火曜日の女性
Act.3 火曜日の女性
「…ああ、雨が降っている。」
放課後、帰ろうとした秀司は雨が降っている事に気付いた。
「成月君。
よかったら一緒に帰らない?」
自分を呼ぶ声に視線を落とし、苦笑する。
紗英が傘を差し出し一緒に帰る事を促している。
その様子に淡く微笑み、やんわりと断った。
秀司の態度に紗英の頬に一気に朱が走る。
まさか、自分の申し出を断るとは思わなかったんであろう…。
今にも怒りだしそうな紗英に秀司は微笑みながら、こういった。
「今から迎えが来るから…」
その言葉に、昨日の秀司と志穂の様子を思い出し、紗英は真っ赤になりながら言葉を紡ぐ。
「ま、また、昨日のオバンが来るの?」
紗英の言葉に一瞬、表情を曇らせ、ふううと息をつきながら答えた。
「志穂さんに対して失礼な言葉は控えてくれないかな?」
いつも穏やかに話す秀司の声が厳しいのに紗英は身体をぴくりとさせ、強張らせた。
2人の間に張りつめた空気を打ち破ったのは、智流の呼びかけであった。
「秀司、どうしたんだ?
まだ、帰らないのか?」
智流の声に目を細め、柔らかく答える。
「この雨に気付いて、あの方が迎えに来ると思うから、待っているんだ…」と言う秀司の目が慈愛に満ちている。
その表情に紗英を唇を噛み締め、ぎゅっと拳を握る。
(どうして、私ではないの!
こんなに成月君が好きなのに、どうしてあんなオバンに心を奪われるのよ!)
考えに一瞬捕われていた紗英が、ぼんやりと目を彷徨わせておると、秀司の前に目の覚める様に綺麗な女性が突っ立っていた。
豊満な胸に、細い腰つき、匂いたつ様な色気を醸し出している、そう、花にたとえるとまるでカトレアの様に華やかな美人…。
秀司の横に立ち、雨で少し濡れている髪にハンカチを宛てがい甲斐甲斐しく世話をする様を見て、昨日、智流が言う婚約者の一人である事を知った。
(ま、また、女が来た…。
な、何、あの色気の塊の様な女は!
成月君に触らないでよ、年増が!)
心の中で散々悪態をつきながらも、2人の甘い雰囲気に目を逸らす事が出来ない。
そんな紗英の様を智流は哀れむ様に見つめていた…。
「僕に構わず真季子さんがハンカチを使って下さい。
髪が少し濡れている。」
秀司が苦笑を漏らしながら真季子の手を制し、ポケットからハンカチを取り出し拭く仕草に、真季子が目を潤わせ秀司に抱きついた。
「も、もう秀司さんたら、どうしていつも真季子を喜ばす事しかしないの?
真季子は秀司さんの仕草に胸がきゅんとして、ドキドキと鳴りっぱなしよ!」
「真季子さん…。
僕も貴方に何時も心が震え、貴女に捕われていますよ。」
そういってやんわりと真季子の身体を離し、視線を合わせる。
自分を見つめる秀司の目に吸い込まれそうになり、真季子は自然と目を瞑る。
啄む様に唇が触れ、真季子の唇の感触を楽しむかの様な秀司の唇を真季子は強引に自分から奪った。
一瞬、真季子の情熱的な様に目を見開き、そして秀司は自分からも深く唇を奪う。
2人の濃厚なラヴシーンに紗英は腰が抜けそうになり隣にいる智流に縋りながら、唇を震わせ、血を吐く様に言葉を出す。
目を血走りながら自分に問いかける紗英に、智流は溜息を吐きながら返答した。
「ああ、秀司といちゃついている女性?
更科真季子さんと言って、更科グループの会長さんの妹さんだよ。」
しれっと言う智流の言葉に紗英は身体の血の気が一気に無くなった。
「さ、更科グループって、あの全国に百貨店を持つ、あの!」
「そうだよ」
「会長の妹って、あの女、一体、年が幾つなのよ!
な、何、あの細い腰に張りのある胸に皺一つない顔は!
どう見ても20代としか見えない…!
昨日の女といい、ば、化けもんよ!」
紗英の言葉に智流は感じ入る様に頷く。
「まあ、確かに年齢不詳の美女だよね…。」
しみじみ言葉をはく智流に紗英が捲し立てながら智流に言葉を紡いだ。
「だ、騙されているのよ、成月君は。
あんな大人の女が本気な訳、無いじゃない!
12歳の中学生に…」と言葉を紡ごうとした紗英はようやく長いキスを終えた2人の会話に絶句した。
「ねえ、秀司さん。
今日、どんな風に夜を過ごします?
私、秀司さんに沢山、愛されたいの…」
目を更に潤ませ、秀司の頚に腕を絡ませる真季子に、秀司が艶やかな声で囁いた。
「僕が貴女をどんなに愛しているか、知りたいんですね?」
耳朶を翳める秀司の囁きに真季子は頬を染め目を伏せながら、頷く。
そんな真季子の可愛らしい姿に秀司は微笑み、言葉を続けた。
「貴女に僕の愛の深さを教えて差し上げます」
秀司の言葉に、真季子の頬が更に赤くなった。
2人の濃厚な会話に紗英は完全に腰が砕け意識を手放した…。
「…ねえ、秀司さん?
真季子ね、今、とても幸せなの。」
秀司の背後から腕を絡ませ、耳元で甘く囁く。
そんな真季子に秀司は真季子の髪を優しく梳いた。
「こんなに深く秀司さんに愛され、女の悦びを貴方に教えられて、真季子は生きていて本当に良かったと思っている。
私ね。
涼司さんが亡くなった時、自殺を図ったの。
だけど、後を追う事が出来なかった…。
あの日から真季子は、涼司さんの元に何時行く事が出来るか、毎日、その日を待ち望み数えていたわ。
でもね、今、思うの。
あの時死ねなかったのは、涼司さんが制したんだと。
秀司さん…、貴方と出会い愛し合う事を涼司さんは知っていたのよ。」
秀司の頬に真季子の涙が翳める。
止めど無く涙を流す真季子の腕を掴み、自分の前に身体を寄せる。
頬に手を添えながら秀司は溢れる涙に唇で拭う。
「真季子さん…。
僕が貴女をどんなに深く愛しているか、お判りですよね?
僕は貴女の心を奪った祖父に嫉妬しましたよ。
貴女の心を完全に僕のモノにする事が出来ない。
僕は所詮、あの人の代理としか貴女に思われていないと何時も考えに捕われていた。」
何時も穏やかな秀司が苦渋に満ちた表情で自分を見つめる。
真季子は秀司の様子に心が張りつめ秀司を抱きしめた。
「確かに涼司さんは私にとって全てだった…。
でも今は違う…。
私は、秀司さん。
貴方だけを愛しているの!
貴方の愛がもっと欲しい!
私を貴方で満たして…。
もっともっと、深く私を愛して…!」
嗚咽を零し泣き叫ぶ真季子を強く抱きしめ、秀司は真季子の唇を奪った。
自分を求める秀司に真季子は、秀司の頭を抱きしめ身を任せた…。
何時の間にか雨が止んでいる。
聞こえなくなった雨音に、私の心に降り注がれていた雨もいつの間にか止んでいる、と真季子は秀司に愛されながら、そう思った…。




