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ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
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Frey Effect


 浪漫を第二福音(セカンドコード)の元へ残し、絶賛入園拒絶中ゲートをくぐり抜けて走ること数分。


「……なんだこれ」 


 呆然と立ち尽くす俺達の前に……目を疑うような光景が広がっていた。


『明さんっ!! 見てくださいー遊園地ですよ!! わぁー観覧車も回転木馬も、お化け屋敷だってありますっ!!』


 嬉々とはしゃぐアリスを尻目に、俺の脳内では「これはなんやねん」「遊園地やろ」「せやからなんで遊園地があんねん」「おまえ、そりゃあれや、あれ」というなんかよくわかんない一人漫才が熱を帯び始めていた。


「これ、遊園地、なの?」

「騙されてはいけないよ、あれらは全てオーバービジョン――AR(Augmented Reality)の派生形だからね」


 現実を拡張するAR技術、それが俺達に対して何もない野原を遊園地に見せているのだと零さんは言い放つ。


「これ全部が!? そ、そんなことって有り得るんですか?」

「現に有り得てるじゃないか……百聞は一見にしかず、だね……さぁ、進もう」


 臆する様子もなく、不可解な園内へと歩を進める零さん。

 俺もみなみも慌てて彼の真っ黒な背中を追う。


『ここならアリスも遊べますねっ!!』


 相変わらずご機嫌なアリスへ返す言葉は見つからず、俺もみなみも黙り込んだまま零さんに続いていく。すると今度はキラキラ輝く夢いっぱい大歓迎ゲートが俺達を迎えてくれた。

 ゲート両端には色とりどりの風船まで結びつけてある。

 些細な風向きの変化をも逃さず、ふわふわと奔放にたゆたう風船群を眺めていると、どうしたってそれが幻だとは思えなかった。


『ぶっぶー!! おとなははいれませーん!!』


 突然、来客(おれたち)に向けられる明白な拒絶。


「わ、わっ、小さい子がいっぱい」


 ゲート下に並んでいる幾つもの小さな影、その正体は無地の麻布を纏う小人の様な子供達の集団だった。


「……これも本物じゃない、のか?」

  

 と言いつつも、自らの発言に対して疑いを拭えない。本物ってなんだ? 仮に零さんの言う通り、全てがARの産物だとして、この子供達はどこまで仮想(ヴァーチャル)で構築されているのか……そんな疑問が何かと共通しているような気がしたが、思考が冴えるよりも先に零さんが口を開いた。


「うん? あ、僕の事かな? 安心するといい……不本意ながら、僕はどうて――」

「はいっあうとー!!」


 あぶねっ、ぎり間に合った。アクエリアスで磨いたツッコミスキルが役に立って本当によかった。


「明君!? どうして邪魔をするんだい!?」

「そりゃしますよ!!」

「まだだよ!! 君達、よく聞くんだ!! 僕はね、こうみえてもね」

「だから言わせませんって!!」

『……どうて?』

「アリスちゃんはその……知らなくていいから、ね」

『でも、気になります。あっ、あとで検索してみます』

「しないで!! 一生のお願い!!」

『明さんの一生ってそれでいいんですか?』

「……無論、一片の悔いなし」

 

 作り声で渋くキメていると、子供達のブーイングに拍車がかかってきた。


『はやくかえれよー』

『かえれーかえれー』

『ぱぱにいいつけちゃうぞー』


「それは……」


 零さんは何かを言い掛けて、左右それぞれに握っている刀剣を翻しつつ駆け出した。


「あっ、零さん!?」


 そして、あろうことか……彼は、先頭に立つ子供へと、躊躇なく刃を振り抜いてみせた。

 みなみの短い悲鳴が耳朶にこびりつき、ふつふつと込み上げる悪心が目眩をも孕む。

 

「――できない相談なんだよ、さぁ、僕が好きなだけ遊んであげようじゃないか」


 恍惚さを秘めた甘ったるい声音を子供達へ向けながら、長短二対の得物を手先で器用にくるくると弄んでみせる零さん。


「なにやってるんですか!!」

「言ったよね? 明君……この子達に実体なんてないんだ……惑わされてはいけないよ」


 数拍の遅延を要して、ようやく気付く。

 零さんに斬り伏せられた子供から一向に流血の様相が窺えないのだ。

 代わりに……うつ伏せに沈黙していた小さな体躯が、数多の蒼い粒子をちらつかせて消失してしまう。

 そして、空気の読めないログが視界隅で更新される。


【ジェバンニ】は21の経験値を手に入れた。


『おとなのしんげきだ、みんなにげろっ』

『はやく、はやくぱぱにしらせないと』

『てーへんだてーへんだ』


 一転して阿鼻叫喚。子供達がはらはらと散開していく。その様を満足げに見つめている零さんへ訴えかける。


「零さん、あれ、本当に幻なんですよね?」

「細かい事はいいじゃないか、酷な役割は全て僕に押し付けてくれていいからさ……はなから君達に戦闘面での期待なんてしていないからね……怖いなら手でも繋いであげようか?」


