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第四話:おじさん、ここより天国はいいところだよね

ここは、双海町の隣の市にある公民館。

自衛隊の車が止まっていて、公民館の前には大勢の人が並んでいた。

日はすっかり落ちて夜になっても、俺の前に列が続いていた。

白いテントの上には、『防護服配布場所』と書かれて、俺は姪っ子の地尋と共にならんでいた。

あのテレビは、『双海町の一時帰宅』の記者会見だ。

作業着姿の俺と、長袖シャツに長いデニムズボンの地尋の前の列が一つ進んだ。


「地尋、大丈夫か?」

千花市からの長旅で、疲れた表情の地尋。でも、地尋はいつも通り笑顔を見せていた。

「明日、大事なお友達に会えるから、元気だよ」

小さい地尋は、いつも通り優等生の返事を返してきた。

笑顔を見せたけど、半分は本当の気持ちが入っていた。

本当に強いな、地尋は。そんな俺たちの並んでいる列は、さらに一つ前に進んでいた。


この近辺は、原発から二十キロ以上離れていた。

避難所そばに併設されていて、一時帰宅の家族が並んでいた。

しかし、直ぐ近くの車道はバリゲードでふさがれていて、今は入ることができない。

危険区域に指定されていて、立ち入ることは難しい。

まだ、原発が完全に廃炉処理ができていないからだ。


「電気を作るのに、原発を動かさないといけない、皮肉なものだ」

この夏、日本各地で大規模停電(ブラックアウト)が起きた。

猛暑だった今年、原発が使えなくなった。

いくら努力しても、節電に努めても、電気が首都圏では結局間に合わなかったのだ。


八月のある日、闇に包まれた千花市含めた首都圏。

地尋は恐怖を感じていたのだろう、俺も暗い闇の街を見て怖くなった。

それは、地震が起きた日、あの時の地獄絵図を思い出してしまう。


「おじさん、紫音ちゃんは見つかるかな?」

「絶対に見つけよう、地尋。お前の大事な友達だ」

すると、地尋は俺に右手小指を出してきた。なんとなくわかって俺に笑顔を見せた、地尋。

「指切りげんまん、だね」

地尋に対し、俺は地尋と同じ高さに屈んだ。そして、かわした右手小指を絡ませた。


「ああ、絶対に見つけよう。そして、地尋のために……」

きっと、地尋と俺の紫音を探す目的は違うだろう。

研究のための俺ら研究所と、友達に会いたい地尋。

目的は違えども、紫音を探すことに変わりはなかった。

余震が続く双海町で、俺は地尋とかわした約束。


地尋の父である俺の兄から許可を貰った、本来子供である地尋は入ることはできない。

だから、保護者として俺が一緒についていくことが特別に許可された。

また、アースグエイグがうまいこと回したんだろう。

いろんなコネや、周りに気を使う天才かもしれない、あのアメリカ人は。

さらに進んだ列、俺と地尋の前には白いテントの中がはっきり見えた。


「次だな」

と思ったとき、俺らの前に顔を強張らせて、一人の男が割り込んできた。

「おい、早くだせよ、俺たちの町で、勝手なことをするな!」

いきなり割り込んだのが、四十代の男だ。作業着姿で、肩を怒らせて、堂々と割り込んだ。

目の前で白い服を着た若い『関京電力』職員は、当然のごとく困惑気味で見ていた。


「俺たちは、早く帰りたい、帰らせろ!自宅に帰るのに、なんでお前らの許可がいるんだよ!」

「それは、危険区域で……」

「あんたらは、そんなに偉いのか?俺たちが、どんな思いでここにいるのかわかっているのか?

家族だって、危険区域内に(ある)から会うことすらできないんだぞ!」

険しい顔で、四十代の男は睨みつけていた。途端に、周りの空気が緊張感に包まれた。

防護服を着た職員は、拳と体を震わせて、ひざまずいて、


「も、申し訳ありませんでしたっ!」

その場に、土下座した。防護服には、原発を管理する『関京電力』のロゴが見えた。

だが、土下座で満足しないのか、四十代の男は、下げた頭に容赦なく長靴の右足を乗せた。


「申し訳ないで、済むかよ!俺の家族は、お前らの原発のおかげで、救助できる機会を失って、全員亡くなったんだぞ!分かっているのかよ!

