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白い月  作者: 佐久間 迅
32/42

本当は、

希は頭を抱え、子供は面倒臭いなんて思っていた。自分が勝手に落ちたとは言え、ずぶ濡れになってまで桜を探した挙げ句に本人は帰ろうとはしない。もういっそのこと、置いて帰ろうとも思ったくらいだ。いくら夏場でも水に浸かったせいでひんやりと肌寒く、髪やら服が張り付いてきてさらに不快感を煽る。しかし、ここまで来て桜一人を置いて帰る訳にもいかない。

「どうして帰りたくないの?」

仕方なく綾希は聞いてみた。すると桜は少し俯いた。そして小声でぼそりと呟いた。

「宝物、なくしちゃったの。」

「宝物?」

意外な答えに綾希は面食らった。綾希はてっきり父を探しに行ったのだと思っていたからだ。桜は宝物といったきりまた下を向いてしまった。

「宝物って何?」

綾希は続きを聞こうとするが、桜が話し出す様子はない。話さない、と言うよりさなんと言ったらいいのか考えているようだった。そんな説明が難しい宝物とは一体どんな物なのだろうかと綾希が考えているとようやく桜が口を開いた。

「パパから貰った時計。どっかに落としちゃったの。」

パパから、という言葉が綾希の胸に重々しく響いた。見ると、桜は泣き出してしまいそうな顔をしていた。

「桜は、パパとは、もう会えない、から、パパから貰ったものは、大事にしないと、いけないんだよ。」

泣かないように堪えていたのか、桜は一言一言を噛み締めるように話した。

「パパは、死んじゃったんだよね?帰って、来ないんだよね?」

まるでそれは自分に言い聞かせるような口調だった。綾希は通夜のときに桜に腹をたてたことを後悔した。桜は何もわかっていないんじゃなかった。きちんと父の死を理解していた。ただそのときにどう悲しんでいいのかわからなかっただけだったのだ。綾希は桜に何も言えなかった。ただ桜の隣に三角座りをして黙っていた。しかしそこで一つの疑問が綾希の頭に浮かんだ。

「ねぇ、桜…ちゃん。どうしてこんなところまで時計を探しに来たの?」

ここは木々が茂っていて川もあり、少々危険な場所だ。そんな所にこんな小さな子が来て、時計を落としていくケースは考えにくい。桜は叱られたときのように下を向いたまま話した。

「昔、パパが釣りに連れていってくれたの。パパ、嫌なことがあったらここに来るって言ってた。だから、桜も…」

嫌なことか、と綾希は思った。人が死んだときにやることではないような気がしたが、相手はまだ幼い子供。未だにうなだれるように下を向く桜を綾希は責めるに責められなかった。そしてそんな桜を見て少し胸が痛んだ。相手が子供だったからなのか、ほかに家族がいなかったからなのか理由はわからない。普段、手のこんだドラマだろうがドキュメンタリーだろうが全く共感しない綾希にとっては不可解だった。しかしこうなってしまった以上どうしようもない。綾希は心底嫌そうにため息をついた。

「桜ちゃん、その時計はどんなの?」

綾希が聞いてみると桜はきょとんとした目でこちらを見てきた。綾希は依然として張り付いてくる服を気にしながら立ち上がった。そして桜を見て言った。

「一緒に時計、探そうか。」


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