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ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
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漆木明は屈日みなみを助けたかった


 世界終末の音の発信源を特定したと喜ぶ零さんに先導されて、AR(Augmented Reality)により出現した遊園地内を歩くこと数分。

 眼前では、塗装の剥げ落ちた箇所が目立つ……寂れた観覧車が緩やかにぐるぐると動いていた。



『ぱーぱぱーん、デーンデンキはハーマダーだねー』


 天使ランドに住み着いている子供達がどこからともなく沸いてきたと思ったら、何故か家電量販店のテーマを口ずさみながら無邪気な足取りで観覧車に乗り込んでいく。



「なんでハマダ電気の歌?」

「さ、さぁ?」


 隣のみなみと首を傾げていると『ハマーダ電気はやすいよーハーマダだっ』と口ずさみながら、アリスがだだっと擬音に合わせて駆け足になり、子供達に紛れていく。


「こらこら、待ちなさい」

「まったく……本当に……そうだよね! デーンデンキはハーマダだね!」

「零さん! どうしてそうなるんですか!?」


 と、今度は零さんまで年甲斐もなく走り出すものだから、呆れて声も出ない状況である。


『おとなはかえれー』

『かねはらえー』

『ハマダでんきー』


「あ、ちょ、待っ……仲間外れはよくないよっ!」


 子供達にぼかすか蹴られたり殴られたりしている零さん。ちょっとHPゲージが減っていってる。

 緊張感を置き去りにして騒いでいる子供達(と大きなお友達一名)を見ないようにして、代わりに観覧車をぼんやり眺める。

 

 観覧車(これ)が世界終末の音の発信源なのだろうか……今、俺達の瞳に映っているものは拡張現実の派生形、アクエリアスによって装飾されたものだ。だとしたら、この迷彩の裏に何かあるのか?

 辺りに生い茂る雑草が逞しくて、離れたままだと実際に何があるのか分かりにくい。


「みなみは待っててくれ」

「あき君? だ、大丈夫?」

「それは零さんに言ってやってくれ」


 ゆっくりとした足取りで観覧車までの距離を詰めていく。

 

『明さーん! 明さんも観覧車に乗るんですか?』

「あのなぁ……だから」



――ォォォォオオオオオ!!!!



(――また雄叫び? 聞き間違いじゃないよな……さっきより大きい……浪漫、大丈夫なのか?)



第二福音(セカンドコード)の咆哮です』


 傍まで駆け寄ってきたアリスが呟く。


「どうやら足を奪われたようだね」


 子供達のヘイトを一身に受け止めつつ、クロスフォンの画面を睨んでいる零さん。


「零さん? 足を奪われたって、どういう意味ですか?」

「僕の車はセンサーを搭載してるんだけど、たった今……正規の手段以外で解錠されたと通知がきたよ。だけど……福音にそんな事が可能なのかな?」

「それ、やばくないですか?」


 はしゃぐアリスや零さんに呆れつつも、俺だって心の隅ではちょっとした旅行気分だったのかもしれない。

 天使ランドまで来るのに車で数時間掛けているんだ。帰り道はどうする?

 先程までとは打って変わって、重苦しい空気が纏わりついてくる。


「あまり猶予はないのかもしれないね……さて、そろそろご登場願いたい所なんだけど」


 小さく溜息交じりに漏らして、零さんは腰元に携えていた刀剣の一振りを構えると……子供達の群れをかき分けて、観覧車を支えている鉄柱の一つに斬り掛かった。

 刀剣も観覧車もお互いに仮想情報である為、零さんが描いた軌跡は虚しく空を切っている。

 しかし、斬られた鉄柱が乱調を見せ始め、じじじと雑音(ノイズ)を孕む。

  

「観覧車の背後に電波塔があるのは分かってるんだ。でも、僕達が優先すべきは……この楽園の主、ハーメルンの笛吹き男……ううん、違うね、谷口との接触さ。こうして脅してみせれば、さすがに静観はできないんじゃないかな」


 観覧車が動きを止め、ゴンドラより誰かが降りてくる。白衣姿であることが遠目に確認できた。



『子供達の相手をしてくれた事には感謝しています』



『ぱぱー』

『わるいおとなをおいだしてー』

『ハマダでんきいきたいー』


 いや一人どんだけハマダ電気好きなんだよ! 思わず突っ込みそうになるが、ぐっと堪える。

 零さんが谷口と呼び、子供達がぱぱと慕う人物は集まってくる子供の頭を撫でながら続けて喋り出した。


『申し訳ありません、あちらの対応に少々手間取りまして……自己紹介をしておきましょう。私は谷口辰夫、貴方達が第二福音と呼ぶ存在の元型(モデル)でもあります』


「谷口辰夫って……天使ランドを建てた? でも、あれって二十年前の話なんだよな? それに元型って……」


 無造作に伸びた頭髪、驚くほどに青白い肌。でも、そんな不衛生さと相反するような恰幅の良い立ち姿。

 更には囁くような、子供を諭すような、優男を彷彿とさせる爽やかな響きを伴う声色とが酷くアンバランスな印象をこちらに与えてくる。

 谷口辰夫と名乗った男は、俺の疑問に対しても優しく諭すように答える。


『今の私はこの子達と同じ……人格を投影し、仮想世界に生きる人工知能のようなものです。そして、第二福音もまた、私の脳を媒体にしています』

「脳を媒体ね……」

 

