喪服の少女
誰かが肩を叩く感触がした。綾希は慌てて振り返る。
「こんばんは。」
後ろには四つか五つくらいの小さな女の子が立っていた。女の子は黒いワンピースを着ている。この子が日野の家の子だろうか。女の子はつぶらな瞳で綾希を見つめている。人形のようなかわいらしい女の子だ。だが綾希は何故か一瞬怖くなった。暗くなってきたからなのか、その子が喪服のようなものを着ているからなのか綾希自身にも分からなかった。
「こんばんは。」
考え込む綾希に女の子はもう一度言った。聞こえていないと思ったのかもしれない。
「あ…こんばんは。」
綾希は動揺しながらも答える。ところで目の前の子が日野の子で間違いないのなら、ここにいていいのだろうか。
「ねえ、名前教えてくれる?」
子供は少し苦手な綾希だができるだけ優しい声で言うよう心がけた。
「名前?」
「うん。」
女の子は少し考えてから言った。
「日野桜。」
やはり日野家の子だ。
「おねーちゃんは?」
「北沢あや。」
「ふうん。」
桜はきたざわ、きたざわと繰り返している。その表情はニコニコと楽しそうだった。
「桜、ちゃん。」
「なーに?」
「ここに居ていいの?」
桜は言った意味が分からなかったようでじっと綾希を見ていた。
「お通夜の途中じゃないの?」
だんだんとつのっていくイライラを抑えながら聞いていく。
「お通夜?」
「………」
一瞬、怒鳴ってしまいそうになった。何もわかっていないこともそうだが、間といい笑顔といい何か気に入らない。しかし相手は子供。綾希はぐっと堪えるしかなかった。
「勝手に外に出て、みんな心配するんじゃないの?」
「うーん…」
通じたのだろうか、分からないのか桜は首をかしげた。
「だってつまらないんだよ。ずーっと家の中でおじさんとかおばさんに挨拶したり。沢野のおばさん、いつも絵本読んでくれるのに今日は泣いてばっかりいるの。」
そりゃそうだと言ってやりたくなる。本当にこの子は父の死をわかっていないのだ。
「桜ちゃんいくつ?」
「四つだよー」
これくらいの年なら仕方ないことなのだろうか。自分はどうだったろう。
「お家に来た人がね、みんな桜を見てカワイソウって言うの。泣いてた人もいる。桜、カワイソウなの?」
綾希は何と答えていいか分からなかった。言葉を必死で考えていると急に桜の笑顔がなくなった。
「パパが帰って来ないの。」
「え…?」
お家にいろんな人が来たけどパパが全然帰って来ないの。沢野のおばさんに聞いても何も言ってくれなかったの。」
おそらく泣いて何も言えなかったのだろう。
「それでね、お外でパパ待ってようと思ったの。パパきっとお仕事が忙しいんだよ。」
パパはかいしゃいん、なの。と桜が言った。
「そいでお外に出たらね、綾希お姉ちゃんがいたの。」
えへへ、と笑って桜が綾希の隣に座る。
「パパまだかなー」
高く幼い声がすっかり暗くなった夜空に響いている。