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ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
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終末竜の嘆きの果てに

『ォォォォオオオオオ!!!』


 世界の終末を告げる竜の咆哮が、辺りの砂を巻き上げて、俺達の分身の行動を阻む。

 その場で竦み上がり、無防備な状態を晒している分身へと襲いかかる終末竜の禍々しき黒煙の吐息(ブレス)


【まさかり武荒拳】:やべ、しんだ

【トビウオ】:そろそろ倒せると思うから、このまま一気に押し込も

【メレンゲ男爵】:まさ、お前の死は無駄にはしない


 灰色の流砂に巣食う終末竜との激戦も、もうじき一時間を超えようとしている。

 今日のアップデートで実装されたばかりの新ダンジョン攻略へ、勇み足で向かった俺達は、その先に待ち構えていたボス――終末竜を相手に想像以上の苦戦を強いられていた。


「ったく、チャットする暇あったら援護しろっての」


 まさかり武荒拳の死体を踏み越えて、終末竜の懐へ飛び込む。即座に竜は死神の鎌を連想させる鋭い鉤爪を振るってきた。


「さすがに……このパターンは見切ったぞ」


 竜の動作を見てから、握っていたコントローラーを叩く。本来のボタンとは別に設定しておいたステップ動作が入力され、分身である【アキラ】は流れるような足捌きで、死神の鎌をすり抜けていく。

 ステップは基本中の基本となる動作だが、操作する人間の手腕によって価値もまた大きく変わる能動型(アクティブ)スキルだ。

 レベル最大取得時で無敵時間は10フレーム……だいたい0.3秒かな。

 刹那とも呼べるこの無敵時間を咄嗟に頼るのは難しい。ってか、それが可能な奴は人間をやめてるレベル。それかラッキーマン。

 が、対象の行動を予備動作などから判断できるようになれば、10フレームを頼ることは不可能じゃなくなるわけで……。


 鉤爪からの派生は、牙による噛み付きか、旋回しつつ尻尾で薙ぎ払いかの二種類だ。だとすれば、更に距離を詰めて、回避を成功させれば、そのまま攻撃に移れる。

 こちらの予想通り、巨大な顎門(あぎと)を開いて、奥に潜んでいた牙を晒け出す終末竜。 


「よっしゃ!!」 


 刹那の無敵を掴み取って竜の急所へ潜り込んだ俺は、思わず大声を張り上げていた。ドーパミンどくどく、アドレナリンびちゃびちゃ。

 すぐさま【アキラ】へ反撃を命じる。居合いの型が重宝される侍が終盤に体得するとっておきの技をぶつけてやる。

 繊月(せんげつ)の輪郭をなぞる様に繰り出された刃が、終末竜の逆鱗を抉った。

 

【メレンゲ男爵】:やったか?

【トビウオ】:それ、やってないフラグw

【まさかり武荒拳】:今の内に蘇生ぷりーず

【トビウオ】:あ、消滅してくよ

【メレンゲ男爵】:おー


 PT(パーティー)メンバーの予想通り、終末竜は断末魔にスピーカーを震わせて、ゆっくりと消失していった。


【まさかり武荒拳】:蘇生prz

【アキラ】:やっとか、タフすぎだろ

【トビウオ】:アキラ、神回避さすが

【メレンゲ男爵】:さすがっす

【まさかり武荒拳】:蘇s


 ぴろぴろーと、クエスト達成を告げる軽快なメロディが鳴り響き、速やかにリザルト画面へ切り替わっていく。


【まさかり武荒拳】:やっぱあれかー? ぼいちゃしてないからかー? デッドペナルティで報酬がggg

【トビウオ】:ほんとごめんw

【メレンゲ男爵】:これ、攻略一番乗りだったりして

【アキラ】:さすがにそれはないでしょw


 これは自論だが、何かの頂点を目指そうとしたとき、必要不可欠なものは時の積み重ねだと思っている。

 もちろん、運やセンスだって関わってくるだろうけど、結局のところ、貢いだ時間で覆せないものなんてないと信じていた。

  

【アキラ】:どうするもう一回いく?

【トビウオ】:明日学校

【メレンゲ男爵】:同じく

【まさかり武荒拳】:ってか、アキラいつもインしてっけど、リアル平気なん?

