【ハイパーボッ】:おまたせ
【ハイパーボッ】:ねぇねぇ今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?
乱れた呼吸を落ち着かせると、改めて……おちゃらけたログと眼前に立つ女の子とを見比べる。
触れただけで儚く溶けてしまいそうな華奢な身体に真っ白なワンピースと真っ白な長髪。
夏祭りの安っぽいお面だけが異質さを放っているが、そんな残念さを補って余りある二次元オーラ力を纏っていた。
大変申し訳ないが、チャットのハイパーボッ氏のイメージと目の前の少女とがどうしても結びつかない。
先程の受肉しました発言と一向に喋ろうとしない様子から推測するに、これはグラフィックスによる作られた姿で中身おっさんとかだなってのが結論……それにしては輪郭というか質感というか、どう見ても本物のそれなんだけど。
【トビウオ】:明君と知り合いなの?
【witch】:****
【ハイパーボッ】:ハイパーボッ氏がこんな美少女だったナンテータマゲタナー!
【ハイパーボッ】:はい自演乙
丁寧に突っ込んでいるとキリがなさそうなので、さっさと本題に入る。
「なんでハイパーボッ氏がここにいるんだ?」
【ハイパーボッ】:あき氏見つけるの大分苦労しました
【ハイパーボッ】:今回ばかりはジェバンニも一晩では無理だった模様
「ちょっと待ってくれ、は? 一晩ってそのままの意味?」
「ひゃ」
「ひゃ?」
動揺して彼女の肩を掴んでしまった際に蚊の鳴くような声がして、それから数歩後ずさりされた。
明らかにおっさんの声とは違ったため、拒絶されたことによる心のダメージも大きい、クリティカルヒット。
【ハイパーボッ】:おさわりNGで頼むんご
「悪かった、つい……もしかして喋れるの? どうして目の前に居るのにチャットなわけ?」
【ハイパーボッ】:コミュ障なめんな
「あ、はい、すみませんでした」
【トビウオ】:君も明君を助けるために?
【ハイパーボッ】:それな
【witch】:妾も妾も
「ほんとどういう状況なんだこれは……そういや零さんってハイパーボッ氏のサークル仲間なんだよな? 皆は無事なのか?」
【ハイパーボッ】:あき氏もしかして覚醒したてとか?
【ハイパーボッ】:これは主人公的なあれじゃなくて、おはようの意味な
【トビウオ】:どうやらそうみたい
「目覚めたら見覚えのない部屋ん中にいて、んで、さっきそこから出てきたところ」
ホラーゲームの洋館を彷彿とさせる内装を見回しながら、お手上げですのポーズを取る。
自分の中ではついさっきまで天使ランドに居た感覚なんだけど、どうやら実際は異なるらしい……数日間意識が消えてて、目が覚めると肉体が仮想情報に置き換わっていた……言っててますます混乱してくる。まるで悪夢を見ているようだ――悪夢スイッチに騙されるなという兄さんの忠告がふと脳裏を過る。
【ハイパーボッ】:あー把握
【ハイパーボッ】:結論だけ言いますが、おたくらが天使ランドに行った日にな
【ハイパーボッ】:探せば見つかるってレベルの報道で意識不明者が二名搬送されてます
【ハイパーボッ】:んで、そのニュース先週な件
「先週……?」
【ハイパーボッ】:ジェバンニ曰く、サウスちゃんは音信不通
【ハイパーボッ】:搬送されたのは、たぶんあき氏と浪漫氏かと
すぐには言葉が出てこなかった。辻褄は合う……谷口は浪漫を処理したと言い放っていたし、俺は紛れもなく福音の攻撃を受けている。加害者である筈の第三福音が先程から頻りに味方アピールしてくるのが不可解だけど。
【ハイパーボッ】:これはおいらなりの推理なんだが、聞いてくれるかねハドソン君
「それを言うならワトソン君では?」
【ハイパーボッ】:あき氏、どうやら意識だけが仮想世界を彷徨っているみたいだが
【ハイパーボッ】:もしかすると意識不明者ってのは、肉体と精神が分離してるような状態かもしれないわけで
【ハイパーボッ】:問題なのは意識とネットワークをどうやって繋いでいるかって話
【ハイパーボッ】:時間差を考えるに、収容された病院でなにかされてるなら
【ハイパーボッ】:あき氏は自分の体を人質にされてるようなものなんだが
【トビウオ】:明君、僕が搬送された先って調べてある?
「……いや、ごめん。そこまで気が回らなかったな」
意識不明者が目覚めないってのは、そもそも収容された病院側に治療する意思がないってことなのか?
イーグル社、アセンション社、そしてエルミナティ……陰謀論じみた話はもう散々に聞かされてきている。だからなのか、荒唐無稽だと笑い飛ばせない自分がいるのは確かだった。
【witch】:その推理は八十点といったところじゃな
【ハイパーボッ】:何点満点中?
【witch】:千点
【ハイパーボッ】:つら
【witch】:妾がそなたの意識を奪ったのは覚えておるな?
【witch】:その後、第七福音がA.L.I.C.E.システムを放棄してイーグル社に再び管理されるまでの間に僅かな猶予があった筈じゃ
【witch】:故にそなたは第七福音に救われている可能性が高い、そなたはな
「アリスが俺を……助けた?」
冷たい、呆気なく福音に敗北した俺を見限るような、少女の無機質な声をよく覚えていた。
なぜA.L.I.C.E.システムの放棄が俺を救うことに繋がるのか、そもそも俺はA.L.I.C.E.システムについて、まだまだ理解してるとは言えない。
分からないことばかりだ。
【witch】:うむ、であるならば彼女の意思を尊重して妾は問いたい
【witch】:答えよ。アリス・ド・シャンブルを救いたいか?
