第四の福音【白昼の悪夢】→チューリングテスト
個人的に脱出ゲームと聞いて思い浮かべるのは、ニタニタ動画などで実況者が挑むフリーゲームで、ドット絵で表現された世界観がどこかレトロでありホラーな一面も醸し出す……そういう界隈だ。
最近ではリアル脱出ゲームなんてものも賑わっていて、中にはiPhoneやclosephoneを利用して、舞台は現実でありながら仮想情報の手掛かりやアイテムを集めたりする場合もあるらしい。
らしいってのは悲しいことに実体験を伴ってないからで、悲しいことに今まで友人とそういうコンテンツに触れる機会がなかったからだ、悲しいことに。あれ、なんだろ、視界が滲む、俺……泣いてる?
現在、正体不明の水滴でぼやける視界に、くっきりと浮かび上がるアクエリアス仕様のウィンドウの数々、その中にはチャットログも紛れていて
【witch】:花瓶を調べよ
なぜか第三福音からと思わしき発言が残っている。どういう状況なのこれ?
天使ランドでみなみを庇って、虹色の光線による狙撃を受けたところまでは覚えている。
みなみの泣き縋る声に続いて、アリスの見限るような一言を最後として意識が暗転した。そして、目覚めると……まるで見覚えのない小部屋の中に立っていた。
二畳程度しかないんじゃ? と思われるちっさい部屋に古めかしい椅子が幾つかあり、大きさの不揃いな窓が壁面に散らばっている。
窓の外は薄暗く、正面には木造りの白い扉、振り返ると、蜘蛛の巣かな? 幾何学模様が意匠として掘られたクローゼット(たぶん)が置かれていた。
そう、まさしく脱出ゲームの冒頭を連想させるような状況に置かれているわけだ。
眼前には椅子に挟まれる形で円形のテーブルがあって、その上には確かに花瓶らしきものが見受けられる。
第三福音が俺に指示してるのか? それよりも……
【witch】:おい、聞いとるのか?
(――福音である筈の【witch】のログが文字化けしていない?)
【witch】:明は酷く落ち込んでいた、まるで役に立たずワンパンされてしまった己の無力さに
「勝手に人の心境をナレーションすんなって」
【witch】:やはり見えてるではないか
「そもそもなんで俺にチャットが届くんだ?」
【witch】:フレンドになったであろう?
「え、いつ?」
【witch】:妾とそなたは加害者と被害者の関係じゃろうが
「うん、普通の人はそれをフレンドとは呼ばないな」
もう本当なんなの? なんで俺は福音とコントしてるわけ?
思考の整理が追いつかないことを溜息でアピールしていると、第三福音とは違う文字色でログが更新され
【トビウオ】:明君、大丈夫?
「瑞樹なのか!?」
その相手は意識不明になった筈の級友――黒水瑞樹がネットで愛用していた名前を示していた。
【トビウオ】:うん、久しぶり
「おまえ……よかった、本当に」
【トビウオ】:大袈裟だよ
大袈裟なわけがあるか、と叫びたいくらいだった。意識不明になったと思っていた瑞樹と思わぬ再会(チャット上だけど)を果たし、安堵感から足腰の力が抜けそうになる。
でも、同時に新たな疑問が湧く。それぞれチャットの文字色が違うのだ。
ネットゲームなんかだと、ログに残る文字の色が違うのはチャンネル――用途によって届く範囲が異なるからだったりする。
アクエリアスについて、戦闘システムだったりの話は聞いていたけど、チャットの仕様までは考えが回らなかったな……悩んでいても答えは出ないと判断し、さっさと当事者達に聞いてみることにした。
「なぁ、文字色が違うんだけど、えっと、それぞれどういうチャット?」
【トビウオ】:フレンドのチャットは橙色なんだよ
【witch】:フレンドのチャットは緑色なんじゃ
清々しいほどに主張が分かれやがった。
(うーん、そもそも誰ともフレンド登録みたいなのはしてなかった気がするんだよなぁ。それなりに出会いはあったのに……我ながらコミュ症っぷりに嫌気がさしますね)
【トビウオ】:明君用心して。福音は嘘をついてるよ
【witch】:なんじゃと小生意気な奴じゃなぁ、ネタバレかますぞわれぇ
【トビウオ】:どうぞどうぞ
【witch】:*******じゃぞ
【トビウオ】:あはは残念、NGワードだね
【witch】:****
【トビウオ】:日本語でおけ
「えー、なんか喧嘩始まってんだけど……」
NGワード、管理している運営が設定した単語が含まれる場合、自動的に伏せ字とされてしまう機能で、ここで重視すべきなのは運営会社独自のルールに則って単語が決められているということかな。
「まぁ、瑞樹にとっても俺にとっても福音は仇みたいなもんだしな……俺も瑞樹も生きてるみたいだけども。ここは瑞樹を信用すべきか」
【witch】:ふん、妾は悪くないのだがな、その件はもう忘れてはどうじゃ?
