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ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
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増築記憶→アプリコット八乙女


「君は勇君の弟だろ? はは、似てるからすぐ分かったよ、期待してるぞ」

「勇先輩の弟君だよね? あのさ、もしよかったら先輩の連絡先を聞いてきてくれないかな?」

「そういえば勇は元気? 明ぁ、お前もしっかりしろよ、兄と同じで頑張ればきっとできるはずだ」


 校内で漫画のキャラクターの必殺技の真似をしたり、放課後に友達の家でコントローラーを握って大きな画面内で大乱闘したり、夜はボイチャを繋ぎながらネトゲのデイリーをこなしたり。

 男友達と馬鹿騒ぎして、たまに幼馴染のみなみと出歩いてるのをクラスメイトに見られてからかわれたり。

 中学校へ進学しても、そんな他愛のない日々が続くだろうと思っていた。

 実際、小学校の延長線上みたいな関係性も続いていたけど、良い意味で変わり映えしない日常を侵食するようにして、俺は同じ中学校を既に卒業していた兄の――漆木勇の名前を何回、何十回、何百回と聞かされた。

 ほぼ必ずといっていいほど誉め言葉がくっつく兄の名は誇らしかった……だけど、身内以外からも誇らしげに語られる兄さんの背中は、年齢差や身長差よりも更に増してずっとずっと遠く大きく感じられて、誇らしいのと同じくらい怖かった……もしかしたら俺が兄さんの名を汚しているんじゃないかって。

 俺は兄さんほど勉強も運動も性格も何もよくできていなかったから。


 心の中に暗いものが積み重なっていくのを自覚していく中、俺はみなみと一緒に兄さんの高校へ、文化祭に誘われて行った日があった。

 派手に飾られ、賑やかな声で包まれる校内、中学生の俺達からすればずっと大人びて見える学生たちがわいわいしている廊下を歩くのはめっちゃ緊張した、たぶん、みなみもがちがちだったと思う。

 好奇の目に晒されていることを自覚しながら、隣にいるみなみに男らしく振舞おうとして必死に校内を彷徨って、ようやく兄さんのクラスへ辿り着く。


「いさくーん、弟君達が会いにきてるよー!」


 喫茶店風の催しをしているクラスに入って、受付係のお姉さんに尋ねると、彼女はすぐに兄さんを呼んできてくれた。

 兄さんはクラスでも人気者なのか、俺とみなみが座るテーブルの周囲はすぐに多くの学生で囲まれて、矢継ぎ早に質問が降り注いだ。


「おー可愛い子じゃん、幼馴染なんだよね? 勇が誰とも付き合わないのってこの子が好きだからだろ?」


 様々な声が飛び交う中で、その一言だけが鼓膜よりも先へ、脳へ突き刺さるように響いた。

 兄さんはみなみを傷つけないよう言葉を選んでやんわりと否定していた。

 俺達はそこそこ年齢が離れていたから、周りは冗談だと受け止めていたようだったけど、俺はそう思うことができなかった。

 ちらりと隣に座るみなみを見ると、あいつは顔を赤くして何か言いたそうにしていた……でも、結局、肯定とも否定とも取りづらい子犬の鳴き声みたいな反応を絞り出しただけだった。

 その頃にはもう、俺は思春期よろしく「約束したから守る」のではなくて「好きだから守る」と、言い換えれば彼女の一番になりたいと感じていたんだと思う。

 兄さんのことは好きで、みなみのことも好きで、でも、それぞれの感情が上手に共存できなくなってきていることに気付き始めていた。


 そして、歪みながらもなんとか形を保っていた反抗期があるきっかけによって家庭内で弾けてしまい、それから俺は学校へ通うことを辞めた。

 そんなものは何の解決にもならないと知っていながら、それでも俺は逃げることを選んだ……選ぶことから逃げたんだ。


「明、僕は高校卒業したら海外に行くよ」

「え? は?」


 だから、ひきこもりの日々が続いた先で、俺の部屋へ入ってきた兄さんが唐突に海外へ行くつもりだと話した時、そんな未来をまったく予想できていなかった俺は酷く動揺した。


「みなちゃんと仲良くね」

「なんで、どうして、そんな急に」

「夏休みに父さんと二人で旅行した時にさ、決めたんだ……やるべきことがある、心配しないで、きっとすぐ日本に戻ってくるよ」


 一方的に告げて部屋から出ていく兄さん。

 実際、兄さんは一年も経たずに日本へ戻ってきたらしいが、そのままイーグル社に就職してしまい仙台へ戻ってくることはなかった。


 兄さんの姿を目で追っていた俺は、ようやく部屋の扉の脇に立つ三つの影に気付く……幽霊のようにぼんやりと立つ男の子が一人と女の子が二人。

 まるで俺の人間関係を裏返したような幽霊達は……なんだか輪郭がぼやけていて、表情も暗闇に阻まれており、はっきりと正体が掴めない。

 両手に花状態の男の子の影が俺になにかを訴えようとしているのか、片腕を伸ばしていた。

 その行動を制止させようと、片方の女の子が彼の腕を掴んで――


「明! 落ち着くのじゃ!」


 と、確かに俺の名前を叫んだ。

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