【アキラ】:風邪で学校休んでるから、ゲームやり放題

【まさかり武荒拳】:寝てろwww

【メレンゲ男爵】:あるある

【トビウオ】:今日はもう安静にしなよー

【アキラ】:まぁ、みんなおちるなら、俺もそうするわ


 ディスプレイの向こう側に凛と佇む自分のアバター【アキラ】は、絢爛とした装備で全身を包んでいる。

 レベルはカンスト、装備している武具はどれも宝具等級、プレイ時間は四桁超え。まぁ、つまりは廃人プレイヤーなわけで、学校を風邪で休んでるとすれば、俺はもう半年ぐらい病状に蝕まれたまま、ってことになる。

 アカウントを幾つか併用するなどして、うまいこと誤魔化せていたが、心の隅には常に後ろめたさが付き纏っていた。

 そういう生活を続けていたのが、中学生の頃の俺だ。 

 昔々、どこかの偉い人がこんな名言を世に放ったそうな。


「リアルとネトゲのステータスは反比例する」


 自論とかどうでもよくなるくらい、ほんと、正論だと思った。




 ゲーム、と一口に言ってみても、この世の中、色々ある。本当に色々だ。

 学校に行けば、クラスの奴らが携帯ゲーム機を持ち寄って、一狩り興じてたり、机の上にカードを並べてデスティニードローと叫んでたり、中には麻雀牌なんかをじゃらじゃらさせてる強者もいたりする。これにはさすがに周囲の女子達もざわざわだ。俺も初めてその場面に遭遇した時は、顎を尖らせて「ざわ……ざわ……」とか言いたかった。

 家に帰って、ニタニタ動画のランキングを徘徊してみると、フリーゲームの実況だったり、オンラインゲームの解説だったり、あとはアーケードゲームの大会動画だったりと、嫌でもなにかしらのサムネが目についてしまう。

 スマートフォン対応のアプリだって、イーグル社が開発したクロスフォンや、国内シェア一位を不動とするiPhoneなどによる技術競争におんぶする形で、馬鹿みたいに流行ってる。これ、誉めてます。

 以前、アセンション社(すげー言いにくい)のコラムで、ゲームの在り方が、手軽さ――忙しい現代人にとっての、片手間で遊べる気軽さ――に移行しつつあるのだと読んだ記憶もある。とはいえ、数値上の軍配はまだまだ家庭用ゲームにあがっており、自宅でのんびりとオンラインプレイを楽しむ人や、仲間内で集まってわいわい騒ぐ子供達(大小含む)などは、まだまだ不滅だ。ゲーム業界の未来は他分野に比べれば明るい方なんだと思う。CDや本なんかに比べて、だけど。

 それで、「この先、普及していくのは手軽なアプリですっきりっ」と声高らかに主張したアセンション社が去年、イーグル社と提携する事で「イーグル・ストリートビュー」機能を利用して遊べるMMOPRGを発表した。

 開発側の言葉を借りれば、それはMRMMORPG(Mixed Reality Multiplayer Online Role-Playing Game)こと複合現実大規模多人数同時参加型オンラインRPG、ってジャンルになるらしい。息続かないって。

 この複合現実なんちゃらのキャッチフレーズは「貴方の代わりに旅を続けましょう」で、つまり、作成したアバターを操作して、液晶画面越しに実際の世界を冒険してみましょうって趣向なんだとか。

 もちろん魔物も出るし、クエストもある。アセンション社は高い頻度でイベントスペース(本来であれば干渉不可能な建造物に倒壊などのギミックを搭載したり、ifの設定で、天空のお城や海没都市なんかのダンジョンを実装したり)をアップデートし、彼等が主張する複合現実とやらを如実にアピールしてきていた。 

 この現実と仮想の混在感ってのが、なかなかにカオスなわけで、アセンション社には当初、多くの批判や苦情が集まったらしい。しかし、そこでイーグル社の後ろ盾が光る。むしろ後光がさす勢い。イーグル社の規模はアセンション社とは比較にならない。俺も身内の関係で調べてみた事があるが、なんでも社員食堂が食べ放題、飲み放題なんだって。それ以外はあんま覚えてない。うん、そのバイキング食堂の実態を知って、ブラウザをそっ閉じしたから。

 コネとかで採用して貰えないかなって、たまに思ったりするけど、甘いよね。こんなことを兄さんにお願いすれば、鼻で笑われて終わりですよ、たぶん。

 などと、一人寂しい帰宅道中に長々と思い耽ってしまうのは、アドベンチャーゲームにはまっていた頃の後遺症だろうか。暇な時間があると、つい自分の世界に浸ってしまう。

 アドベンチャーゲームの後遺症なら、まだ難易度易しめなんだけど。

 ネットゲームを禁止したばっかの頃は、周りの人の頭上にHPバーが見えたりして「駄目だ、毒されてやがる、遅すぎたんだ……」とか一人で呟いて、頭を抱えてみたりして、結果、周囲から「ママー、あの人、どうしたのかなー?」「しっ!! 見ちゃ駄目」とかよく言われてました。

