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ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
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幻視のマリア

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・設定・名称とは一切関係ありません

「あの子はまともな教育を受けておらぬ、同年代の友人も作れず、大人達の都合でロズリン礼拝堂から、その敷地から外へ出ることも叶わぬ幼少期を過ごした。あの子を縛っておったのはテンプル騎士団であり、血筋であり……もっと端的に言うならば、それは聖杯じゃった」


 眼前では、クロエが現実世界の自身だと語る老婆と、騎士団の総長と呼ばれる天使のような子供――アリスとが礼拝堂に配された長椅子の内の一つへ、寄り添うように座っている。

 アリスの容姿は、俺が兄さんからクロスフォンを受け取った日の、現実と仮想世界との境界線を隔てて出会った時の、第七福音としての姿とはどうしたって結びつかない。

 髪の色はまだしも、瞳の色が成長していく中で変化するとは考え難い、だとすれば俺が知ってる第七福音のアリスもまた第三福音のクロエと同じように仮想世界専用の見た目を用意していた――用意されていたことになる。


「わかんねぇよ、聖杯ってコップみたいなもんだろ? どうしてそれが子供を閉じ込める理由になるんだ?」

「確かに騎士団の伝承において聖杯は初め杯の形をしていたと語られておる……しかし、少なくとも現代における聖杯は元の形を失っており、果てしない年月と共に幾つもの欠片となって世界各地へ散り散りとなったのだと、妾はそう聞いた」

「胡散臭いし、理由にもなってないだろ、それだけじゃ」

「そうじゃな、結果だけを語るのは簡単なんじゃが……それでは受け入れるのも苦労するじゃろう、少し長話になるが付き合ってくれぬか?」

「俺はいいけど……」


【ハイパーボッ】:もちおけ


「俺達はいいけど、状況的にいいのか?」


 第四福音により記憶を再現された空間に留まることが得策なのか? という意味合いを込めて尋ねた。

 クロエの推測を信じれば、むしろ幽霊屋敷を彷徨うより安全だろうし、現状、他にアテがあるわけではないから、これは形式上の確認でしかないけど。


「必要なことじゃ、特に明よ、そなたは知っておくべきじゃろう」

「それじゃ頼む」


 記憶の亡霊……過去のクロエとアリスは十字架を見上げながらなにやら言葉を交わしているが、訛りの強い英語のようで俺にはほとんど聞き取れないし、なら騎士団や聖杯、そしてアリスについての秘密を聞けるときに聞いておこう、と開き直って近くの椅子へ腰を下ろす。

 大人二人分くらいの距離を空けて、ハイパーボッ氏も俺と同じ椅子に座った。

 クロエだけがその場に立ったまま、視線を過去の二人へ向けている。


「まず妾が先程から聖杯と呼んでいるものは、イエスの処刑前夜に行われた晩餐に登場する杯を指す。そして、その席にはマリアという女性の姿もあったのじゃ、マグダラのマリア……知っとるか?」

「名前ぐらいなら」

「ふむ、マグダラのマリアで有名な伝承に……彼女は処刑されたイエスの墓の前で、復活した彼と対面したというものがある……これは長くマリアの幻視として語られたが、後に騎士団は彼女が視たものは聖杯に起因すると考えた。マリアは晩餐にて聖杯の一部、これは底……プレート部分を欠損させてしまい、咄嗟に葡萄酒と一緒に飲み込んだのだとされておる。そして、体内に取り込んだ聖杯の欠片が後々、マリアに幻視を引き起こしたと、な」

「大分こじつけ感ある」

「この礼拝堂で暮らしていた頃の妾も半信半疑じゃった……そんな荒唐無稽な説を騎士団が認めたのは、彼らがエルサレムで聖杯を回収した時だと言われておる。回収できた聖杯は既に杯と呼べるような元型を保っておらんかったのじゃ、では、なぜ……それを聖杯と確信できたのか?」


【ハイパーボッ】:そういうことか

【ハイパーボッ】:こっちはこっちで

【ハイパーボッ】:ちょっとは情報貰ってたんだが

【ハイパーボッ】:暗号機と解読機

【ハイパーボッ】:解読に血統が必要ってのは

【ハイパーボッ】:聖杯を取り込んで幻視するマリア

【ハイパーボッ】:イエスとマリアが結婚してたって説もあって

【ハイパーボッ】:つまり聖杯は文字通りの器とは別に

【ハイパーボッ】:それを聖杯と認識できる器

【ハイパーボッ】:セットになって意味を持つってわけか


「そういうことじゃ、マリアの血筋は聖杯を宿すと信じられ、当時のテンプル騎士団の中にもマリアの子孫がおった……幻視が起きることで、ガラクタのような姿に成り果てた聖杯を見つけることができたのじゃと」


