死に神の宣告
「こんばんは。」
その少女は静かに微笑んで綾希に歩み寄って来た。そして窓から空を見上げた。
「月が綺麗ですね。」
一言一言が鈴の音のように聞こえる。綾希はそこで我に返った。
「ところであんた誰。」
ベッドから起き上がって尋ねる。少し低い声で言ってみたのだが、少女は動揺することもなく淡々としていた。
「あなたが聞いているのは名前ですか?それとも何者かってこと?」
天然なのかわざと揚げ足を取る様な真似をしているのか定かではないが、綾希は少しいらついた。
「悪いけど、両方教えてくれる?」
綾希の気持ちに気づいてか少女は少し驚いたように一瞬目を見開いたがすぐにまた元の笑顔に戻っていた。そしてそっと口を開いた。
「名前はありません。そして私は死に神です。」
さっきと変わらない笑顔だった。綾希はぞくりと背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
「は?何言って、」
「嘘、じゃないですよ?綾希さん。」
言葉を遮られ固まってしまう。先ほどは綺麗だと思った瞳が今は気味が悪くて仕方ない。綾希はとっさに目を逸らした。そして綾希の中に一つの疑問が浮かんだ。この少女はなぜ自分の名前を知っているのか、と。少女はまた空を眺めている。そこで少女はどこからか一枚の紙を取り出した。そして時計を見てつぶやいた。
「予定時刻は二時二十八分。残り丁度十分。」
紙を見ながら少女は続ける。
「被死者、北上・綾希。高校二年生。年齢は…」
「いい加減にして!」
綾希は声を荒げて怒鳴った。自分でも驚いた程で家族が起きてしまったんじゃないだろうかと少し後悔した。だが少女はピクリとも動かず視線を綾希に移しただけだった。そのとき綾希の苛立ちは最高潮に達した。
「どこで私のこと知ったのかはわからないけど、これは不法侵入!立派の犯罪だよ!それで死に神とかふざけないで。ごっこ遊びは自分の家でやってくれる!?」
少女は目を見開いた。
「何か言ったら。」
綾希は少し乱れた呼吸を整えながら少女を睨みつけた。しかし少女は何も答えることはなく再び窓の方へ目をやった。
「聞いてるの!?」
綾希は思わずカッとなり少女の手を掴んだ。その瞬間言葉を失った。少女の手が驚く程冷たかったのだ。冷え症どころではなく生きている人間の手を掴んでいる気がしなかった。そんな綾希の表情を見た少女はにこりと微笑んだ。そして少女は自分からもう片方の手を綾希の手に添えた。
「冷たい、でしょう?」
綾希は何も言えなかった。
「もう一度言います。私は死に神。そして使命があるからあなたのもとへやって来た。」
そう言うと少女は綾希に近寄ってきた。
「そしてあなたは人間であり被死者。つまり」
少女は綾希の真正面に立ち、こう告げた。
「あなたは、まもなく死ぬ。」
そのとき少女は初めて冷たい表情を見せた。
「残念です。」
少女はポツリと呟いた。その瞬間、綾希は床にしゃがみ込んだ。急に息が苦しくなり、胸を押さえる。家族を呼ぼうにも苦しくて声が出ない。何が起こったのか、綾希には全く分からなかった。「まもなく死ぬ」先ほどの少女の言葉が脳裏をよぎる。本当に彼女は死に神だった。そして死に神は自分に死をもたらしに来たのだ。綾希はさらに息苦しくなるのを感じた。
−私は死ぬ−
そう思った瞬間、急に綾希は怖くなった。死にたくない、そう思っても息はどんどん苦しくなる。助けて、誰か起きて、気づいて…!綾希は力を振り絞り床を叩いた。少女、いや死に神はそんな綾希を表情を何一つ変えず見ていた。
「もう少しゆっくりお話がしたかった。でも、もう時間のようですね。さようなら、北上・綾希さん。」
そう死に神が言った直後、急に呼吸が楽になる。目の前がだんだんとぼやけていく。意識も遠が遠のくのがわかる。最期に視界に映ったのはこちらを見下ろす死に神の姿だった。
「北上・綾希。七月十二日、午前二時二十八分。死亡を確認。」
死に神がそう言うと持っていた紙がスッと消えた。
「さようなら。」
死に神はもう一度言った。
多分、彼女は死んだ。