 ティッシュ配ってるおっさんに「これで涙拭けよ」って言われたのも今となれば良い想い出です。


 八乙女駅から徒歩数分。馴染みのコンビニ「ファミリア」の看板が見えてきた所で、俺は身内贔屓で契約したクロスフォンを尻ポケットから取り出して、あいつに連絡を求めてみた。

 しかし、呼出し音が終わらない。

 梅雨明けと同時に街中へやってきた、初夏を知らせる生温い風が薄いシャツに纏わりついて、べっとりと汗を滲ませていく。それが余計に苛立ちを募らせる。

 呼出し音が終わらない。

 普段なら爽やかに映る筈の「ファミリア」の水色に近いシンボルカラーにすらヘイトを覚える。

 呼出し音が留守電対応に切り替わる。思わず悪態をつきそうになる。

 コンビニ店頭の灰皿傍に立って、口元から紫煙を漂わせている青年と目が合った。

 大学生っぽい。脱色してから更に染めたのか、色素の薄い金髪は遠目にも毛先が傷んでるってわかった。

 その色合いがあいつの姿を連想させて、ますます畜生って感じだ。

 めげずに再度コール。

 何回かけても何回かけても、と口ずさむぐらい末期になって、ようやく

繋がってくれた。


『あき君、もしー?』

「もしー。あのさ、これから寄ってこうと思ってんだけど、いい?」

『大丈夫だ、問題、ない』

「今、コンビニの前なんだけど、なんか買ってきてほしいものとかある?」

『も、もしかしてファミリアですかな? だ、だったら、いちばんくじを頼む。あ、あたしに跡部様を……はっ、い、いちばんいい跡部様を頼む』

「いやです」

『言い直したのに』

「そもそも、いちばんいい跡部様ってなんだよ」

『す、スケスケだぜ?』

「意味がわからない」


 どうやら腐れ縁、もとい幼馴染の屈日(かがみび)みなみは今日も平常運転のようだった。

 か細い声、訥々(とつとつ)たる口調。中学校の頃はこうじゃなかったけど。


「ってかさ、電話……なるべく早くでてほしいかな」

『ご、ごめんね? ちょっとハイパーボッ氏とのボイチャが盛り上がっちゃって』

「センスある名前ですね」


やっぱりネトゲーっぽい、か。


『だよね。じゃ、じゃあ……しとしとチョコ』

「それは言われなくても」

『ありー』

「ふむ、んじゃ、五分後くらいには着くと思うから」

『ねぇ、あき君』

「んー?」


 対象、ちょっと沈黙。


『な、なんでもなかった』

「ほいほい、また後で」


 一方的に告げて通話を切ると、なんとなく灰皿の方へ視線を流した。さっきの大学生は消えていて、代わりに作業服姿の強面なおじさんが立っている。

 クロスフォンなどのタッチパネル式携帯端末が普及してからは、見かけることが珍しくなった折り畳み式の携帯電話へ、ドスのきいた声をぶつけていた。

 中学生の頃、学校を休みがちになって、最終的には自宅へひきこもってしまった俺に対して、それまでと変わらずに接してくれて、場合によっては、情けない俺を罵倒してくれた唯一の同級生、いや、幼馴染、それが屈日みなみ。

 けど、お互い別々の高校に進学し、家は近いけど、あまり会わなくなりそうで……腐れ縁とやらもこのままゆっくり薄れていくのかなって、ちょっとセンチメンタルを覚えたりもしてた。でも、入学からたった一週間の後、みなみは学校へ行かなくなった。

 だから、今度は俺が……こうして足繁(あししげ)く、みなみの部屋へ足を運ぶようになっていた。

 脱ひきこもりとして健全な高校生活を手に入れようと躍起になっている俺の足首を掴んで、一緒に溺れよ? と誘惑してくる地縛霊――それが、屈日みなみ。


「あっ、そういえば久しぶりにメッセージ送ってたっけ」


 クロスフォンを取り出したついでに、チャットアプリを起動して、ある人物との会話の続きを確かめてみた。



 2016年6月13日 12:28 


 今年のゲームショウ、イーグル社も出展するってきいたよ。兄さんも出るなら、東京に遊びに行こうかなって思ってるんだけど、そうなったら兄さんのアパートに泊まってもいい?



 昼休みに送信したメッセージには、既読と表示されている。でも、兄である漆木(うるしき)(いさみ)からの反応はそれきり終わっていた。

 俺と兄さんとみなみ……俺達、三人が仲良く遊んでいた頃なんて、もうずっと遠い昔の事で、在りし日の日常風景ってものは、もう二度と望めないのかも知れない。それはそれで……寂しい感じがした。


※2014年10月31日、大幅な加筆修正を行いました。

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