パーフェクト・ゲーム
『…決めた!完全試合をやる!!』
彼の一言で笑い声が上がる。彼の名前は赤沢 翔太野球部のエースピッチャーである。
エースとは名ばかりか、部員は総員二十一人、三年生が十一人、一・二年生合わせて十人。部員はまともに練習もせず、試合では一度も勝った事がなかった。
後輩はメガホンで応援しかできない。どんなに実力があっても先輩優先なのだ。
そのため、後輩もやる気がなく、チーム全体が駄目になっていた。
しかも今日の試合は強豪、南大中学校とやるのだ。敗北は決まった様なものだ。
『無理無理…お前ができるもんか』
キャッチャーである吉木 大吾が言った。
本来バッテリーはお互いが信頼しあうものだが、あいにく我がチームに希望だの夢という言葉はない。
『やる…。今日はやる!』
笑い声など気にしないで翔太は大きな夢を抱いた。
何故か、俺は笑う事ができなかった。
そして試合が始まった。俺達は先攻だ。しかし、あっさり三者凡退。
そして攻守が入れ代わり守りにつく。
翔太はやけに自信かありそうに小さいけど、高いマウンドにのぼった。
『見てろ!南大!!お前達に完全試合をやってやる!』
大声をあげた翔太。
「なめるなよ、できるわけねぇだろ!」
「できるものならやってみやがれ!」
次々と罵声が飛んでくる。周りのギャラリー全員が敵になっていた。
俺だって…できないと思うぜ…?完全試合なんてピッチャーなら誰でも一度は夢見るんだ。
でも、すぐに現実に引き戻される…この俺がそうだった様に。
…でもな、俺達に翔太を馬鹿にする権利はない。人を馬鹿にするって事は、そいつよりも自分の方が優れているって事だろ?
夢すら見れない俺達が、必死で夢を追う奴の邪魔はしちゃいけないんだ。
南大中のトップバッターが打席に入る。
「フッ…やけに自信ありそうだな…そういうのを自信過剰って言うんだぜ?」
『自信過剰…?じゃあ、自分に自信を持っちゃいけないとでも言うのかい?』
その通りだ翔太!俺達に足りないのは自信だ!!やっと気付いたぜ。
『ストライーク!バッターアウト!チェンジ』
…え?三者三振??
ざわめくグラウンド。
あの翔太が?
南大中はあきらかに動揺している。…チャンスだ!
俺は四番バッターの為、この回の先頭打者だった。
完全試合は翔太一人じゃ駄目だ。チームで一丸とならなきゃ…。
『予告…ホームラン予告だ!』
俺はバットを高々とかかげた。
「弱小チームが…なめるなよ!」
しめた!挑発にのって肩に力が入れば球に重みがなくなる。それにたいていはストレートだ。
俺は真ん中高めの棒球を力いっぱい打った。
〈カッキーーーン〉
ボールを場外まで運ぶ大ホームラン!
このホームランには意味がある。
どうやら早速効いたみたいだな。
『…おい、勝つぞ』
『…あぁ、点を取ったのなんか久しぶりだしな』
『…翔太、次の回からは打たせろよ。絶対守るからな』
俺のホームランでチームがまとまったのだ。
一人のエラーが夢を砕いてしまう事を胸に刻んで…守ってみせるから…信じて投げろよ、翔太。
誰かがもしエラーをしたら…
『今までができすぎた』
なんて笑って涙をごまかすだろ?
そういうのを見たくもないから俺達は必死で守るんだ。
周りを見てみろよ…翔太には前にも後ろにも仲間がいるじゃねぇか…。
決めろ…みんなで決めてやろうぜ…完全試合を!!
「おい、打てよ!こんなチーム相手に完全試合なんて冗談じゃねぇぞ」
南大中のベンチでは仲間割れがおきている。
気がつけばスコアは0で埋まっていた。
そして…夢はまだ続いていた。
笑い声が応援に変わる頃、残る打者はあと三人になっていた。この回を守れば一対0で勝利…完全試合である。
最後の守りに入る時、すでに翔太は限界だった。
なんでだよ…
あんなにボロボロなのに
手足が震えてるのに
なんで…そんなに嬉しそうな顔なんだよ!!
エラーなんか許されない。
『最終回だ!!しまって行くぞー!!』
自ら望んだ夢や希望を
自らおかしいと笑う奴らよ…!
翔太を見ていてくれ!
なんか心が熱くないか?
それがみんなのウイニングボールなんだ。
赤いメガホンが宙に舞う頃には…誰も彼を笑えなくなっていた。