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ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
20/37

鎌舞士【褐色の死神】 vs 第二の福音【蒼鎧の幻竜】

 小ぶりの雨粒が頻りに頬を叩いている、そんな夜だった。

 車道と歩道とが白線でのみ区切られた郊外の夜道、時刻は間もなく日付を改めようとしている。

 しんと寝静まった住宅街、あの日のあたしは文化祭の打ち上げの帰りで……まだ職場に残っていた父の元へ寄って、二人仲良く帰路についていた。

  

「……パパ?」


 すり鉢で胡桃の殻を砕いたかのような不快な音色が鼓膜にこびりついたまま、いつまでも消えなかったのを覚えている。

 雨水をどこかへ運ぶ路肩に深紅が混じり始めていた。

 おぼろげな街灯が生み出す光の孤島へ打ち上げられ、僅かに痙攣している肉体。それが父のものだと気付くのに、幾らかの空白を必要とした。


「……なんで……どうして……」


 その瞬間を確かに自分は目撃していた。

 でも、あまりにも突然で、あまりにも無常な出来事だったから、あたしの脳が理解を拒んでいたのだ。

 一方で、先行して横断歩道を渡っていた父の背中がたわみ、凄まじい勢いで弾き飛ばされた瞬間は網膜に焼き付いたまま消えず、あたしの感情を執拗に掻き乱していた。

 父をはねた車両は速度を緩めるどころか、よりアクセルを踏んで瞬く間に夜の闇へ逃れていった。 

 

「……浪漫……」

「パパっ!! 喋らないで……いますぐ救急車を呼ぶからっ!!」


 高校で実習した筈の応急処置の手順を必死に思い出しながら、懐からクロスフォンを引っ張り出そうとするが、勢い余って手元から転げ落ちてしまう。

 水溜りに半ば浸かった端末へ、父の弱々しい指が触れた。

 

「……すまない……許し……」


 謝罪が、父の今際の言葉となった。

 それから数週間後の話だ――あたしの前に喪服姿の漆木勇が現れたのは。

  

 あの日を境にして、あたしの長い長い旅が始まった。

 多くの仲間を失ってきた。その度に強くなり、その度に失い、また強くなる、その繰り返し。

 哀しみの雨に打ち拉がれる日々……誰かの接近を許せば、その先に悲劇が待っていると思い知らされた筈なのに……あたしは未だに……気付くと誰かを必要としている。


「浪漫さん、つ、ついたよ」

 

 弱々しい、そっと撫でるような感触によって意識が呼び戻される。

 踏み越えてきた悪夢の数々が遠のき、目蓋の裏に明るさを覚えた。

 目を開けると車は既に止まっており、窓の外には天使ランドへの訪問客を迎える色褪せた看板が立っていた。


「あたし……寝てたのか」

「ちょっとだけ、ね、浪漫さん、その、大丈夫?」


 丸みのある瞳で、こちらを心配そうに見つめながら、屈日みなみが問い掛けてくる。


「ありがと、なんでもないから気にしないでくれ」

「……うん」


 みなみと一緒に外へ出ると、漆木明、絵本零、それにたぶん……アリスの三人は、既に敷地内へ踏み入ろうとしていた。

 入口のゲートは元型を留めておらず、ひしゃげた鉄格子の隙間からは退廃した楽園の実情が垣間見えている。

 右手には事務所らしき建物が確認できた。

 変色した木目調の壁が哀愁を漂わせている。


「人の痕跡は見当たらないね」


 事務所の窓を覗き込んでいた零が呟く。

 時折、どこからともなく野鳥の囀りや蝉の鳴き声が聞こえてくるが、それらを除けば、天使ランドは沈黙を一貫している。

 

