運命
「私があんたの運命を……?」
「はい。あくまでも私の推測ですが。」
綾希はふむ、と考え込む。一体この死神の何をどう変えたというのだろうか。見た所何一つ変わっていない。
「もう少し詳しく聞かせてよ。」
考えるのが面倒になった綾希は死神に解答を求めようとする。
「私……日野桜は死ぬはずの人間でした。これは運命です。しかし、綾希さんと関わったことで日野桜の行動に遅れが生じた。結果、日野桜が渡る前に橋は崩れた。」
「……成る程。」
これは綾希にも何となく理解できた。
「つまり、あたしが桜ちゃんを救った。で、その桜ちゃんはあんた。そういうこと?」
思い切りかい摘まんで言うと死神は大きく頷いた。綾希は心の中で唸り声をあげた。理論的にはわかるがどうにも信じ難い。死神が日野桜と名乗ったことだってまだ完全に信じ切れた訳ではない。しかしあの時計を持っているあたり信じなくてはいけないようだ。
「てかさ、」
綾希は腕を組んで死神に問い掛ける。
「運命変えたんだったら私、帰れるんじゃないの?なんで逆にあんたがこっちに来てるのさ?」
「それは……。」
死神が口ごもる。綾希は何か勝ったような気持ちになった。しかし自分で言って不安になってきた。現代に帰ることが出来ていないのは結局何も変わっていないということではないだろうか。
「あ……。」
そのとき死神が小さな声を漏らす。理由はすぐにわかった。真っ暗だったあたりがだんだんと夕日のような色に染まっていく。
「夜明けだ……。」
綾希はただそれに魅入っている。だがすぐに我に帰り焦りだす。
「夜が明けたってことは、期限時刻が迫って……死神!?」
綾希は言葉を中断し死神を凝視した。気のせいではない。死神が少しずつ薄く、透けていっているようなのだ。ひどく慌てる綾希とは対照的に死神は落ち着いていた。
「おそらく、運命が変わったことによる結果が出たのでしょう。」
薄くなっていくことに比例して声まで聞き取りにくくなっているような気がする。
「結果って……あんたが死ぬってこと!?」
「さあ、わかりません。そうかもしれないし、死神でなくなるのかも、はたまた現代に戻るだけということも考えられますね。」
冷静に考えている場合なのだろうか。死への恐怖を知っている綾希は自分のことのように動揺した。死神はそんな綾希に淡々と話す。
「私は死というものはよく知りません。川で死んだということは覚えていますが、死ぬ直前やその後のことはわかりませんでしたから。だからたとえ死ぬという結果でも、私は怖くないし全然構わないのですよ。」
「でも……!!」
綾希が更に何かを言おうとしたとき、死神は何かを思い出したように小さく声を漏らした。
「そういえば、私が死んだ日は満月の日でした。」
今思い出しましたが、とつけ加える。それがどうしたのかという顔をする綾希に死神は微笑む。
「何ということはないんですよ。ただ、満月の夜に死んだ人間が死神になるのかもしれないな、と。」
こんなときに何を呑気な、と綾希は呆れた。
「満月の度に死神になってたら世界は死神だらけになるんじゃないの?」
「そう言われたらそうですけど……。もしかしたらほかにも条件があって、その一つがそれなのかもしれないじゃないですか。」
綾希はふうん、と気のない返事をする。死神はまた一段と薄くなった。
「あ、見て下さい。」
薄くなっている張本人の死神は呑気に空を指差した。綾希はその方向に顔を向ける。
「白い月。」
そこには白く薄い月が見えた。もうまわりはすっかり明るい。
「私、月を見るのが好きなんですがその中でもあの月が特に好きなんです。なんだか、神秘的でしょう?」
「曲がりなりにも神であるあんたが神秘的とか言っていいわけ?」
「いいんです。神といっても死神ですし。奇跡をおこせたりするわけではないんですから。」
死神につられてだんだんと綾希も冷静でいられるようになってきた。しかし死神は更に薄くなる。
「そろそろお別れかもしれません。」
死神がぽつりと呟く。
「直に綾希さんにも何らかの結果が出るでしょう。私とあなたの死という絆はどのように形を変えるのか……。そして私の運命はどう変わったのか。今まで死神として生きてきて楽しいこと、逆に悲しいことも得にありませんでした。でも、」
そう言いかけて死神は綾希の顔をじっと見て、笑いかける。初めて見たような、優しい笑顔だった。
「一つ楽しみが出来ました。」
そう言って死神は消えてしまった。