Sacrifice
ゲームはあまり詳しくなかった。
学校の皆がクロスフォンを持ち寄って、きゃあきゃあ騒いでるのを頬杖ついて眺めていたのがあたしだった。
「スコープ、レイジ、バウンス、チェイン、ドレイン、バーサク」
だから、こうして自分が呪文めいた言葉を流暢に口走っていると、今でも奇妙な感覚に陥る。
ちょっと前までは興味も関心も、知識も経験も無かった。
それが今では、ショートカットボイスへ登録した単語の一つ一つにどういった効果があるのか、略していても瞬間的に把握できている。
「……こんなものか」
一頻り唱え終わると、視界の左上に浮かび上がっている己のHPゲージの上に様々なステータスアイコンが付与された事を確認する。
鎌舞士が習得するバフスキルのほぼ全てを浴び終えると、どこか鼓動が昂ぶってきたような錯覚を抱いてしまう。いや、現に錯覚してしまっているんだ。
電磁波が霜月浪漫という一個体を侵している。
それは紛れもない現実で、この瞬間、眼前に立ちはだかる相手が現実と仮想の境界線を越えて人間に危害を加えているのもまた歴然たる事実であることを、あたしは嫌という程、目の当たりにしてきている。
【dragoon】は重力の檻を抜けると同時に、巨躯からは想像もつかない速さでこちらへ接近し、述べ棒のような巨剣を真っ直ぐに振り下ろしてきた。
半ば反射的に鎌の刃で受け止めてしまう。
「――ちっ!!」
ただの幻想でしかない筈の【dragoon】の一振りは酷く重く感じられた。
鎌を握っていた指先は痺れを覚え、上半身が突風に煽られたかのような反動でよろめく。
鎌舞士としてのレベルはとうの昔にカンストを迎えていた。それでも、あたしは強さを求め続けた。
そして、その貪欲さは確かな結果へと繋がっている。
日常生活においても肉体が限界を超え始めていたのだ。
跳躍は杉の木を越え、目を凝らせば野鳥の羽も数えられる。
試しにバッティングセンターで最高速の球を受ければ、回転方向を把握できる程度には遅く見えた。
でも、肉体を酷使し、数値の限界を超えた性能を手に入れても、まだ福音には届いていない。
図太い軌跡を続け様に描く福音の攻撃をいなしていると、自分でも驚くほど思考が澄んでいく。
(致命傷を受ければ、それで終わりなのに……)
鎌を右手に委ね、左の指先から仄暗い渦の槍を生成して【dragoon】へ突き出す。
無防備な腹部で受け止めた相手のHPが微かにだけ減少するが、数秒を待たずして再生を示す数値が表れ、ゲージの色合いも完治を意味する深緑色に戻ってしまう。
「理不尽さを嘆くつもりなんてないけど、もうちょっとだけ……こっちに勝ち目を見せてくれてもいいんじゃないか?」
第二福音はなぜか次の行動へ移ろうとせず、鈍器に近い大剣を縦に構えたまま静止していた。
代わりに右下のログが更新される。
【dragoon】:cびΞ、4‘化イ?
明は個人宛にメッセージが届いたと話していたが、今回は第三者が居ないからからか?
福音は範囲チャットを用いて、こちらへ何かを訴えかけていた。
【dragoon】:Ю甫¥G(、るδ×宣2、Dけ
「何を言いたいのか、わからねぇよ」
と貶しつつも、一応は文字化けの解読に努めていると、第二の福音が唐突に明達の走り去った方角へ首を曲げた。そして
――ォォォォオオオオオオオ!!!!
遭遇した時と同様に咆哮で辺りを震わせ、今度は、無骨な剣を――自らの腹部へと突き刺した。
【dragoon】の巨躯が風船のように膨れ上がったかと思うと、無数の蒼い粒子を撒き散らしながら破裂する。
(自滅したのか!? いや……これは違う)
第二福音の行為の意図が汲めず困惑していると……いつかの漆木勇の声が脳の奥に響いてきた。
「とてつもなく強大な何かを為そうとしたとき、暴力はとても頼りになるんだ」
「野蛮なのは好きじゃないな」
「ははっ、組織に属すると好き嫌いで通せる方が稀になるよ。それでね、福音の三番目までには、その暴力についての研究がされている。まぁ、名目としてはアクエリアスの魔物開発の体を装っていたから、彼等にはちょっとだけ幻想的な着色を施してある。例えば、アーキタイプの第一福音には仮想情報を焼滅する炎を内蔵させた」
「他は?」
「第二は規模、第三は距離……になるのかな、どちらにせよ派手なものになってる」
なぜ、漆木勇がその先を語らなかったのか、今となっては確かめられない。
けど、ヒントにはなっていた。
そして、遥か上空へと飛び立った【dragoon】のステータスバーが、こちらの推測を裏付けてくれている。
「負けられない……なにが相手だろうと……あたしは今ここで勝たなきゃ駄目なんだ」
――それは巨大な竜の形をしていた。
人外へと変貌を遂げた【dragoon】が、ちっぽけなあたしに向かって辺り一面を覆い尽くす程の蒼い炎を吐いてくる。
視界が蒼く、どこまでも蒼く染まる。
障壁呪文のショートカットを口ずさもうとした刹那、脳へと直接的に低い電子音が鳴り響いた。
次いで、見慣れたウィンドウがどこからともなく出現する。
『アップデートが完了しました』
全身が竜の息吹に包まれていく中、決して短くない時を共に過ごしてきた十字架が淡い輝きを放ったのを……あたしは見逃さなかった。