子供も、妻も、じいも、みんな、分かっているのかよ!」

「それは、地震と津波でしょ、原発は関係ないよ」

すると、俺の隣から冷静な声が聞こえた。地尋だ。

俺の横から険しい顔の地尋は、うつむきながらつぶやいた一言に、四十代の男は、当然激昂した。

まっすぐに、地尋のそばに詰め寄ってくる。


「なんだと、お前は『関京電力』の肩を持つっていうのかよ?」

地尋の襟をつかみ、食って掛かる。地尋は、うつろで震えていた。

「だって、地震と津波で壊れたんだよね、原発。

『関京電力』だって、本来は被災者なんだ。加害者は、誰もいない」

「うるせえ、黙れ、クソガキ!」

次の瞬間、男は地尋を殴ろうとしたが、俺はその男の振り上げた右手をつかんだ。


「やめろ、こいつは俺が預かった命より大事な子だ。

大人げないぞ!順番も割り込んで、子供に拳を振りかざして!」

「クソッ、離せ!」


俺は迷うことなく、男の振りかざした手を払う。周りの視線とにらむ俺は、その男に注がれた。

後ろに下がった地尋と男の間に、俺が両手を広げた。

軽蔑と侮蔑という名の視線、さすがに、その視線に耐えられない男は、地尋の襟を離した。

「ああっ、くそっ!」

そのまま、負け惜しみを言い、肩を怒らせて後ろの方に歩いていく。



「地尋、大丈夫か?」

俺は、屈みこんで地尋の頭を撫でてあげた。地尋の顔は、泣き出しそうな顔を見せた。

「うん、この双海町は原発で成り立っているから、仕方ないってパパが……」

そのあと、地尋はすぐに目の涙を拭いた。俺に見せた顔は、やっぱり笑顔だった。


「そうだな、明日は会えるといいな」

俺は、地尋にそう声をかけていた。

でも、俺の乗ってきた車には、アースグエイグに渡されたビデオカメラが積んであった。

それは、地尋の純情を踏みにじることかもしれないのに。




翌日の正午、俺と地尋の姿は全身真っ白になっていた。

というのも白い防護服な上に、マスク姿で蒸し暑く呼吸が苦しい。

おまけに背中には、リックサックを背負っていた。

秋の涼しくなったこの時期でも、防護服は暑く感じた。

首からぶら下げられたカウンター、これはガイガーカウンター。


ガイガーカウンターとは、放射能を測定する機器。異常な放射線量だとブザーが鳴る。

ガイガーカウンターの数値を、確認しながら入った双海町。

しかし、そこはあの地震があったあの日から、ほとんど変わっていない。


瓦礫(がれき)の山、だな」

そこには、かつて人が住んでいた形跡が微塵(みじん)も感じられない。

ゴミの山といっても、しょうがない。

土砂も、家の瓦も、車の破片も、テーブルの破片も、みんな一緒の山。

アスファルトの道路は、かろうじて舗装されていたが、この山のあった場所には、


「流されちゃったね」

津波で流された。そして地尋や俺が昔、通った小学校が、かつてはここにあったようだ。

そんながれきの山を、切なさや悲しさを胸に秘めて重い防護服で歩く。

