外国製の形見
少し歩くとこの辺りではほとんどお目にかかれない街頭がぽつんと見えた。
「桜ちゃん、あっちに行こうか。」
桜に声をかけると、手の中の時計を大事そうに眺めながら歩いているのが目に入った。あんなに高い木に登ってまで取りに行ったぐらいなのだから当然だろうがそのせいで足元が不確かで危なっかしい。そういえば一体どんな時計なのだろうか。
「ねえ、桜ちゃん。ちょっとその時計見せてくれない?」
理由は単純に気になっただけだ。この数時間の間でもそれなりの信頼関係は築けたようで桜は快く見せてくれた。綾希の手に小さな時計が置かれる。時計は銀の懐中時計だった。
「アンティークかな?凝った装飾…。」
綾希はしばらく時計を眺めたあと、あることに気づき時計をもう一度見た。
「これ……。」
桜から渡された時計は既に見たことのあるものだった。見たのは、数時間前。そう、死神が時間を戻すときに使ったものとそっくり同じものだった。一体どういうことなのか。どこにでもあるようなデザインには見えない。綾希は注意深く時計の蓋を開けた。文字盤にはきちんとローマ数字が打たれていて、死神の持っていた時計と唯一異なっている部分だった。綾希は少し針を動かしてみたが死神のときのように時が戻る様子もない。
「お姉ちゃん、早くー。」
綾希が時計を食い入るように見つめていると、数メートル先にいる桜から声がかかった。どうやら足が止まってしまっていたようだ。綾希は時計を右手に握って桜のところまで小走りで行った。
「それ、桜の宝物なの。」
綾希の手に握りしめられている時計に気がついた桜が自慢げに言う。
「桜ちゃん、コレってどこで手に入れたの?」
とりあえず聞いてみる。
「パパからもらったんだよ。」
「そうじゃなくて…。パパがどこで買ったのか、とかわからない?」
聞いてみたが特に答えに期待をしてはいない。わからないだろう。桜もうーん、と唸っている。
「変なこと聞いてゴメンね。もういいよ。」
綾希は桜に声をかけて歩き出す。しかし桜がついて来る気配がない。振り返ると桜は立ち止まって視線をさ迷わせていた。綾希は少し面倒臭そうにため息をついた後、桜のもとに駆け寄る。
「桜ちゃん……。」
行こう、と綾希が言おうとしたときに桜があっと何かを思い出したように声を出した。
「パパが外国の物って言ってた!」
「外国……?」
綾希はもう一度時計をじっと見つめる。
「お金払って作ってもらったんだって。だから世界に一つだけだ、って。」
なるほど、オーダーメードか。確かに市販ではこんな上品な細工の時計ははなかなか手に入らないだろう。しかし一つひっかかるものがある。世界に一つだけ、というところだ。文字盤こそ違いものの、ほぼ同じ装飾のものを見てしまっている。
「どうしてだろう……。」
綾希は時計を裏返したり装飾をなぞってみたりしながら呟いた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
桜が不思議そうに見上げてくる。
「なんでもないよ、ありがとう。」
綾希は桜に時計を返す。桜は嬉しそうにそれを受け取り走り出す。
「桜ちゃん?」
それを止めるように綾希が呼ぶ。
「ここの道知ってるよ。こっち。」
桜が少し遠目から早くと言って手を振る。そしてまた走り出す。
「まったく……。」
どうして子供というのは、と少しいらつきながら早歩きで後を追った。随分離れてしまい焦っていると桜が再び走って戻って来た。
「どうしたの?」
まさかまた時計を落としでもしたのではないだろうな。
「お姉ちゃん、大変だよ。早く来て!」
桜が綾希の手を引っ張る。綾希は状況もよくわからないまま半強制的に走る。こちらは疲れているというのに。一体何が危険だというのか。
「ほら。」
走ったのは少しだった。綾希はだるい足を気にしながら桜の指差した方向を見た。
「……わあ。」
綾希はその方向を見て呆然とした。なぜ今日はこんなにも色々なことが起こるのか。先ほど通った橋が壊れていた。橋を見つめている桜と言葉を失った綾希。何事もなかったかのような川の流れる音だけが静かに聞こえていた。