梓
「上がって上がってー」
少女の家は割と近くにあった。綾希は黒ずんだ靴下を脱いで家に入った。時代的にはそこまで昔には飛ばされていないようだ。
「あ、部屋入ってて。二回に上がって右の部屋だから。お菓子とか探してくるし。」
少女は台所の方へ行った。綾希は一人階段を上がった。少し古いようで昇るとギシギシと音がなった。
−この間取り、どこかで見たような−
綾希は妙な懐かしさを覚えた。部屋に入ると木の匂いがした。
「お待たせ。」
少女が盆に二人分の茶と煎餅の袋を載せて入ってきた。二人は適当な場所に座った。
「あ、そーいえば自己紹介まだしてなかったね。」
忘れてた、と少女が煎餅の袋を開けながら言った。
「私、三浦 梓!十七歳で高二ね。よろしくー」
名前を聞いて綾希は再び固まった。母親の名前と全く同じだったのだ。確か旧姓は三浦だったはずだ。
−もしかしたら−
「誕生日は?」
「七月十二日」
「血液型は?」
「Oだけど。」
「お母さんの名前聞いていいかな?」
「祥子。」
多分、間違いない。綾希は確信した。目の前にいる少女は綾希の母だ。
−たった二十年前−
ずいぶん規模の小さなタイムトラベルだ。
「さっきからいろいろ質問ばっかじゃん。なんでそんなこと聞いてくるのー?」
梓が不思議そうに聞いてきた。さすがにまずかったか、と綾希は後悔した。しかしそれは杞憂に終わったようだ。
「ま、いいけどさ。そっちも名前教えてよ。何て呼んでいいかわかんないし。」
一瞬教えていいのかと悩んだが、ふと死に神に名前は伏せるか偽名を使うように言われたことを思い出した。しかし偽名なんてそんなすぐに思い付かない。
「き…きた…北沢、」
「北沢?」
「えーとあや…じゃなくて…その…」
「北沢 あや(きたざわ あや)?」
「あ、うんそう。私、北沢 あや。」
あまり変わっていないが、まあよしとしよう。
「へえー。よろしくね、あや。」
なんだか信じられない気分だった。今、自分は同い年の母と会話しているのだ。目の前の少女は母ではなく梓という同い年の知り合いという感じがした。しかしこれで顔がそっくりな理由ははっきりした。
「ところで驚かないの?」
綾希は思い切って気になっていたことを聞いてみた。
「何が?」
梓は煎餅をバリバリと食べている。少し食べかすがこぼれていた。
「顔がそっくりじゃん。私ら。」
「ああ。」
そんなこと、と梓はあぐらを掻き出した。
「だって世の中には似た人が三人はいるらしいじゃん?別にそこまで驚かないよ。」
梓はケタケタと笑った。
「私はかなり驚いたんだけど。」
綾希も煎餅を一つつまんだ。
「あぁ、だからぼーっとしたりしてたんだ?」
てっきりかなり悪いのかなって心配しちゃった、と梓はまた笑い出した。大人になった母の顔が思い浮かぶ。綾希は失敗できない理由が増えたな、と思いながらまた一つ煎餅をつまんだ。