160の部屋と40の階段とxの魂
「幽霊屋敷を攻略しようではないか! ってどやってるところ悪いんだけど……え、まじで脱出ゲーム的な流れになんの?」
拝啓、父上、母上、兄上、あとみなみ、遂に俺もリアル脱出ゲームデビューです。しかも異性と一緒に、とうとうリア充の世界へ踏み出す日がきました……だけど、今の俺は仮想世界を意識だけが彷徨っている状態らしくて、それもなぜかアメリカの観光名所であるウィンチェスターミステリーハウスの中をうろうろしています。
うん、自分で言ってて何がなんだがわけがわからないよ、これ妄想してるのと何が違うわけ? 後々にさ、病院で目覚めたときに力説してもさ、夢と現実がごっちゃになった残念な人としか思われないよね、看護師さんが業務的な笑顔で「そーですねー」ってさらりと受け流す様が容易に思い浮かぶんだが。
「違うんです、なんかあやしい秘密結社のあやしい実験に巻き込まれてて、ほんとに意識だけがネットの海を越えてですね……駄目だ、俺の語彙力じゃ看護師さんを困らせるだけだ、己の無力さが悔しい!」
「想像力は豊かなようじゃがな」
呆れた様子で目を細める第三福音改めクロエ。そういう設定なのか、可愛らしい見た目に似合わない年寄りじみた口調、いや、これはこれでゴスロリ少女の「のじゃ」口調は一周回って似合っていると言えるかもしれない。
【ハイパーボッ】:第四福音から逃げつつ屋敷を抜け出す的な考えでおけ?
「んや、逃げるというより第四福音を無力化せねば、この空間からは抜け出せぬであろうな」
「この屋敷と第四福音になんか関係があるってことか?」
「まぁ、そうじゃな……そなたらはウィンチェスターミステリーハウスについてどれくらい知っておる?」
「あれだろ、ウィンチェスター銃で成功して金持ちになったけど、家族が次々と亡くなってしまって、残された奥さんが霊媒師に相談したところ、銃によって亡くなった霊達に呪われているからと言われて、そんで、呪いから逃れるための助言を受けて、生涯、常に屋敷の増築を続けたっていう」
「おぉう、なんじゃ若干引くぐらい詳しいのう」
(――確かに、なんでこんなすらすらと情報が出てきたんだ? 興味があるジャンルでもないし、厨二病特有の知識欲が刺激されて、いつぞやに調べていたのだろうか?)
【ハイパーボッ】:あき氏達とチャットした時に名前を出してたから、その後で調べたのでは?
「あんまよく覚えてないんだけど、たぶん、そんなところだと思う」
「ふむなぁ、妾としては手間が省けてよいのだが、記憶が曖昧になっとるのだとしたら、それはそれで懸念すべきじゃな、後に障害が残るかもしれんぞ」
「ただでさえホラー環境にぶち込まれてびびってるのに、別方向からの追い打ちやめてもらっていいですかね!?」
「まぁそのなんじゃ、どんまい」
「ちょっと可愛いから許してしまいそうになる自分のちょろさに腹が立つよ」
「どーんまい」
片目を瞑り、開いている右目までピースを寄せてあざとい笑顔を披露する福音。しかも指先から幾つかの小さい星が……ラムネ菓子みたいな色合いと形をした星が弾ける演出付きだ。
「驚いた、二回目はただただうざい」
「……話を戻すがの、観光名所であるウィンチェスターミステリーハウスはそもそも邸内撮影禁止となっておる」
「あー、それじゃあストリートビューでマッピングできないってことか」
「察しがよいの、うむ、妾達が彷徨っているこの空間は実在する屋敷の内部とは違う造りとなっておるはずじゃ」
【ハイパーボッ】:アクエリアスでのアバター座標は実際の屋敷を示してるが
【ハイパーボッ】:内部はいわゆるイベントスペース化してるってことか
【ハイパーボッ】:で、そこに第四福音が絡んでいると
「そういうことじゃな、第四福音はそれまでの福音とは開発の経緯や目的が異なっておる、カルフォルニア州メンローパークにある研究機関で開発された第四福音の試みは、まま翻訳すると……意識統合学習による人工知能の進化促進計画などと呼ばれていたようじゃ」
「日本語でおけ」
【ハイパーボッ】:日本語でおけ