「アリス……なにか感じたりはしないか?」

『あっちに遊園地があるみたいですよ』

「それさっき一緒に観光誌で見たよね」


『……皆さん、きます』


 突如、アリスの口調が変わった。

 そして、彼女の言葉を裏付けるように――あの音が、あたしの脳を(つんざ)いた。

 ビジュアル・スノウ現象――網膜を這う光――が続き、視界に仮想情報が付加されていく。


「な、なにこれ、もしかして」

「世界終末の音だっ!!」


 狼狽し、両手でこめかみを押さえているみなみへ明が答えている。


「へぇ、これがね」


 絵本零は平然とした様子で世界終末の音へ耳を傾けていた。

 強制的な同期を自覚し、真っ先に得物を実体化させる。


「あはは、天使達はぼくらを歓迎してくれているみたいだよ」

「ふん、馬鹿な連中だな……要はこの先に何かあるってあたしらに言ってるんだろ?」

「そのようだね」


 いつの間にか零も己の装備を携えていた。

 双剣士の職を体現する長短二対の小太刀で、抜き身の刀はどちらも漆黒の刃面を露わにしている。

 あれも車内で話していたチートコードとやらを組み込んだイリーガル武装か? 

 手元で器用にくるくると回しながら双剣の具合を確かめている零へ尋ねようと口を開きかけた刹那――ビジュアル・スノウ現象を伴って、福音があたしらの前へ舞い降りた。


【dragoon】Πコ▼門 LvΘ津


第二福音(セカンドコード)か……」



――ォォォォォオオオオオオオオ!!!!



 斬斬刀を背負った巨躯の福音【dragoon】は手始めにと、耳障りな咆哮で辺りを揺さ振った。

 咄嗟に身構えたが、それはなんらスキル効果を持たない……いや、強いてあげるとすれば、楽園を荒らそうとやってきた侵入者へ対する威嚇の一声だった。


 今回の仲間達の頭上に浮かぶ情報を見回す。


【アキラ】斬刀士 Lv1

【サウス】魔術師 Lv1

【ジェバンニ】双剣士 Lv21 

【alice】БいФ> Lvケ☆


 迷いは生まれなかった。


「あんたらは先に行け」

「浪漫、おまえ、何言って――」

「第二福音はあたし一人で充分だ……どうせ倒せるかも定かじゃない相手なんだし……こんな所で無駄な時間をくってる場合でもない、そうだろ?」

「で、でも」

「戦力分配としてはお釣りがくるくらいだよ……あたしは99、対してあんたらは足しても23だ」

『浪漫ちゃん、アリスも足してくださいっ!!』

「……じゃあまとめて20」

『減ってます!?』


 調子が狂うな、こいつも福音の筈なのに……まるで勝手が違う。


「いいから先に行けって……あたしもすぐに追いつくから」

「行こう……この先に福音を止める術があるかもしれない」


 率先して走り出す零。彼につられて明達も駆け出した。


「浪漫っ!!」

「なんだよ」

「無茶はすんなよ!!」

「ったく……それはこっちの台詞だって」


 【dragoon】が、天使ランドの奥へ突き進んでいく明達の背中を追いかけようと体の向きを変える。 


「グラビティ」


 音声が認証され、鎌の先端から螺旋の渦を奔らせる黒球が生成されていく。

 鎌の持ち手を両手で握り締めて、大きく薙ぎ払う。この鎌も随分と軽く感じるようになった。

 ステータスの低かった頃は、持ち上げるのにも苦労したものだ。


「あんたの相手はあたしだって」


 放たれた黒い球が【dragoon】の近くで破裂した。

 爆発点を中心に球形の暗黒空間が膨張し、相手の全身をのみ込む。


 八乙女駅近くの公園で明を無力化した後に福音達と戦った時は、第二、第三の福音をまとめて相手取ったが、敗色の兆しは見えなかった。

 あたしの実力なら互角以上に戦える……だからといって勝算がある訳でもなく、勝利も敗北も霞む持久戦の模様を呈するのは明白だ。

 どうすれば倒せる……?

 重力の檻に囚われ、鈍重な動きを見せる【dragoon】へ一方的に宣告する。


「悪いな……あんたらへこの十字架を(かざ)すのは……私怨でしかない……あたしは気侭で身勝手な死神なんだ」


 パパを死へ追いやった(もや)めいた悪意……その背後にアクエリアス、ひいてはイーグル社が関与していると知った日から、あたしの復讐は続いている。


――清十郎さんは世界終末の音を止めようとしていたんだ。


 今はただ、漆木勇の言葉を信じて鎌を振るうことしか……あたしにはできなかった。


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