 それは初めて聞く、絵本零の口から漏れだした微かな悪意めいた靄。


「あ、あき君……行こ?」

「みなみ、お前は平気なのか!?」

「平気じゃないよ、でも、進まなきゃ……浪漫さんだって、きっと頑張ってるよ」

「……」

『明さん、一緒にジェットコースター乗りましょうよ!!』

「お前はもうちょっと空気よめよっ!! ……あーもう、分かったよ!! ほら、行くぞっ!!」

「ふふっ、それでいいんだ」

「でも、零さん、もう子供達に危害を加えないでくださいよ」

「あちらさんの出方次第かな」

「その、私からも、お願いします」

「承知したよっ!! この刃は君達を守る為だけに振るうと誓おうじゃないか!!」

「……」

『明さん? なんだか不満そうです?』

「ゼンゼンソンナコトナイデスヨ」


 俺の危惧に反して子供達が牙を向いてくることはなさそうだった。

 アトラクションに乗るでもなく無作為に園内を回る俺達をこそこそと覗きみる子供達。

 なんとも奇妙な図式が成り立ったまま探索が続いていく。

 

「まだ納得できてないみたいだね?」


 ふと、率先して何処かへ向かう零さんが振り返らずに問い掛けてきた。


「そりゃあ……」

「僕はね、今回の騒動に関わるにあたって、幾つかの縛りを自らに設けているんだ」

「縛り、ですか?」

「そうさ、僕だって怖いんだよ……己の内に絶対的な決まりを設けておかないと、迷った時に判断が鈍くなると思うから……わかるかな? 僕達が立ち向かおうとしている相手は、ただ単純に目に映るものとは限らないわけだ」

「……悪夢スイッチに騙されるな、か」


 不意に脳裏をよぎったのは、兄さんからの警告とも受け取れるメッセージ「悪夢スイッチに騙されるな」だった。


「明君、どこでそれを?」

「えっ」

「その言葉をどこで聞いたんだい?」


 立ち止まり、振り返り、ぴかぴか光る観覧車を背にして、影の差した双眸で真っ直ぐに見据えられる。


「……初めて福音と対峙した日に……兄からそういうメッセージが届いたんです」


 思わず背筋を硬直させながら答えてしまう。ちょっとだけ声も震えてた。


「お兄さん、か」

「零さん、悪夢スイッチがなんなのか知ってるんですか?」

「うん、それを調べる為にここまで来たんだよ」

「……はい?」


 そう言って、懐から小さな何かを取り出す零さん。


『オルゴール、です?』

「世界終末の音が僕らに及ぼす害ってのは、ざっくりいえば幻覚症状なわけだ……マイクロ波聴覚効果って聞いたことないかな? あ、フレイ効果って言った方がわかる?」

「ゆとりなめないでください」

「み、みぎに同じく」

「まぁ、そのなんだろうね、電磁波だよ、うん」

「説明を諦めないでくださいよ」

「いやー、実際、僕もよくわかってないんだ。ハイパーボッ氏の受け売りみたいなものでさ、で、彼女から預かっているこれを使えば、僕らに幻覚を見せている電磁波の波長を逆探知できるってわけ」


 言い終えると、小さな箱状の何かを掌の上に載せたまま周囲を探る様にその場でくるくる回り始める零さん。

 そんな彼の挙動にアリスがくっついて回り、俺の方からはぶっちゃけ何をしてるのかよく分からない。


「ねぇ、あき君」


 隣で同様に二人を見守っているみなみが、ぼそりと話し掛けてくる。


「どうした?」

「浪漫さん、大丈夫、かな?」 

「信じるしかないだろ」

「……うん」


 本当にそれでいいのだろうか?

 浪漫が俺達の中で最もアクエリアスの世界に――ゴスペル・コミュニケイト・システムに精通しているのは確かだと思う。

 でも、だからといって……


「見つけたっ!!」


 膨らみかけていた一抹の不安を吹き飛ばすような絵本零の無邪気な声が響いた直後

 

――ォォォォォ!!!!


(――雄叫び? 気のせいか?)


 遠くで獣の遠吠えのような何かが聞こえた気がした。

 しかし、零さんもみなみもアリスも……それに周囲でこそこそしてる子供達も、誰一人として聞こえた素振りを見せるものはいない。

  

「さてさて、ハーメルンの笛吹き男さんは僕らを歓迎してくれるかな?」


 そう呟く零さんの横顔は、この場に存在する唯一の大人だとは思えないぐらいの無邪気さを覗かせていた。


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