↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
PR
13/37

月と望む黄昏

「――瑞樹っ!!」


 真っ先に視界を染め上げたのは、茜差す空だった。

 自分の呼吸がひどく乱れていることに驚きつつも、すぐに身を起こした。

 そこは、瑞樹やアリスと一緒に世界終末の音を体感した落ち葉だらけの公園とは違って見晴らしがよく、人の姿も疎らに見受けられる――泉区で育った子供であれば遠足なり、家族との団欒なりで一度は必ず訪れる地。


「七北田(ななきた)公園か……」


 幼い頃に見た景色が重なり込む。俺と兄さん、それにみなみの三人でよく遊んだ思い出の場所だった。


「目が覚めたか?」


 慌てて声の方を振り返ると、すぐ隣、同じベンチに彼女は座っていた。

 クロスフォンを片手に持って、七北田公園に差し込む夕日を映しているようだった。

 口元には何かの棒きれを咥えている。

 自分が少女の膝の上に寝ていたのだと遅れて気付き、恥ずかしいような悔しいような、もやっとした感情が胸の底から沸き上がってくるのを自覚した。

 【ロマン】の中の人……って言い方も不自然だが、とにかく俺を助けて……ん、たすけ……あ、朦朧としていた意識が冴え渡り、はっきりと事の顛末を思い出す。


「おまえ……ったた」

「まだ痛むか? 悪い、加減の練習はしてなかったんだ」


 こめかみのちょっと上ら辺に鈍痛が残っており、反射的に眉を顰(しか)めてしまう。

 

「食うか?」


 褐色肌の少女は反対側、俺の死角に隠れていた透明なプラスチック容器を俺の方へ無愛想に差し出してきた。中には焼き鳥が詰め込まれている。


「なんで焼き鳥……」

「いや、途中、屋台があったから」

「もしかして俺を背負ったまま?」

「いや、そんときはその辺に寝かしてた」

「鬼畜だ……しかし、なぜ皮ばっか」

「だって、好きだし」

「って、それよりも……瑞樹はっ!?」


 彼女はクロスフォンの液晶部へ視線を向けたまま、起伏に乏しい声音で答える。


「さぁな。救急車は呼んでおいたから……今頃は、駆けつけた両親が彼の身体に縋(すが)りついて泣いている頃かもしれない」

「おまえっ、どうしてっ!!」

「だから……あたしには何もできないって……あんたにもな。あの場に留まる事はお互い得策じゃなかったんだよ。そうだろ? あんたに説明できるのか? 相手にどんな目を向けられるかも分からない。それは慰めかもしれないが、或いは憎しみかもしれない。父親には殴られる可能性だってある。それでも、あんたは正直に全て話せるのか?」


 何も言い返せなかった。

 彼女の詰問に答えられない代わりに心の奥では自責の念が渦を巻く。

 そもそも危機感が足りなかった。

 ゲームの延長線上として浮足立って、福音との対峙に高揚すら覚えていた。

 で、その結果はどうだった?

 

「……あいつは、どうなったんだ」

「外傷はなかった。けど、たぶん……もう目覚めない」

「目覚めないって」

「あたしは何人も似たような末路を辿った人間を見てきた。でも、一人だって目覚めた奴はいなかった」


 思いっきり叫んでしまいたい気分だった。きっと、隣に彼女が座っていなければ、俺は億面もなく泣き叫んでいた。その面で言えば、彼女には少しだけ感謝できた。


「あまり自分だけ責めるなよ。あたしにだって非はあるし、あの瑞樹ってやつ自身にも責任はある」

「違うっ!! あいつはたまたま――」

「好奇心があった筈さ。いいか? 何事もな、踏み込み過ぎるとろくな目に遭わないんだ……瑞樹とやらは引き際を見誤った。それが彼の失敗だ」


 彼女の言い方は、どこか……己に言い聞かせているみたいだった。


『ろまんちゃん、あまり明さんを虐めないでください』


 彼方へ翳(かざ)したままの彼女のクロスフォンからアリスの声が響いた。いや、それよりも……


「ろまんちゃん?」


 聞き返すと、ろまんちゃん疑問形態は自嘲気味に鼻をふんと鳴らして、ぼそぼそと告げた。


「……あたしの名前だよ。霜月(しもつき)浪漫(ろまん)」

「えっ、それ本名なの? 本名でろまんちゃん?」

「呼ぶなら、ろまんでいい」

『ろまんちゃんですよ』

「ろまんちゃん……ね……」


 じわじわきた。


「おい」

「ごめん、違うんだって、こう、少女漫画の女の子っぽくて可愛いと思うよ……」

『アリスも好きですよ。ろまんちゃん』

「よーし、よくわかった。明、おまえ、ちょっとそこ座れ、もう十発ぐらいぶん殴ってやんよ」

「いやっ、俺もう言ってないんだけど!! アリス、お前ちょっとミュートな!! ろまんちゃんに怒られ……あっ」

「ふふっ、歯ぁ食い縛れよ」


 ぎこちない笑みを浮かべながら、右腕をぐるんぐるんと回す浪漫ちゃ、浪漫さん。ノースリーブだから、脇がちらちらして、ちょっといけない気分になる。健全を目指す俺にとっては目に毒そのものだった。