破損した下駄箱の一部を眺めて、舗装された道路を歩いていた。


「いないな、紫音」

俺は、防護服にビデオカメラと、さらに蒸し暑い格好でため息をついた。

首のガイガーカウンターは、まだ警戒レベルの放射能ではない。


このガイガーカウンター、危険レベルだと大きなブザー音が鳴る。

そしたら、離れないと防護服の上でも濃度の濃い放射能を浴び、被爆の恐れがあった。

しばらくブザーが鳴っていると、すぐ引き戻しのヘリが本部から飛んでくる仕組みだ。

刑法の音が出ない、


「うん、いないね。紫音ちゃんの家に、行ってみようか」

目撃されたのが、二日前。普通の格好では、とてもここにはいられない。

それだけ、原発の放射能漏れに慎重にならざるを得ない。

おまけに、放射能は目には見えないから厄介だ。

紫音は本当にここにいるのだろうか、と思いつつも瓦礫の山を俺は地尋と歩いていた。


「紫音ちゃん、無事かな……」

「ああ、地尋があきらめなければ、いつか必ず会える」

マスクでこもる俺の言葉に、安心した顔を見せた地尋。

俺と地尋は道路を歩いて、やがて見えたのが海だ。


「海、だな」

「紫音ちゃんは、このあたりなんだよ。海が見える家に、住んでいたんだよ」

海が見える高台には、当然建物なんか建っていない。

一面瓦礫の山、散乱していたこのあたりは、あまりにも無残だった。


「ひどいな、ここ」

「うん、あっ、紫音ちゃん」

すると、地尋は何かを発見したようだ。

走りにくい防護服でも、小さな地尋は懸命に走っていた。


「地尋、待てって!」

俺も後を、追いかけていた。すると、前を走っていた地尋は、止まっていた。

周りを、きょろきょろと見回していた。


「あれ、紫音ちゃん?あっ、あっちだよ!」

声が、幾分か弾んだ地尋。目の前の地尋は、さらに俺と距離を置いてまっすぐ進んでいく。

子供の元気についていけない、筋肉痛の足を引きずった俺は、マスク越しに息を切らしていた。

そんな地尋は、どんどん走っていく。俺が、見上げたその先には、


「げ、原発……」

四基の建屋が、ほぼむき出しになっていた。

地尋は、構わず走っていく。まずいと判断しても、地尋に追いつけない。

どんどん遠く、離れていく。

(クソッ、俺の鈍足!)と、悔やんでも追いつけない。


すると、原発のそばにいた地尋の足が止まった。

ブーブーっと、大きなブザー音が聞こえた。

それは地尋の、ガイガーカウンターが反応したようだ。

ほどなくして、俺のガイガーカウンターも反応していく。


俺は、一安心と思いながらゆっくり近づいていく。

音のなる場所をたどり、俺が音のなる方にたどり着く。

でも地尋はガイガーカウンターを、がれきの山に捨てていた。


「ち、地尋……」

次の瞬間、遠くの地尋が、原発の中に入っていくのが見えた。

俺は、苦い顔を見せながら、地尋の笑顔を思い出した。

(ダメだ、あいつを見殺しにするわけにはいかない)