【トビウオ】:悪者は大体そう言うよね
【witch】:*****
【トビウオ】:もうこれ通報したほうがいいよ明君
【witch】:バーリア、はい、これで効かぬぞぉ
【トビウオ】:そんなことより花瓶を調べてみて
【witch】:おぉ、もしや味方なのか?
【トビウオ】:それはこっちの台詞だよ
【witch】:こんの**生意気な!
花瓶か、二人とも指摘してるし、とりあえず従っておいた方がよさそうだな。
「って、いや、触れないんだけど……えっ?」
【アキラ】は第四の小部屋の鍵を手に入れた。
なにやらシステムログが更新されたが、その文を頭で理解できない程度に動揺していた。
花瓶も椅子もクローゼットも何も触れない!?
手を伸ばすと、微かに自分の輪郭線が乱調を奔らせるが、後はそのまま物質を透過している。
壁も同様で、肘から先が向こう側へすり抜けていった。
「な、なんで……AR? VR? この部屋は仮想世界ってことか?」
【witch】:ふむ、そなたは実在する建物の内側におることはおるぞ
【トビウオ】:扉以外から外に出るとペナルティを受けるから、注意して
建物は現実? つまり俺が仮想? ゲームの世界を認識してるわけじゃなくて? じゃあ今の状態はゴスペル・コミュニケイト・システムとは違うのか?
【トビウオ】:明君落ち着いて聞いてね。今の僕らは意識だけが彷徨ってるみたいなんだ
「に、日本語でおけ……」
【witch】:ふむ、まぁそのなんじゃ、どんまい
「俺と瑞樹をこうしたのはお前じゃねーか!! 詳しく説明しろよ!!」
【witch】:妾は悪くない!
「その台詞は免罪符とかじゃないからな??」
【トビウオ】:明君、とりあえず合流しよう! 鍵は手に入れたから、それで部屋から出られる筈
あっさり言うけども、扉のドアノブを掴める未来像がまったく浮かばないんだが。
物は試しとドアノブを握ろうとしてみるが、案の定、すうっと虚しいくらいに手応えがない。
【トビウオ】:鍵を所持してれば、ペナルティ無しで扉をすり抜けれるんだよ
「あぁ、りょーかい」
閉じたままの扉を抜けると、今度は左右へ薄暗い通路が続いていた。正面の壁面には大きな亀裂が入っていて、白い壁紙の下から木目が覗いている。
光源がなく通路の先は暗闇との境界線を曖昧にしていた。所々、またもや統一感のない窓が不気味に並んでいて、若干だが気が滅入りそうになる。
ホラーゲームは苦手というか、極力、自分では手を出さない主義だった……その生き方を決めさせたゲームは操作性が「故意なのか?」ってぐらい意地悪だったのを思い出す。
誰かに操作されている、なんて話ではないが、自分の足取りがのっそりとしていて、なんだか肩に重みを感じる気さえしてくるものだから、雰囲気に支配されるってのはこういうことなんだなと自嘲気味に笑ってやりたい気分だ、びびってて笑えないけど。
【トビウオ】:右だよ
【witch】:成程のぉ
瑞樹の指示を受けて、進路先を右側に定めようとつま先の向きをじりじりと動かす。だから、操作性よ! もしこんなに動作の鈍い主人公を操作していたら、思わず突っ込んでいただろう……しかし、これは現実で俺は主人公じゃない。
薄暗さと馴染みのない洋館風味の内装も相まって、おどろおどろしい気配が充満している通路を睨みつける。一歩、また一歩と踏み出す度に床が軋んでいるような錯覚すら抱く。
【witch】:亡霊に見つからぬようひっそりとなぁ
ン? ボウレイッテナンデスカ?
ちょっと何言ってるかわかんないっすね。
霊の存在は信じてないよ、だって心霊特集とかそういうのシャットアウトしてるし。
ほら、触らぬ神に祟りなしって言うしさ、怖がると寄ってくるみたいなさ、話もあるしさ。
そんな言い訳を呪文みたいにつらつらと唱えていたら、不意に誰かの手が俺の肩を叩いて――
「でたああああああああああああ!!」
【ハイパーボッ】:ちょいちょい待て待てーい
【ハイパーボッ】:ひあーかむずあにゅーちゃれんじゃーだぞ
凄まじい速度で更新されていくチャットログを横目に振り返ると、夏祭りで見かける安っぽいお面とご対面。子供達に大人気の妖怪をウォッチするアニメのキャラクターだったが、俺の目には恐怖の象徴としか映らない。
【ハイパーボッ】:ご存知ハイパーボッ氏なんですな
【ハイパーボッ】:受肉しました☆いぇーい、ぴーすぴーす
おちゃらけたチャットとは裏腹に、無言でぴーすぴーすしている小柄な人影。
全身に粉砂糖をまぶしたのかってくらい白くて、いかにも幽霊みたいで……
「はああああああいぱあああああぼっ!?」
感情の処理が追いつかず――結局、また叫ぶ羽目になった。