『ろまんちゃん、明さんを虐めないでくださいっ!!』


 彼女の動きがぴたりと止まる。二次元美少女ボットに庇われる男子高校生って……うわぁ、情けねぇ。

 クールダウンした浪漫は、どすん、と勢い良くベンチに座り直して、新しい焼き鳥を男らしく噛み千切る。

 そんな様子を怯えた目で見つめていると


「お互いさ……聞きたいことはたくさんあるだろうし、時間、まだ大丈夫なら、その、あたしの泊まってる宿に来るか?」


 と、彼女は表情を一変させて、今度はちょっと乙女っぽく素足をもじもじさせた。なんなんですかね、この人、俺をギャップ萌えとかで殺しにきてるんですかね。


「アリスどうしよう……俺、誘われてる?」

『未成年の不純異性交遊は法で禁じられてますよ』

「あんたらの脳みそは何色だよ」


 呆れた様子で浪漫が声を挟んだ。


「えっ? ……ぴんく?」

『アリスは人工知能体ですので、明さん……アリスの脳は何色ですかね?』

「たぶん、緑色とかじゃね?」

『可愛くないので却下です』

「はい、すみません」


 俺とアリスのやり取りが終わるのを待って、少女が嘆息する。


「……で、どうするんだ?」


 女の子の寝泊まりしている部屋へ行けるなんて、すごく魅力的な提案なのは事実だ。

 俺の目指す健全な高校生活から脱線している筈なのに、ワームホールを抜けて一気に世界の裏側へぶっ飛んだような、細かいことは気にするな的な裏技気分。

 でも、それよりも大切な事があった。


「俺も色々話したいんだけど、場所……こっちで決められないかな?」

「……場所による」

「さっきさ、ロンドンの夢を見たんだ」

「……は?」


 グレイとティア、それに岬朝日。聞いたことも無い名前が、どうして俺の夢の中に出てきたのか。

 その答えは、きっと第一福音(ファーストコード)との戦いで発動した視界同期にも関わってくる。


「それで、ちょっと気になることがあって、ネットの知り合いにさ、都市伝説とかにやたら詳しい人が居るんだ。そいつに確かめたいこともあるから……あ、いや、無理にとは言わないし、嫌だったら、やっぱりそっちの提案に従うけど」

「気になることってのを先に聞いてもいいか?」

「……テンプル騎士団と吸血鬼。その二つが共通しててさ」


 アクエリアスにてレベルカンストの鎌舞士は 俺から見える目を細めて、夕焼けに赤く染まる噴水の方をしばらく眺めていた。

 噴水の傍を散歩しているハンチング帽の老人と尻尾の短い柴犬とが、噴水の裏手へ消えてから、彼女は口を開いた。


「……あたしも興味あるな。わかった、そっちに従うよ」


 瑞樹、もう少しだけ待っててくれ。

 兄さん、どこにいたって関係ない。

 俺が必ず……助けて、見つけて、そんでもって……そうだな、皆でゲームでもやろう。

 ゲームなんて時間の無駄だと思ってたけど、やっぱり……仲を取り戻すならゲームも悪くない。いや、ゲームは何も悪くない、かな。

 その未来を掴む為になら、世界終末の音だろうと、七つの福音だろうと、アリスの兄や姉だろうと、すべて止めてやる。


「決まりだな……じゃあ、コンビニ寄ってっていい?」

「なんでだよ」

「いやさ、いつも手土産持ってってるんだ」

「ネットの相手にか?」

「あぁ、そうじゃなくて……ひきこもりの幼馴染にね」

「……よくわからないから好きにしてくれ」


 片手をひらひらと宙に舞わせながら立ち上がる浪漫。


「そういえば、浪漫の職……鎌舞士だったよな? あれって、まだ実装されてないんじゃなかったのか?」

「あたしのは、まぁ……それも追々話すよ」

「レベルカンストしてたし、まさか、チーターか!? くっ、許されねぇ」

「……ノーコメント」


『これは修羅場の予感です』


 先立って公園の出口へ向かう彼女の近くから、アリスの声が聞こえてきた。


「どうしたいきなり?」

『明さん、必ず生きて帰りましょうね』

「うん? もしかして……コンビニは危険なのか?」

『そうじゃないです。もういいです』

「……アリス?」

『ろまんちゃん、早く行きましょう』

「だから、あたしのことは呼び捨てにしろって」


 なんとなくその場で立ち止まり、クロスフォンのカメラを起動してみた。

 現実と仮想、どちらの世界にも夕日は等しく届いていて、黄昏を背負って俺の前を歩く二人の少女の手が――世界の境界を越えて、繋がっているように見えた。

 

 その光景があまりにも綺麗だったからか、俺の指は半ば無意識にシャッターへ触れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。