俺は、筋肉痛の足を引きずりながら原発の方へ歩いて言った。

地尋と同じように、ガイガーカウンターを投げ捨てて。




頑丈なはずの原発周りの門は、崩れていた。もちろん地震と津波の影響だ。

張りぼてのような木の柵もあるけど、それすらも倒れていた。

ここの原発は、数週間前まで起きていた放射能漏れが全て収まっていた。

水で冷やすことに成功し、現在は廃炉状態になっている。

近々、この原発も取り壊しが決まっていた。


それでも、防護服を着ないと入れない場所だ。

そんな原発の敷地内は、足音以外聞こえない静けさ。

人がいるはずなのに、人がいない原発。俺の足音だけがコツコツと響く。


「地尋、どこいった!」

大きなマスク越しだが声を上げて、原発の敷地内に入った地尋を探す。

歩き回り、周囲の動きを気にしながら歩いていた。

ここの放射能のレベルは、相当すごそうだ。だが、それを調べるすべはない。

戻ったら、きっと地尋も俺も職員に説教だ。

そんな時、俺は海沿いのプールを見つけた。そして、そこにマッチ棒のような姿が見えた。


「人が、いるな」

少し近づくと、そこにいる人は二人だ。

重い防護服姿のまま、俺は低い安全柵をよじ登った。そこにいたのが、

「地尋、あとは……岡島 紫音」

白い防護服姿の地尋は、プールサイドに立って親友の紫音を見ていた。

DVDで見た通りの格好の紫音は、赤いリボンで飾られたツインテールの女の子。


かわいらしい小学生の女の子は落ち着いた様子で、地尋を見ていた。

そして、少し違和感のあるチェーンのブレスレッド。

それから、両手に謎の絵本を抱えていた。紫音と地尋は、互いに向き合っていた。

にしても防護服を着ないで、よくこんな中を入ることができるな。


「紫音ちゃん、なんでここに?」

「みんな、いけないよ。今の世の中は、間違っている。『魔法』がなくなる」

「な、何を言っているんだ?」

俺は、二人に近づく。紫音は、俺の姿を気づいたのか、冷たい目線を送った。

険しい紫音の顔に、俺は一瞬だけひるんだ。

背中に背負ったリュックサックからハンディカメラを取り出し、構えた。

そんな俺を見つけ、紫音の顔は明らかに俺を嫌っていた。


「あなた方大人が、ガンよ、ママの悪性腫瘍」

指をさし、鋭い声を浴びせてきた。

「どういうことだ?」

「大人はいけない、人間の文化が、良くなるにつれて、みんなは忘れてしまった。

知っていたはずの、『魔法の言葉』を。人に、ママに対しての言葉」

紫音の言葉は、確かに凛としていた。胸を張り、堂々としていて、どこか悲しげな顔。


「紫音ちゃん……」

「私は、だからチーちゃんが友達」

そんな紫音は地尋のそばに、ゆっくり歩み寄った。

地尋は、不思議そうな顔を見せた。紫音は、両手の本を地尋に前に出した。


「ごめんなさい、私は人じゃないの。チーちゃん、ごめんなさい」

「な、何言っているの、分かんないよ、紫音ちゃん」

「あなたたちの声を、聞きたい。『魔法の言葉』を。これを見て、私に聞かせて。

私が、大きく抑えられなくなる前に。チーちゃんやみんなの『魔法の言葉』を」

そういいながら、紫音の持っていた本を地尋は受け取った。

地尋のそばに、重い服とカメラを持ち、俺はようやく駆けつけた。


「地尋、それは?」

「私は再び、現れる。今度は、『魔法の言葉』を聞きに、もっときらびやかな場所へ」

「どういうことだよ、おい、紫音!」

だが、次の瞬間、紫音は俺に対してはっきりと、憎しみに似た顔を見せていた。

そして、紫音は次の瞬間、ありえないことをした。


「あ、ああっ、紫音ちゃん……」

「ごめんなさい……大人の人は……嫌い。だから……」

紫音の体半分が、液体の泥のような体になって、プールのコンクリートに、吸い込まれていた。

地尋は、驚きと恐怖の感情が同時にあふれた。

俺も、ありえない紫音の姿に驚くしかない。


「震度四が来る!」

そして聞こえた声。すると、俺たちの足元が急にぐらついた。

「きゃっ、叔父さん!」

地尋は、我に返ったのか、俺にしがみついてきた。でも、やっぱり驚いた顔を見せていた。

防護服姿の地尋は、体を震わせていた。地震を、やっぱり紫音が起こしたのか。

紫音は、そのまま液状化して地面の方に溶け込んでいく。


激しく揺れる、地震。周りを確認するが、幸い上から落ちて来るものは、ない。

「これって、夢か?じゃないか、手品か?」

顔を叩こうとするが、防護服が邪魔で確認できない。