 それまで過去の二人から外れることのなかったクロエの視線が、俺達の方へ流れるように向けられる。

 こちらに口を挟む意思がないのを確認するような僅かな沈黙をおいて、彼女は続ける。


「では幻視とはなにか? 鉄でもガラスでもない未知の金属で構成されていたとされる聖杯が起こした神秘、それは伝承に則って語るのであれば魂ということになり、現代の言葉で表現するならば天然の演算処理装置とでも言うべきかもしれぬ、人の脳と同じように電気信号を受けとって、かつ外部へ出力する……それは故人の幽霊か? 聖母の出現か? 今の今となっても解き明かされておらぬ、騎士団がこの先も秘匿すべきとして守り継いできた秘密じゃ……回りくどい話し方になってしまったがの、つまり聖杯はまるで人間が蘇ったかのような幻視を起こし、聖杯を取り込んだ血筋は共鳴するような形で聖杯が出力する幻を視認するという話じゃ」

「で、聖杯の秘密を隠したいから、その、マリアの子孫であるアリスを礼拝堂にずっと閉じ込めてるって話なのか?」

「妾も納得はしておらぬが事実として騎士団は長くその体制を維持してきた……じゃが、そもそも聖杯の破片全てを騎士団が保有していた訳ではなかったのじゃから、それではの、マリアの子孫を世間の目から隠せていたとしてもじゃ、歴史上、聖母の出現として世界各地で幻視のような現象の報告が挙がったように、聖杯の破片が原因と思われるオカルト話は散見しておる……根本的な解決にはなっておらぬのじゃ」

「同じように元は聖杯だった破片を誤って飲み込んでしまった人間が、マリアの子孫以外にも現れたってことか?」

「どうじゃろうな、途方もない歴史の中で子孫でなくても聖杯と親和性を持った人間が他にも現れたのかもしれぬ、それにマリアの幻視は聖杯を取り込んだのとは別に……葡萄酒ではなくイエスの血を飲んだからではないかとする説もあるようでな、真相は杳として知れぬ」

「幻視、オカルト……なぁ、ハイパーボッ氏、世界終末の音が起こす現象や俺が体験した視界ジャックとか、なにか繋がりそうじゃないか?」


 鋭いことを言ったつもりでハイパーボッ氏の横顔へ問い掛ける、問い掛けたのに無反応、あれ、え、聞いてない? あの、もっかい言うべき? いや、あっちも脳をフル回転させて適切な言葉を選んでいるのかもしれない、うん、そうだ、きっとそう。


「そうじゃな、そなたらはよく似た話を……経験をしているであろう? 騎士団の連中も疑っておったのじゃ、どこからどうやって嗅ぎつけ辿り着けたのかわからぬが、イーグル社、アセンション社、それらの背後に潜むエルミナティという秘密結社が聖杯の性質を知って利用しているのではないか? とな」


 代わりに答えてくれるクロエ、一方でハイパーボッ氏は無言のまま――なぜか、微かに頭を前後へふらふら揺らしているように見える。


「もう、ちょっと、待って」


 揺れる頭のリズムに合わせて声を張るハイパーボッ氏。挙動不審が目立つようになるお面の女の子、もしかして現実(むこう)で何か厄介事が起きてるのか?


「ハイパーボッ氏? 大丈夫か?」


【ハイパーボッ】:すまん

【ハイパーボッ】:ミュートしました

【ハイパーボッ】:つづきどぞ


 と、チャットで反応するハイパーボッ氏。

 そもそも彼女がどうやって俺達の前へ現れたのか、幽霊屋敷へ干渉できているのか、おそらく俺とは別の手段を使っているのだろう彼女の事情も気になるが、今はクロエが再び話せるように黙っておく。


「う、うむ、現状、聖杯の秘密を守りたいテンプル騎士団と、おそらく聖杯を利用して何か企んでいるであろうエルミナティとが対立しとるわけじゃ、その最中にてアリスが行方不明となり、妾もイーグル社に操られておった、第七福音を見るにイーグル社がアリスの身柄を確保したと考えるのが妥当じゃな……それとテンプル教会の事件を考えると、向こうでも一悶着起きとるようじゃ」

「第七福音……俺が出会ったアリスは兄さんと面識がある感じだった」


 そして、兄さんは俺の元に福音(かのじょ)とA.L.I.C.Eシステムを送ってきた。


「漆木勇が福音の開発に深く関わっているのは間違いないじゃろうな……明よ、そなたは薄々勘付いておるのではないか? 妾含め福音は現代の科学による人工知能よりも遥かに人間染みておる、第二福音の経緯も聞いたのであろう? 開発に人間の脳が利用されていたとはいえ……それだけでは、それよりも研究段階を進める近道があるとすれば、きっとエルミナティは利用するはずじゃ」

「……それは」


【ハイパーボッ】:ごめ


 視界隅のチャットが更新されたことに気付いて、口が止まる。


【ハイパーボッ】:こっちたいむおーばー

【ハイパーボッ】:じゃあn


 慌ただしくキーボードを叩いてる様が想像できる早さで端的な言葉を残し、俺達が声を掛けるよりも先に……微かな雑音(ノイズ)を伴って、ハイパーボッ氏が姿を消した。

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