叔母さんと目があった。彼女、口で笑うのは得意だけど、目で笑うのは苦手みたいだ。目が死んでいる。

私は革靴を履いて外に出た。走り回るならスニーカーの方がよかったけれど靴箱からそれを探し出すまでの間母に見られているのが嫌だったし、何より行き先には当てがあった。すぐ近くの公園だ。

「陽治!」

やっぱりサッカーしてた。

私の怒鳴り声に陽治はボールを取りこぼした。

「やあ、どうしたの?」

私は口を尖らせた。

「お母さんたちが探してる」

「なんで?」

「話したいことがあるって」

「話したいこと?」

白々しい。ボールの土を払いながらも、陽治はしゃべるごとに唇を舐める。それは嘘をついているときの癖だ。

「これから暮らす場所のこと」

陽治は肩をすくめた。

「僕は僕の家に住んでいたいけど」

「あの叔母さん、連れてく気満々みたい」

「あぁ、あの成金」

陽治はクツクツ笑う。が、全然面白くなかった。

「ねえ、そんな怖い顔しないでよ」

怖い顔はしてないつもりだった。だけど、顔が強ばっていてつりそうになっていた。緩めようにも、緩めたら別の顔になってしまいそうで力を込めていた。自然と拳を握って。

「君が来なくてももうすぐ帰るつもりだったよ。五時になったら」

とてもいいタイミングで夕焼けこやけが鳴り出した。子供たちの帰る合図、五時の鐘。公園の子供たちが散らばり出す。

「もう、帰るよ、だから…」

私の肩を叩き公園の出口に向かう陽治。私は拳をほどけずにいた。

「ねえ、」

言い出しかけたのと陽治が夕焼けこやけを口ずさんだのはほぼ同時だった。どっちかって言ったら私の方が早かったけれど。

お手て繋いで帰りましょ、烏と一緒に帰りましょ。

歌いきって、夕焼けこやけの残響も消えると烏が一羽鳴いた。

夕焼けに陽治の長い影が伸びていた。こんなに大きかったっけ。けれど、小さく見えるのはなぜだろう。

「烏には山に子がいるから帰るんだね。僕は…」

私は手をほどいた。次の瞬間には、陽治の手を掴んでいた。

「帰ろう」

陽治は小さく笑って、そうだねと言った。

帰り道、陽治は繋いだ手をぶらぶらさせながら夕焼けこやけを歌った。時々、烏が鳴くと陽治は手を止めて夕焼けの空を見た。

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