 零さんが刀剣を納めつつ、顎に手をあてて考え込む素振りを見せている。


『あまり詳しく説明している時間はありません。この地はアクエリアスの開発段階で試験的に運用された地域の一つであり、現在は不干渉を条件にしていた筈なのですが……どうやらイーグル社はそれを破ってまで貴方達に接触しようと動いているみたいですから』

「イーグル社が動いてる?」

『えぇ、間もなく実動部隊が乗り込んでくる事でしょう』

「浪漫ちゃんは、だ、大丈夫ですか?」


 不安そうに尋ねるみなみに対して、谷口は僅かに表情を曇らせた。


『あの少女には相応の対応をさせて頂きました……こちらとしても、まだ竜を失う訳にはいかなったのです』

「おい、どういう意味だよ?」

『最善を尽くしたつもりです。後はイーグル社の実動部隊が回収してくれる事でしょう』

「そういうことを聞いてるんじゃない! やっぱり人工知能には人の気持ちみたいなものは分からないのか!?」

「あ、あき君」


 (なだ)めるみなみの声で我に返り、自分が何を言ったのか……後ろめたさを覚えて、思わずアリスの方へ視線を向けてしまう。

 彼女は何か発言することはなく、ただ俺に笑みを返す。悲しそうに見えてしまうのは、俺がそう思い込んでいるからなのだろうか、それとも人工知能にも感情が芽生えているのだろうか。答えは分からない。

 謝るべきなのに……ごめん、たったその一言が口に出せずにいると、谷口が再び語り出した。


『一般的に人工知能と呼ばれる分野は大きく二分できる事はご存知でしょうか? 与えられた情報や知識を基盤にして結論を導き出す。つまり……人間のように答える人工知能、とでも表現しておきましょう。そして、もう一つは……人により異なる感情や感覚など、唯一の答えを持ちえない分野において人間のように考える人工知能。こちらは研究者の間で人工感性知能と呼ばれています』

「成程ね、その人工感性知能とやらの研究の一環として、人の脳を利用している訳だ」

『仰る通りです。イーグル社はアプローチの一つとして人の脳をコンピューター代わりに利用して、人工知能に感情を学ばせる実験を行っています。それも非人道的な領域まで踏み込んで……』

「福音も人の脳を使って感情を学んでいる人工知能という事でいいのかな?」

『福音毎に誕生の経緯が違うと思われますので一概には言い切れません。私の場合はある時点で谷口辰夫としての人格と第二福音としての人格が分断されています。天使ランドの管理を受けた時の条件の一つだったのです……研究の過程で生み出され、そして廃棄された多くの人工知能……つまり、この子達と共にこの地で生きること。その代わりとして私の脳はイーグル社の管理下に置かれ、今なお研究材料となっているのでしょう』


 谷口と零さんの会話があまり頭に入ってこない。


『明さん?』


 不安そうにこちらを見上げているアリスに対しても、言葉を返せない。

 谷口が人工知能について何やら説明を始めた直後――それは起きていた。


(視界ジャック? なんで突然……これは誰の視界だ?)


 何処か遠くで遊園地を一望しているらしき映像がウィンドウとなって、俺の視界半分を占めていた。そして――


『皆さん! 伏せてください!』


 谷口が叫ぶのとほぼ同時に、




――虹色の流星が天使ランドに降り注いだ。




「な、なにが起きてるの!?」


 地面に丸く屈み込んだ状態で、みなみが上擦った声を上げている。

 俺は視界ジャック側の光景で嫌でも状況を理解してしまう。

 観覧車が、回転木馬が、お化け屋敷が、遊園地を模した施設が流れ星を受けて次々と崩壊していた。

 阿鼻叫喚。子供達の悲鳴が響き渡り、不運にも流星を避けれなかった子達が僅かな蒼い粒子を撒き散らして消えていく。


「子供達が……っ」

「――みなみ! 危ないっ!」


 自分と誰かの二種類の視界を有していたからか、このままだとみなみにも当たると確信し、半ば反射的に飛び出していた。

 

――攻撃の軌道を先読みしろ。相手のパターンや癖を見切るんだ。ゲームが得意なら簡単だろ?


 浪漫の言葉が脳裏を過る。あぁ、簡単だ……相手はただ直線的に向かってくるだけのボールみたいなもの。

 みなみを突き飛ばして【ステップ】の無敵時間を使って受け流す。もう既に成功させているパターンだ。


「あき君!?」


 そして、こういうパターンも分かってる筈だった。慢心、いや、いわゆるフラグってやつか。

 同期していた視界の主が飛び出した俺に焦点を当てていて、人間にはおよそ不可能だと言い切れる拡大(ズーム)処理を瞬く間に終える。

 その視界から流星とは異なる質の――それは見覚えのある――瑞樹を貫いた時と同じ虹色の光線が放たれた。


(ごめん、みなみ……お前はきっと自分を責めるよな……でも、俺はお前を守るんだって、もうずっと前から決めてたから)

 

 【ステップ】で流星はすり抜けていた。ただ、再び地面に足を付けるよりもずっと早く、光線が自分の胸部を貫く。


「いや……そんな……あき君っ!!」


 痛みは無かった。でも四肢が脱力していき、残る意識に反して無防備にぐったりと地面へ倒れ込んでしまう。

 みなみの泣き縋るような声が徐々に遠のいていく。




『A.L.I.C.E.システムの権限を放棄します』




――視界が、意識が暗闇に沈んでいく。最後にかろうじて聞き取れたのは、失敗した俺を見限るような……アリスの冷たい声だった。


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