「日本語で喋っとるんじゃが!? 強いていうなら悪いのは翻訳なんじゃが!?」
「つまりどういうことだってばよ」
「つまりじゃな、ゴスペルコミュニケイトシステムなどで収容された人間達の意識を集めて、それらを人工知能の学習の媒体にしとるというわけじゃ、端的に言えばの、この屋敷の内部は多くの人間の記憶を合わせ、継ぎ接ぎの設計で増築という名の学習を繰り返しとる……第四福音には個ではなく群から学ぶことで進化を加速させる目的があり、妾達がいま居る空間というのは、奴にとっての収容所であり実験場であり図書館という話じゃ」
「それってなんか、ちょーカオスに聞こえるけど、でも、わりとしっかり洋館の雰囲気になってるよな」
改めて辺りへ視線を巡らす。薄暗い廊下に立っているから遠くまで確認できないが、床も壁も窓も扉もそれっぽい……ただ、気になっていたことだが、窓の間隔やサイズが統一されていない。
ウィンチェスターミステリーハウスは絶え間ない増築によって、複雑怪奇な間取りをしているらしいから、その結果だと思っていたが、さっきの話を聞くに違和感の正体は継ぎ接ぎの設計とやらにありそうだった。
【ハイパーボッ】:サンプルが多ければ多いほど、判断の正確性が増すってのは
【ハイパーボッ】:機械学習の基礎みたいなもんで
【ハイパーボッ】:本来は人間が外部から情報を入力して機械に覚えさせるんよな
【ハイパーボッ】:例えば手書きの数字を機械に判断させようと思ったとき
【ハイパーボッ】:同じ数字でも、人によって癖やらなんやらで形がばらつくわけで
【ハイパーボッ】:1と7なんかを、機械が判断しようとしても難易度高いって話
【ハイパーボッ】:ただ、この手書きの数字のデータが十人から百人、百人から千人って増えてくと
【ハイパーボッ】:機械はより細かく、横の線が何ミリ以上は7になるとか
【ハイパーボッ】:縦線の傾き具合が何度以下は1だとか
【ハイパーボッ】:より人間に近い判断ができるようになってくみたい
【ハイパーボッ】:この屋敷の内部も、そうやって多くの人間の記憶から
【ハイパーボッ】:洋館、幽霊屋敷とかって単語から各々のイメージを出力してるって話だと思われ
「実際にウィンチェスターミステリーハウスを見たことなくても、映画やゲームとかでそれに近いイメージを抱いてたら、そういうの含めて設計に利用してるってことか」
【ハイパーボッ】:んで、その途方もない入力と出力を、手っ取り早く
【ハイパーボッ】:病院でおねんねしてる脳からぴこぴこしてると
【ハイパーボッ】:これは、正体現したね
たぶん、顎の下に手を添えてキメ顔でもしてるんだろうけど、夏祭りの安っぽいお面で隠れてて表情がまったく伝わってこないハイパーボッ氏のボケ(おそらく)をスルーして、話のまとめに入る。
「んーと、つまり、屋敷から抜け出す選択肢としては一個目――第四福音の増築を止めて脱出する。二個目、現実で寝たきりになっている自分を覚醒させる……って感じか?」
「二個目のパワープレイは期待できんじゃろうがな、だが、そうじゃなぁ、三個目として第四福音に襲われてゲームオーバー、それで悪夢から目覚めるってのはどうじゃ?」
「それでいけんの?」
「装置で強制的に眠っておる状態じゃから、目覚めることなくひたすら苦痛を感じるかもしれんなぁ」
「はい却下! リスク回避してこうか!」
【ハイパーボッ】:四個目、第四福音に対抗してこっちも屋敷を増築
【ハイパーボッ】:スーパーロボットにして屋敷ごと脱出
【ハイパーボッ】:ウィンチェスターミステリーロボ発進!!
【ハイパーボッ】:どや?
「それ脱出って言えんの!? 俺達はどこへ向かおうとしてるわけ!? ってか、こんな騒いでで大丈夫なのか俺達は!?」
【ハイパーボッ】:くる、きっとくる
「やめてやめて、そんな丁寧にフラグ……おい、ちょっと……」
そんなハイパーボッ氏のチャットを裏付けるように、闇に覆われた廊下の先から微かに聞こえてきたのは、待ってましたと言わんばかりの、ひた、ひたとした足音……ひたひた、間違いなく迫ってきている。
「戦闘開始じゃ!」
「無茶言うな!」




