お人よしと想い人
梓の家を出たは良いものの、綾希はどこへ向かえばいいか迷っていた。あのまま梓と一緒に寝てしまえば期限時刻まであっという間だ。それを避けるため綾希はそっと家を抜け出して来た。何か運命を変えないと、そう思うのだが具体的なことが思い浮かばない。夜道の中綾希はうろうろと歩き回りながら何をすれば良いのか考えていた。
「あの。」
そんなとき急に誰かに話し掛けられた。時間が時間なので少し警戒ぎみに振り向く。立っていたのは同い年くらいの少年だった。背は割と高く眼鏡をかけている。
「三浦さん、こんな時間にどうしたの?」
三浦?と綾希は一瞬疑問に思ったが自分は梓と顔がそっくりだったことを思い出す。
「私、梓じゃないんだけど。」
そう言ってやると少年はひどく驚いた顔をしていた。まあ無理もない。
「でも……」
少年は納得できていないようだ。
「梓なら家で寝てるよ。私は泊めてもらってたの。別に冗談で言ってるわけでも生き別れなわけでもないよ。」
親子なんだから。少年は綾希をじっと見たあと、似ている人っているもんだねえと感心したように笑った。
「で、何でこんな時間に外に出てるの?」
「家出だったんだけど、やっぱ帰ろうかなって。」
少年はふうんと言っていた。我ながらうまい嘘がつけた。
「あんたは何やってんのさ。」
「僕はお通夜で人手が足りなかったみたいだから手伝いを。今はコンビニに差し入れ買いに行ったばかりだよ。」
ほら、とお菓子やら飲み物やらが入ったレジ袋を見せてきた。
「そういえば、家はこの近く?」
突然少年が聞いてきた。
「何?いきなり。」
「いや夜中だし、この辺りなら送っていこうかと思って……。」
少年が心配そうに言う。この少年はかなりお人よしな人間のようだ。
「別にいい。」
「でも危険だよ。たしかにここはのどかだけど怪しい奴がいないとも限らないしさ。」
また厄介な人間に捕まった。雰囲気がどことなく梓と似ている。だが今回はそちらのペースに呑まれる訳にはいかない。
「家は遠いし電車で帰るから平気。」
綾希はなんとか嘘を考え出す。
「この時間は走ってないんじゃないかな。」
「じゃあバス。」
「……も走ってないと思うよ。」
「深夜バスとかあるでしょ。」
そうかなぁ、と少年はまだ少し渋っている。そこである考えが浮かんだ。
「あんたって梓の知り合い?」
「う、うん。」
唐突な質問に驚いた後、少年は顔を赤くした。それを見た綾希は試しに少年に聞いてみた。
「梓のこと好きなの?」
「えっ……!?あの、えっと……」
予想以上の反応に吹き出しながら綾希は確信した。目の前の少年は間違いなく梓を好いている。
「まあいいや。頼みたいことがあるんだけど。」
「頼みたいこと?」
まだ少年の顔の赤みは引かない。
「そういえば、名前なんていうの?」
もののついでに綾希は聞いてみた。
「僕は、」
その瞬間、桜と会ったときのような懐かしさを覚えた。
「僕は北上 直紀だよ。」