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ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
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シンギュラリティ・ゴースト

 ひたひた、とその足音は用意された演出の一種のような、まるで耳元で囁かれているかのように頭の中へ伝わってくる。

 以前、ハイパーボッ氏が送ってくれた画像に映っていた和洋折衷をはき違えたピエロ侍ことphantomの名を持つ第四福音(フォースコード)が姿を現すのかと身構えて(震えて)いたが、薄暗い廊下の先から浮かび上がってきたのは……。


「久しぶり、明……元気そうで良かった」

「……兄さん?」


 見覚えのある学生服、耳を覆う程度の長さで清潔な印象を残す黒髪。

 もう随分と見ていないはずなのに、心の底から安心感を抱く、抱いてしまう、いつもいつでも優しかった兄の笑顔。

 だけど、すぐに違和感が襲ってくる。

 今の兄さんはイーグル社の社員で、学生服を着ていた頃というのは、もう遠い過去の話で、更に言えば兄さんが俺に笑ってくれたのだって、それはもう――過去のことだ。


「動くでないぞ」


 突然の身内の姿に動揺を隠しきれていないのか、そんな俺の様子を窺いつつ一歩踏み出して、俺やハイパーボッ氏を庇うように兄さんと対峙するクロエ。


「まだチューリングテストを続けるというのか? のぉ、第四福音、そなたの学習能力ではそれが限界なのか? それで本当にシンギュラリティへ到達できると、そう判断しとるのか?」


 彼女の一言で察する、内容をまま理解できているわけではないが、たぶん、そういうことなんだろう。

 目の前に立っている俺の兄――漆木勇の姿をしたこれは第四福音が見せている幻影のようなもの、俺の知る過去の姿を再現していることから推測するに、記憶を利用している可能性が高い、そもそも俺の肉体が病院で寝たきりになっているってのが事実なら、脳を好き勝手いじられていてもなんら不思議じゃない。

 プライバシーもプラシーボもプラレールもあったものじゃない……いや、言いたかっただけ。


「みなちゃんも元気かな?」

「……っ」


 言葉に詰まる。


「約束しただろ? 兄弟(ぼくたち)で守ろうって……どうして、みなちゃんは――」

「惑わされるでない!」


 兄さんの追及へ被せるようにして大声を張るクロエ。

 わかってる。


「俺……俺は……兄さん、ごめん、俺一人じゃ、俺は兄さんみたいには……」


 わかってるのに、口が勝手に……心の内にあるものを吐き出していく。

 

「守れなかったの?」

「俺は兄さんにもみなみにも助けてもらってばっかで……だから、今度は俺が……」

「みなちゃんも、アリスも、霜月浪漫も、誰も守れなかったお前が、今度は誰をどうするって?」


 違う、兄さんはそんなこと言わない……でも、もしかしたらと考えてしまう。

 もしかしたら、兄さんはずっと俺のことを責めるのを我慢していたんじゃないかって。


「口約束をするのは簡単だ、だけど、結果を出せない人間を信じることはできないよ」


 諭すような口調で、ごねる子供をあやすように笑顔で、こちらへ鋭い言葉を投げかけてくる。

 正論だと思った。

 それでも、なにか言わなきゃいけない。なにか、少し滲んだ視界で、兄への視線を外さずに口をあけるが、感情は形を伴わずかすれた息となってもれていく。

 急に肩を掴まれて、俺の全身がびくりと弾む。

 振り返るのと同時に肩へ伸びていた腕が離れる、こちらを見上げるハイパーボッ氏の表情はお面で分からないが、彼女の手先が小刻みに震えているのが見て取れた。

 お触りを拒否していた少女は、そのまま震える指先で自分の目元を指し示して、続けてその人差し指を視界の隅へ、クロスフォンの画面をフリックするような仕草で弾いて見せた。

