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ゴスペル・コミュニケイト  作者: えんじゅ
前章――A.L.I.C.E.起動
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プロローグ

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

 それは、耳を劈いて直に脳髄を爪で弾く様な痛みを伴う、酷く不愉快な音色だったらしい。曰く、エコーがかった金属音、曰く、悪霊に憑かれた貴婦人の断末魔、曰く……黙示録で天使が吹くラッパの音。


 六畳間の仕事部屋兼寝室は、分厚い遮光カーテンのせいで薄暗く、冷房とPCのファンだけが低い唸りを上げている。

 今ではすっかりと「世界終末の音 (アポカリプティック・サウンド)」で定着している怪音現象が、世界各地で同時に鳴り響いた……その記念すべき一度目は、ちょうど一週間前になる。

 海を越えて様々な憶測が飛び交っているが、確かな音の発信源や原因はいまだ世間に明かされていない。

 そして「世界終末の音」が鳴り終わると、決まって何かしらの怪奇現象が露わになった。

 たとえば、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスの幽霊騒動。たとえば、テンプル教会周辺での大量血痕。たとえば、私の住まう国――日本、鳥海山での虹色流星などだ。

 これらの都市伝説紛いの証言はどこまで信憑性があるか分からない。ネット上ではネス湖のネッシーがウィンダミア湖へ移住したのだとか、ナスカの地上絵に歪な双子が追加された(これはイーグルマップ機能で確認できたが、結局はネット越しの風景であり、どこまで信用できるか眉唾ものだというのが私個人の感想だ。まぁ、イーグル社ほどの大手企業を疑えば、それこそ陰謀論に発展してしまうので、あまり考慮したくはない)のだとか、選り好みできるぐらいに数多くの噂が蔓延している。

 そのような霧中で私が掴んだ――ひときわ興味を引かれた――のは、モスクワの北西に位置する小さな村から発信されている電波音の垂れ流し放送に起きた怪奇現象であった。

 世界終末の音が確認された時刻から僅か一分未満でそれまでの放送がぶつ切りに途絶え、直後、幼い女の子らしき声が幾つかの単語をおよそ七分間にわたり、淡々と繰り返し呟いていたとされている。


 これはどこかの物好きが動画投稿サイトにアップロードしており、私は件の動画を携帯端末「クロスフォン」で聞きながら、キーボードで単語を追いかけていた。

 再生回数は四桁の域を抜け出せていない。正直、もう少し危機感を覚えて欲しくもある。

 一方ですんなりと割り切れる自分もいた。人は……己の身に危険が迫りでもしなければ、自分の日常が脅かされるまでは、わりと無関心でいられるものだ。

 再生が終わると、テキストエディタの画面上に並んだ単語を一つ一つ読み上げてみる。


――mage(メイジ)dragoon(ドラグーン)witch(ウィッチ)phantom(ファントム)dollmaster(ドールマスター)vampire(ヴァンパイア)alice(アリス)


「まるで童話、いえ、私にしてみればゲームの用語みたいね」


 オンラインゲームの開発に携わっていた経歴のある私からすれば、どれも馴染み深い言葉だ。英単語もすらすらと浮かぶ。

 なんとなく自身の感性を信じるとすれば、アリスだけが……どうも外れている気がする。

 その違和感を的確に説明できる言葉を探していた所、動画再生を終えたまま放置されていたクロスフォンの画面が自動的に切り替わった。着信画面だ。


「応答して」


 音声認識でクロスフォンが通話を繋いでくれる。また、スピーカー付近に内蔵されたセンサーが私との距離を識別して、スピーカーモードへ移行していく。


(みさき)朝日(あさひ)か?』


 酷く無愛想な声だった。別に何かを期待している訳でもないから、私も同じように、感情を閉ざした声で答える。


「そうね、貴方の知っている岬朝日よ。どうかしら? ティアちゃんとの海外旅行、楽しめてる?」

『それよりもだ』

 と、彼はこちらの配慮を全力でスルーして、先を続けた。

『あんたの指示通り……テンプル教会を見てきた』

「成果は?」

 彼等をロンドンへ飛ばしたのは私だ。目的はもちろん「世界終末の音」に関係している。

 テンプル教会といえば、数年前に一大センセーションをまき起こしたミステリー小説が記憶に新しい。

 どうやらその影響でファンが殺到し、警備体制が組み直されたらしいが、その最中での大量血痕騒動だ。現地の住民も複雑な心境だろう。

『情報通りだ。石壁に二か所、悪戯書きが確認できた。どうやら教会内部の騎士甲冑にもあったらしいが、そっちは立ち入れなかった』

 そうなのだ、血痕騒動で埋もれ気味だが、ほぼ同時期にテンプル教会で悪戯書きが発見されていたことが情報収集の過程で判明している。

「それで?」

『人目が憚られて、カメラもストリートビューも使えなかったが、あんたらの国の言葉だったよ』

「日本語だったの?」

『あぁ、日本語だった。どうやら現地の警察は観光客の悪戯書きだと判断してるみたいだ』

「そう……で、なんて書かれていたわけ?」

 そこで通話先の青年は、彼にしては珍しく声の調子を一段階落として言った。


『悪夢スイッチに騙されるな』


「……悪夢スイッチ?」

『書体も大きさも似ていた。たぶん、同一人物だ……聞き覚えは?』

「……ないわね。本当にそれだけ?」

『それだけだ。吸血鬼の目撃情報もあまり芳しくない』

「そう……悪かったわね。ありがと、すぐに戻らなくてもいいから、たまにはティアちゃんとゆっくり遊んできなさい」

『大丈夫か?』

「大丈夫よ。こっちはこっちでツテを探すわ」

 と強がってみても、すぐには誰も思い浮かばなかった。

『意識不明者は増えているのか?』

「みたいね。規模としてはまだ軽視されてる段階のようだけど……きっと時間の問題だわ」

『まだまだ鳴ると思うか?』

「鳴るわね……間違いなく。とにかく、まだ手懸かりが少ないのよ。あぁ、それと、あとでメールで送るけど、メイジって名前、覚えてるわよね?」

『……どうしてそれが今になって出てくる?』

 あからさまに相手の声が上擦った。

「いえ、偶然だと思うけど……ちょっとね」

『ちょっと、か。岬朝日、あまり無茶はするなよ』 

「もうすこし声に感情を込めて貰わないと嬉しくないわね。それに、その言葉……そっくりそのまま貴方に返すわ」

『悪かったな』

「もう切るわよ」

『あぁ』


 そっとクロスフォンに触れて通話を切ると、そのままマウスを指で弾いて、暗転していた液晶画面に明かりを灯す。

 無言でさっきの単語達を眺めていると、数年前の出来事がまるで昨日のように思い起こされていく。

 

witch(ウィッチ)……か」 


 私は魔女の存在を認めない。そのスタンスはきっと昔も今もこれからも変わらないだろう。

 

 長い間、液晶と睨めっこしていた両目を労わるように、眼鏡を外して目頭を揉んでいると――私にとって二度目となる、世界終末を告げる音がどこからともなく鳴り響いた。



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