父子
「日野さん家だ。」
梓が家を見て言った。
「知り合いなの?」
「知り合いっていうか…。小さい村とかではお互いみんな知ってるもんなんだよ。珍しそうことでもないよ。」
へえ、と綾希は適当に相槌を打った。
「日野さんってどんな人なの?」
梓はうーん、と少し考える。そして家を指差す。
「見てわかる通り、村では多分一番の金持ち。」
確かに人が集まっているその家は村の中では飛び抜けて豪華だった。ほかの家々とは少し離れたところに建っているその家はちょっとした旧家のようだ。庭には松の木が植えられている。
「あと、」
梓が思い出したように言う。表情が少し曇った。
「あそこ母親居ない。」
父子家庭なんだよー、と言いながら家に向かう。少し声のトーンが低くなっている。
「都会暮らしだったらしいんだけどさ、お母さんが亡くなってこの村に来たみたい。」
そう言っている間に門のところに着いた。
「あぁ梓ちゃん。」
中年の女が梓に気付いた。
「浜岡さん。」
梓が近付いていく。綾希はそれについて行った。
「何かあったんですか?この人だかり…」
「実はねぇここのご主人、亡くなったみたいなのよぉ。」
買い物帰りなのか袋を手に提げていた。割烹着とスリッパに時代を感じる。
「日野さんが?どうして?」
「事故に遭ったらしくて…。」
それを聞いた梓の顔が険しくなる。
「そんな…。日野さんの子供さんはどうなっちゃうんですか?」
「それが一番、心配よね。親戚の人に連絡がつけばいいけど…」
梓は辛そうな顔をしている。綾希のときといい、梓はお人よしな性格なのだろう。綾希はそんな梓に戸惑ったが何と声をかけていいのかわからない。
「沢野さんの取り計らいで今夜にお通夜があるから家の人にも言っておいてくれる?」
沢野というのは、日野家の一番の近所でよく交流があったらしい。
「わかりました。あや、一旦ウチに戻ろう。」
梓が綾希の手を引いてきた。二人は再び家路を歩き出す。いつの間にか梓の口からはハズレのアイスの棒がなくなっていた。帰り道、梓は気分が相当沈んでいるようで何も喋らなかった。辺りは少し暗くなってきている。