 目で追っていた俺は、ようやく……視界の隅に映り込んでいた仮想情報、チャット欄が更新されていたことに気付く。


【ハイパーボッ】:ネガるのいくないぞ

【ハイパーボッ】:あき氏の記憶や意識から

【ハイパーボッ】:分析して会話文を構築してると思われ

【ハイパーボッ】:siriみてーなもん

【ハイパーボッ】:へい、しり、とんだ道化だぜ

【ハイパーボッ】:チャットみるんだよぉ

【ハイパーボッ】:(´;ω;)ぶわ


 ハイパーボッ氏特有の癖が強い言葉遣いだが、こちらを励まそうとしてるのは充分に伝わってくる。


「ははっ、ありがとな」

「妾の声が全然響かぬから呆れておったが、ふむ、文字で訴えるのもまた効果的であったか」


【ハイパーボッ】:効果は抜群だ

【ハイパーボッ】:クロエち、あき氏のメンタルが

【ハイパーボッ】:ブレイクする前になんとか

【ハイパーボッ】:やっちゃえ、ばーさーかー


「誰がバーサーカーじゃ、魔法少女じゃろうが!」

「明、A.L.I.C.E.システムを僕に返してくれ」

「漆木勇はそんなこと言わぬ!」


 言うが早いか、クロエは指で拳銃を真似て、その先から虹色の弾丸を放っていた。

 兄さんの姿を真似た何かの胸元を真っ直ぐ貫くカラフルな軌跡。

 俺を撃ち抜いた時と同様、さすがの早業、なんか結果的にこっちのトラウマも呼び起されて俺のメンタルがブレイクしかけているが……微動だにしない兄の幻の代わりにうっと胸元をおさえつつ彼女へ問い掛ける。


「クロエは兄さんと面識があるのか?」

「……あるようじゃな」

「翻訳変じゃね?」

「あっとるわ」


 ん、思ってたのと違う反応。


【ハイパーボッ】:対象、沈黙しました


「妾に福音として備わっている虹色の毒はシステム、コードなどを一部書き替えることができるんじゃ、それであやつにタスクを追加した」

「動くなって感じ?」

「んや、ざっくり言うとあれの目的は妾達の発見、会話、そしてA.L.I.C.E.システムを奪うことなのじゃろう、じゃから妾達がシステムを渡す段階になったと誤認させ、そこにタスクを追加したのじゃ、システムには妾……第三福音のウイルスが潜んでおるようだ、そのまま受け取ってもいいのかどうか、そこにどんな危険性があるのか、ありとあらゆる可能性を考慮するようにな」


【ハイパーボッ】:フレーム問題か


「うむ、しかし、いうて時間稼ぎじゃ、シンギュラリティへの挑戦状でもあるがの……第四福音がどこまで柔軟に対応できるのか、小手調べじゃな」

「とりあえずフリーズさせたってのは理解できたけど、これからどうするんだ?」

「まだ情報が足りぬ、先手を打たれぬよう……まずは第四福音の目から姿を隠したいところじゃな」

「けど、この屋敷は第四福音が増築してるわけだから、どこにいても特定されるんじゃないか?」

「そこもあやつの性能を確かめる術になる、推測じゃが、あれが多くの脳から記憶などを引き出しているとして、同時に全てを処理できているとは考え難い、つまりは先に部屋を用意してはいるが、内装などに着手するのは追々、どうしたって一つ一つを己の糧とするために、それなりの時間が必要になるはずじゃ、目の前のフリーズを見るに、やはり人間とは違って必要不必要の判別が、範囲が非効率なまでに広いと考えられるの」


 彼女の言い分はもっともに聞こえるが、一方でちょっとした疑問が頭の隅に浮かんでくる。

 今までの話の流れを(かえり)みるに福音は数字がそのまま開発の順番に繋がっているようだが、だとすれば第三福音よりも第四福音の方が優れているんじゃないか?

 現状、俺には第三福音であるクロエの方がずっと人間らしく、人工知能として完成度が高いように見える。

 ただ、出会った当初の第三福音は意思疎通もままならない命令を淡々とこなすアクエリアスのモンスターのようでもあったから、彼女はどこかのタイミングで変化……いや、進化したということなのか?

 彼女はイーグル社の呪縛から逃れたと言っていた、そして、テンプル騎士団のサングレイル――聖杯を故郷とする、と。


「とにかく移動しようではないか」

「あぁ」


 フリーズしたままの兄さんの幻影を置き去りにして、反対側へ……薄闇の廊下の先へ率先して歩き出すクロエ。

 黙したまま彼女の後ろ姿に続くハイパーボッ氏、俺は二人の姿を見失わないよう思考を切り上げ、足早になって彼女達の背中を追った。

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