「アリス・ド・シャンブル……それがあいつの名前なんだな、初めて知ったよ」
彼女の名前も知らなかった、彼女の力にもなれなかった。
それでも、そんな俺でも、まだ……。
「最初は渋々というか、あまり本気じゃなかったのかもしれない。でも今は違う……俺は福音を止めたいし、アリスだけじゃなくて兄さんや瑞樹、みなみを助けたい。浪漫や零さんの力になりたい。アリスと約束もしたんだ……これからどうすべきかなんて全然わからないけど、俺にまだできることがあるなら……俺はまだ諦めたくない」
一気に吐き出し終えるなり、ぽんと肩を優しく叩かれ「じーじぇい」とハイパーボッ氏に言葉をかけられる。じーじぇい……あぁグッジョブって言いたいのか。
【ハイパーボッ】:あき氏、ご立派!
【ハイパーボッ】:バッドエンドなんてさくっと覆しちゃお
【witch】:ならば妾と合流せよ、ならば妾と共に進め、妾はそなたを歓迎しよう
「いやいや、言うておまえも福音だよね? よろしくなんてとても言えないんだけど」
【witch】:今の妾は竜の魂の内側におる。要はイーグル社の呪縛から逃れたのじゃ
【witch】:妾は元々、テンプル騎士団が管理するサングレイルを故郷とする魔女でな
【ハイパーボッ】:なるほど、聖なる杯か
【witch】:うむ、かつて騎士団が発見したもの
【witch】:その英知というものは脈々と引き継がれ、時代に沿って形を変え
【witch】:今なお神秘を持つ
【witch】:して、聖杯の一端を宿すもの……現騎士団総長でもあるアリスをイーグル社から奪還することが妾の本来の役割であった
【witch】:とりあえず今はこの説明で充分ではないか?
【witch】:妾は第四福音よりも先にそなたらと合流したいのだ。じっと待っておれ
「アリスが騎士団の総長? それに第四福音って、なぁハイパーボッ氏、たしかアメリカの……」
【ハイパーボッ】:それな、カルフォルニア州サンノゼで目撃されてるやつ
【witch】:なんだ? まだ気付いておらぬのか?
【ハイパーボッ】:この空間のルーツはどうらやウィンチェスターミステリーハウスっぽ
「おいおいおい、駄目だ、まるで理解が追いつかないんだけど」
【witch】:ならば種明かしを続けようではないか
【witch】:頃合いの筈じゃ、妾の毒も回りそろそろ愚かなまやかしが剥がれる頃合いであろう?
【witch】:なぁ第四福音よ、幾つの魂を捕えておるのか知らぬが人には届かぬよ
【ト-ウオ】:隠し部屋や秘密通路を増築し続けよ
「……瑞樹?」
【σビウО】:カンブリア爆発、眼の誕生
【トah祈О】:第一〇八九番二時がこんなに暗いのは
【*han祈om】:2045年までには人間と人工知能の能力が逆転する技術的特異点に到達する
チャットログが凄まじい速度で次々と更新されていく。
更新に伴って瑞樹だと思っていたトビウオという名前がぼろぼろとメッキが剥がれたように別の何かへと変わっていた。
【phantom】:第8章12節にてラッパを鳴らす。それにより、昼の時間を三分の一に減らす
【witch】:明よ、これで味方と敵がはっきりしたのではないか?
【witch】:第四福音はチューリングテストを試行していたのだ
最終的に見覚えのある福音特有の文言を残して、それきりチャットの更新が止まってしまう。
チューリングテストとは? 横に立つハイパーボッ氏へ目で訴えようとしたが向こうは変なお面を付けてるから意思疎通不可。
その場で第三福音を待っている間にふと思い当たる。
そうだ、アリスと出会った日、A.L.I.C.E.システムを調べたとき、チューリングテストという単語が書かれていて、知らない言葉だったから、さらっと調べたな。
相手が人工知能だと知らない状態にある人が対話して、どれくらい気付かれずに自然な対話が可能か、人工知能がどこまで人に近い会話をできるか、そういう実験のことだったはずだ。
「待たせたの、さてさて、それでは夜会の続きといこうではないか」
コミュ障とコミュ障の相乗効果による強固な沈黙が構築されて後、ややあって暗がりに覆われた通路の先から声がした。続いて声の主は「けひひ」と陰湿な笑い方で場の空気をより澱ませる。
気味の悪さを演出したいのだろうけど、声が思ってたより可愛らしい印象で、ただのキャラ付けっぽい残念な感じになってしまっている。
続けて、ぼんやりと浮かび上がってきた姿は――俺が初めて遭遇した第三福音と相違ない等身をしていたが、巨大な帽子も煤けた外套も手放していた。
暗闇に半ば溶けこんでいる真っ黒な長髪は結ばれて左右それぞれ垂れ下がっており、ハイパーボッ氏と対照的な黒を基調とした装いは肌の露出が少なく、フリルが層になって緩やかな曲線を描いている……俺でもわかる、これはたぶんゴスロリってやつだ。
「そうだなぁ、妾はクロエとでも名乗るとしよう。そなたらを歓迎するぞ――さぁ共に幽霊屋敷を攻略しようではないか」
第三福音はクロエと名乗り、そして、不遜な面持ちで俺達へ手を伸ばしてきたのだった。