でも、地震の揺れは確認できて、俺の鳥肌が立っているのが分かった。

地尋と一緒に、かがみながら地震が過ぎるのをやり過ごしていた。


そして紫音は、地面に吸い込まれて完全に姿が見えなくなった。

それと同時に、止まった地震。

でも俺と、地尋は、紫音の人ならざる姿に驚いてしまい、しばらく動けなかった。




あっという間に一週間が、過ぎた。

九月終わりの研究所は、すっかり涼しい。

研究所に戻った俺は、いつものデスクではなくソファーに座っていた。


隣では、地尋が紫音からもらった本を見ていた。

もちろんこの本は、除染しておいた。俺も、地尋も何度も除染していた。

放射線量が、かなりすごかったらしいが。

現在は放課後の小学校。研究所には、俺と地尋の二人。ナンシーは外出していた。


人が、液体の様に地面に消えていく。そんな馬鹿なことが、あるものか。

俺は、目の前で起きたあの現象を信じられないでいた。

だが、地尋も全く同じ現象を見ていた。

すると、そこに戻ってきたのが、


「ただいまデ~ス」

アースグエイグだ、茶色の帽子とコートは、研究所内でも手放さない。

この研究所の主で、さっきまで俺が一時帰宅の時のビデオを確認してもらっていた。

しかし、挨拶することもない、地尋の本をおとなしく隣で読んでいた。

この本の内容は、大体わかったが。


この本は、『江戸時代の生活』というタイトルの本。

小学校の図書室で借りられる、ごく普通のイラストが多い歴史の本。

内容は、江戸時代の生活体系が、丁寧に書かれていた。その中から一文、

『江戸時代は、今と違ってエコ社会だ。モノを大事にする文化といえる。

回収業者や、修理業者がいて、数ある資源を大切に使っていた』

と、回収業者や、修理業者の仕事の内容が事細かく書かれていた。


まあ、江戸時代は、電気もガスもない時代だからな。

そんなことより、俺はなんで紫音がこの本を地尋に渡したのかが気になっていた。

そして、もう一つ、


「ビデオの解析、終わりマシ~タ」

「アースグエイグ!」

茶色のコート&帽子のアースグエイグが、プレハブに戻ってきた。

すると、俺は所長の名をつい呼びすてにした。

アースグエイグは、帽子を深くかぶり、ソファーの俺に見下ろしていた。


「紫音は何者だ?何を知っている?全部話せ!」

「間違いなく、『ナマズちゃん』ですよ。結局、彼女は地震です。

ミーも一度、会っていますから。それより、見てくだサ~イ」

すると、アースグエイグは俺だけをパソコンデスクに招いた。

落ち込んだ様子の地尋は、呆然とソファーで本を眺めていた。


「いいですか~岡島 紫音は、神出鬼没ですね。

日本各地で、彼女の姿が目撃されていマ~ス」

アースグエイグが、器用にマウスを動かすと、紫音の写真が次々と出てきた。

「写真の日付を、よく見ていてくだサ~イ。次に……」

パソコン画面で、日本地図を広げてきた。

その日本地図に、×の記号が次々とついていく。


「×の記号は、地震が起きた日付です。クリックすると、細かい時刻まで出ますね。

それと、さっきの『岡島 紫音』の写真を照合してくだサ~イ」

アースグエイグは、自信たっぷりに言ってきた。

俺は写真の日時と、地震の日時を確認していた。


「三月六日、午後二時三十三分……あっている。全部あっているぞ」

「これが、仮説の正体デ~ス。やはり、ミーの研究は正しかったデ~ス。

『岡島 紫音』は、地震を起こす『ナマズちゃん』ですね」

「嘘だ!」

すると、アースグエイグの言葉を、遮るように叫んだのが地尋だ。

力強く張った言葉、本を読んでいた地尋は、ソファーの上に立ち上がって俺とアースグエイグを睨みつけた。


「紫音ちゃんは、そんな変な名前じゃない。地尋の……大事な、お友達だから!

化け物みたいに、言わないで!いじめないで!」

「でもバッド、『ナマズちゃん』は、間違いありませんよ。

もう一つ、はっきりした証拠をお見せしましょうか」

「どういうことだ、まだあるのかよ?」

俺は、アースグエイグを見ていると、アースグエイグはさらにマウスを操作して、日本地図を見せた。


しかし、黒と白の変わった地図。

日本に交わるように、四本の線が見えた。


「これは、プレートの写真ですね。

実は『ナマズちゃん』のいる場所にはある共通点がありますね。それは……」

すると、そのプレート写真に点を次々と現れ始めた。

そこには、プレートと全く同じような線ができていた。


「『ナマズちゃん』は、いつもどうして震度が分かるかわかりますか?

