友達の家
「具合が悪くなった?」
梓が煮物を口に運びながら聞いてくる。現在、夕飯中である。そして綾希はさきほど裏門の辺りにいた理由を聞かれていた。
「昼過ぎのことといい、あやってもしかして体悪いの?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
気まずそうに綾希は焼き魚に箸を入れる。ちなみに祥子はというと通夜の手伝いをすると言っていましがた家を出たところだ。
「一緒に居た子って日野さんの子だよね?」
綾希の頭に桜の顔が浮かんだ。
「そうだと思う。」
「落ち込んでた?」
そこで綾希は言葉に詰まった。特に悲しんでいる様子はなかった。が、父の帰りを待つといったときの桜はどことなく寂しそうだった。あれはもしかすると父に起こったことをわかっていたからではないだろうか。
「……桜?」
急に黙り込んだ綾希を梓は不思議そうに見た。
「あ、ゴメン。桜ちゃんは落ち込んでなかったよ。」
梓はそっか、とまた煮物を摘んだ。箸の使い方がやたら上手い。
「まあ、どっちにしろ私達には何もできないよね。あのおばさんがうまくやってくれるといいけど。」
綾希は偉そうな言い方だと思ったが、それは桜を想ってのことで悪気はないだろうとわかっていたので何も言わないでおいた。
「ごちそうさま。」
梓が食器を片付けにキッチンへ行った。
「お風呂、先に入っていいよ。」
梓は皿を洗い出した。
「気を使わないでいいよ。泊めてもらうんだし、皿洗いは私がやる。」
「いいって。お客さんにそんなことさせられないよ。」
「そっか。ありがとう。」
綾希は少し申し訳ないと思いながら風呂へ向かった。
「布団これでいいかな?ちょっと狭いんだけど…」
現在の時刻は十一時。梓も風呂へ入り就寝の準備に取り掛かっていた。
「十分だよ。」
綾希は受けとった枕を丁度良い位置に置く。
「んじゃ、電気消すよ。」
梓がそう言うと部屋の中が一気に暗くなった。
「梓、明日は学校?」
「ううん。まだ夏休みだし。」
「でも制服着てたじゃん。」
「部活だよ、部活。」
「何部?」
「バスケ。」
「強いの?」
「一応、レギュラー。」
「チーム自体は?」
「多分、弱小。」
「ダメじゃん。」
暗闇の中、声だけが聞こえる。なんだか友達の家に泊まりに来たような気分だ。綾希は不思議な心地よさを感じていた。数十年経っても結局は何も変わっていないのかもしれない。現に、二人は今こうして同じ目線で話を通じ合わせている。
「ねぇ、梓。」
綾希は呼び掛けてみたが返事はない。
「梓?」
もう一度呼んだが綾希の声は空を切っただけだった。どうやら寝てしまったらしい。梓の顔を覗き込んで完全に寝たと確認すると綾希は布団から起き上がった。そして梓に借りたジャージからもともと着ていた自分の服に着替える。そのままそっと部屋の扉を開けて一階に降りた。この家の鍵はないから玄関から出る訳にもいかない。どうしたものか、と借りた靴を持ってウロウロしていると庭が目に入った。綾希は外に出られる小さな窓を探しそこから庭へ出た。
そしてそのまま家の外へ出る。そこで綾希は何かを思い出したように一度家の方を振り返った。そして軽く頭を下げる。
「ありがとう。」
そう呟いて綾希は夜空の下へ駆け出した。