走り続けて32周
眩しすぎる太陽と、その熱で温度の上がった地面に挟まれた校庭で、走り始めてそろそろ……30分が経つ。教師の姿はどこにも見えない。
「暑……っ」
「おい、今何月だ」
「7月だよ、今日からね」
「……夏じゃねぇか!」
「暑さは今日に始まったことじゃないけどね」
走り続けて尚、ずっとペースを崩さずにいるのは、多分僕たち二人と、陸上部の面々だけだろう。僕も友人も、他のクラスメイトのように歩いてしまっても良かったのだけれど、走っているうちに、「先に立ち止まったほうが負け」という気持ちが湧いてきて、二人して謎の張り合いを見せていた。みんみん蝉とあぶら蝉の合唱を体中で聞きながら、校庭に引かれた白線に沿って足を動かす。あぁ、それにしても暑い。なんなんだよ、夏。
「梅雨が明けたと思ったらすぐにこれだもんなぁ」
「ね……まぁ、梅雨時よりは、今の方がマシだけど」
「頭痛でぶっ倒れることはないもんな」
「その節は、どうもね」
隣に並んで、同じペースで走りながらも雑談を交える僕らを見て、ふらふらと歩いていたクラスメイトの一人が化物かよ、と呟いたのを、擦れ違いざまに聞く。それは友人にも聞こえたらしく、化物とは失礼な、と一人でくすくす笑っていた。
「俺はれっきとした人間だぜ?」
「僕だってそうだよ」
「というか、化物はさっきから俺たちを5,6回追い抜いて行ってる陸上部員じゃないか」
「同感」
彼の言葉に頷いて、力強く地面を蹴る彼らのうちの一人に目をやる。
「生き生きしてるなぁ……」
「水を得た魚のようだな」
「本当だよ。ここは陸地だけどね」
「諺にケチをつけるなって」
友人がまた笑う。走りながら笑って、苦しくないのだろうか。話すだけでも少し辛いのに。
「……笑ったら脇腹が痛い」
「やっぱりね」
「だが俺は! 笑うのをやめない!」
「なんで!?」
彼が無駄に大きな声を出すものだから、僕もつい声量を上げてしまう。あ、ちょっと息ができない。くそ、謀ったな。
「……あと10分、黙って走ろうか」
「そうしたいのは山々だが……無理だろうな」
「えぇ……」
自信満々に言われて、つい嘆息する。しまった、と思ったときにはもう遅い。
「幸せエスケイプ」
「走ってるついでに捕まえるよ」
「空を飛ぶというのか?」
「あ、幸せって空飛べるんだ?」
「飛べるものだと思ってたぞ」
「なんでもアリだねぇ……」
「それがファンタジーってもんだ」
「いつからそんな話に……」
と、そこで、ホイッスルの音が辺りに響く。音の発生源……校舎の方に視線を移すと、いつの間に戻ってきたのか、体育教師が腕を振り上げて、集合と声を掛けていた。
「引き分け、だね」
「ん? 勝負なんかしてたか?」
「してないけど、してたような気になってた」
「あぁ、俺も同じだな」
額の汗を拭って、友人に挑戦的な笑みを向け、僕は口を開く。
「次は負けないよ」
「俺も、そうやすやすと勝ちを譲る気は無いぜ」
笑い返す友人の肩ごしに見えた空は、とても澄んだ青色をしていた。