この疑問に、ついて調べていました。でも、彼女の出現位置で、大体わかるんですよ。

それは、プレートを動かす一定の平行の位置に『ナマズちゃん』が現れていマ~ス。

どうやら、あるプレートと全く同じ平行位置に現れていますね、分かりますか?」

「海洋プレート、か」

「ご名答デ~ス。この海洋プレートが動いて地震が起きてマ~ス。

彼女の出現場所に、海洋プレートは引っ張られマ~ス。プレートが動けば……」

アースグエイグの押し問答に、俺は少しいらっとしたが


「プレートとプレートは、ぶつかる」

「さすが、研究員助手デ~ス。そう、プレートとプレートが交わると」

「地震が起こる、か。

で、震度が的確にわかって、地震の時刻に、近くに紫音が現れてか、」

「それに、決定的なものも見せましたよね、彼女が人間でない証拠を」

その言葉に、はっと声を漏らして悲しい顔を見せた地尋。


「し、紫音ちゃんは、私の、友達!化け物じゃない!」

悲しみと、現実に耐えきれない地尋は、半べそになって、呼んでいた本をアースグエイグめがけて投げつけた。

でも、アースグエイグは難なくそれをよけた。

それを見て、地尋は立ち上がった。


「地尋!」

俺が、声をかけるが、地尋はすぐに研究所を出てしまった。

涙がこぼれた地尋、俺はあの時を一瞬にして思い出した。


「マイヒーロー、ソーリー」

アースグエイグは、やはり落ち込んだ顔を見せていた。

「前に言ったな、人は知ることで不安なことがなくなるって、それが研究だって。

お前が、あの立場なら……」

「ミーも、同じような立場だったので、分かりますよ。

紫音と会ったときに、大事なものを失った。

でも、マイヒーロー。彼女を、地尋を失ってはいけない。

子供が、十字架を背負う社会を作ってはいけない。

迎えに行ってくれますか、マイヒーロー」

顔を上げないで、アースグエイグはため息をついていた。

俺は、アースグエイグに顔をあわせることもなく、黙って研究所を出て行った。




プレハブ内も、ここは枕木小学校の敷地内。

俺の住むボロアパートも、そんなには離れていない。

だが、地尋の居場所は、周りが騒いでいたので、すぐにわかった。

地尋を探して、小学校の校舎を通りかかった時のこと。

地尋が、学校の屋上から飛び降りそうだって言うこと俺が担当しているの生徒が、俺に教えてくれた。

屋上に上がった地尋を、俺は助けに、走って屋上へと上がっていく。


静かな人気のない屋上から、きれいな夕日が見えた。冷たい秋風が吹いていた屋上に、地尋はいた。

白いワンピースのスカートが、ヒラヒラ揺れ、長い髪がなびいていた。

落ち込んだ地尋の顔は、かつての笑顔も、嘆きの顔でもなかった。


「地尋……」

「来ないで、もう……疲れた」

地尋が、ほとんど吐かないような弱気の言葉を呟いて、屋上から下を覗き込んだ。

俺の目の前には、数メートル先に疲れた顔の地尋。


「どうしたんだよ、なんで?」

「おじさん、ここより天国は、いいところだよね」

あきらめにも似た顔の地尋は、ため息をつく。

「馬鹿なことを、言うな!地尋、考え直せ!」


俺は、顔をこわばらせて教師の様に地尋のそばに近づく。

でも俺が近づくと地尋は、後ろに二散歩下がる。

屋上の策を背にした地尋、下は九階下の中庭が見えた。

今にも飛び降りそうな地尋の顔を、俺は少し離れたところで見ていた。


「だって、学校ではみんなにいじめられるし。

何もしていないのに、放射能だって馬鹿にされるし、パパとママも一緒にいないし、寂しい。

唯一、友達の、紫音ちゃんの安否が生きがいだった」

いじめられていることは知っていた、だからこそ俺が地尋に持たせた携帯。

クラスの友達の安否が知りたいからって、持たせてほしいという要望にも応えて、彼女の心のケアをしたつもりだ。でも、それがつもりでしかなかった。


安否が確認できて、地尋の笑顔を、多く見てきた。

死亡が確認されて、地尋の悲しい顔も、多く見てきた。

それが、地尋にとって生きがいなのは、この現状が彼女にとってつらいものだから。

でも、俺じゃあ助けられないのか。

また、俺の目の前で小さい子が死んでしまうのか。

それでも、俺は地尋を助けないといけない。あきらめてはいけない、向き合わないといけない。


「そうじゃない、地尋には俺がいるだろ!」

「ううん、もう、いい。生きるの、疲れたから。そろそろ友達のところに、行くね」

地尋は、いつも俺に見せる、とびきり健気な笑顔を見せていた。

それは、彼女自身が偽ったことをしているときに出ていた彼女の処方術。

優等生のいい子は、彼女の中で隠し通す苦悩があった。


「ありがとうね、おじさん」

そのまま、体を滑らせて柵を越えて落ちようとした地尋。

俺は、走った。筋肉痛でもいい、助けるんだと、その想いで。


そして、つかんだ地尋の小さな手。

宙に身を投げ出そうとする地尋を、何とかとめたかった。

ワンピースのスカートから出ていた、華奢(きゃしゃ)な手。

伸ばした手で、体をつっかけてそれでも足は踏ん張っていた俺。


軽い地尋の体を、無理やり引っ張った俺は、呼吸を乱していた。

助け出された地尋は、やっぱり涙目だった。

白のワンピース姿で、長い髪は顔の前に、垂れていた地尋。


「なんで、なんで地尋を助けたの!」

だが、次の瞬間、屋上に尻をつけた俺は地尋の肩を、両肩を激しくゆすった。


「覚えているか、防護服を貰ったあの時」

「えっ、なに?」

「割り込んできた男がいただろう、あいつを思いだせ!」

俺は険しい顔で、前髪が顔にかかる地尋を激しくゆすった。

前髪の奥から、きらりと光るしずくを見せた地尋。


「あの男はな、あの地震で、全ての家族を失ったんだ。分かるか、地尋」

「あっ、そう……」

「お前が、もしここで死んだら、お前の父親や、母親はどうなる?

ああやって、見ず知らずの人を、恨み、憎んで、最後は悲しみしか残らない。

そういう風に、両親を狂わせたいのか?地尋!」

俺の言葉が届いたのか、地尋は小さな手で目のあたりをこすっていた。


「ううっ、地尋は、悔しくて、悲しくて、紫音ちゃんまで化け物になって……」

「お前は、まだすべてを失っていない。俺も、地尋の両親だっているじゃないか、な」

「あ、そうだね……地尋は……幸せ者……だね。ごめんなさい」

地尋は、長い髪を掻きわけて顔を見せてくれた。

その顔は、泣いていたけど顔全体は笑っていた。

俺は、ナンシーみたいに地尋の頭を撫で上げた。


「地尋、辛かっただろう」

「うん、ここは天国だね。まだ死ななくても、天国はあるんだね」

「ああ、そうだ。地尋、いっぱい泣け、ここならいくら泣いてもいいんだ」

「ありがとう、大丈夫。それよりおなかすいたね、パパ」

不意に地尋は、俺のことを「パパ」と呼んでくれた。

懐かしい響き、かつて俺もそう呼ばれていたな。


「じゃあ、これから天国という名の家に帰ろう。俺の家に、な」

「その前に、ナンシーさんからお菓子をもらわないと、天国にはお菓子がないから」

「地尋、あんまり食うと太るぞ。ナンシーみたいに」

「すいません、私を呼びましたか?」

すると、腕を組んでこちらを見ている金髪ポニーテールの女性がいた。

白衣と、胸の開いた黒いキャミソールの白人女性は、紛れもなくナンシーだ。

口元に薄ら笑みを浮かべて、腕を組み、仁王立ちをしていた。


「な、ナンシー。これはその、ナンシーみたいに魅力的に……」

「そうですねえ、じゃあ研究所に積野水さん、呼んでおきますか?」

などと白衣のポケットから何かを取り出そうとしていた。

「や、やめろっ!やめてくれ、それだけはお願いです、ナンシー様」

「もう、遅いですよ、というより、これですね」

すると、金髪のナンシーは一枚のかわいらしいピンクの封筒を見せていた。


(もしかして、例の告白?嫌な予感)

俺は、おずおずと見ていてもラチが開かないので、疑問を口にした。


「ど、どういうことだ?」

「ナンシーさん、なんですか?」

「これは積野水さんが、持ってきたものですよ。さあ、参りましょうか。

長谷部さんの大好きな、積野水さんが待っていますよ」

最後に毒のあることを言って、ナンシーは屋上から去っていった。

それは、なんだか俺の背中に悪寒が走った瞬間でもあった。


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