同じゼミの美人に告白の練習を頼まれた俺ですが、相手の特徴が全部俺に当てはまっています
「告白の練習、付き合ってくれない?」
ゼミの帰り、高峰莉帆にそう頼まれた。
俺は持っていた紙コップを傾けかけて、慌てて戻した。
「……告白?」
「うん。好きな人がいるんだけど、ちゃんと言える気がしなくて」
中庭のベンチで、高峰は膝の上の鞄を見ていた。
大学二年の秋。ゼミで顔を合わせるようになって半年経つけれど、彼女がこんなふうに声を小さくするのは珍しかった。
「俺でいいの?」
「宮坂くんがいい」
顔を上げ、こちらを見る。
その目に、一瞬だけ期待しかけた。
好きな人に告白する練習だ。
俺に告白するとは言っていない。
「……分かった」
俺は答えた。
よく分からないまま、引き受けてしまった。
*
高峰は美人だ。
同じ学部なら、名前を知らなくても顔を知っている人は多いと思う。
でも、俺が最初にちゃんと話したのは、グループ発表の準備だった。
彼女は発表担当で、俺は資料をまとめる係。ほかの二人が調査した内容を、四人で一つの発表にする。
最初の練習で、高峰は原稿の途中に引っかかった。
言い直して、また同じところで止まる。
「ごめん。もう一回」
隣の女子が「ゆっくりで大丈夫」と言う。
高峰はうなずいたけれど、原稿を持つ指に力が入っていた。
「そこ、さっき説明してくれたときのほうが分かりやすかった」
俺が言うと、彼女は顔を上げた。
「さっき?」
「原稿を読まずに、ここの数字の話してくれたとき」
俺は資料の表を指した。
「この言い方、普段しないだろ。いつもの説明に変えない?」
「でも、発表だし。ちゃんとした言葉のほうが」
「先生にも伝わる説明なら、ちゃんとしてると思う」
彼女は少し迷ってから、自分の言葉で話してみた。
話し終えると、ほかの二人もうなずいた。
「今の、いいよ」
そう言われ、高峰の肩が下がった。
俺は彼女の言った言葉をメモして、原稿を直した。
そのあとも何度か練習し、本番は時間内に終わった。
質疑応答では高峰が自分で答え、調査を担当した二人が補足した。
俺は手元の資料を出すだけで済んだ。
打ち上げの食事で、男子の一人が高峰を褒めた。
「高峰さん、やっぱ発表うまいな」
「練習では、めちゃくちゃ止まってたよ」
高峰は笑い、俺のほうを見た。
「資料の組み方、宮坂くんの案なんだよ。あれで話しやすくなった」
俺は箸を止めた。
「別に、みんなで直しただろ」
「そう。でも、あの原稿にしなくてよかった」
彼女はそう言って、ほかの二人にもお礼を言った。
その翌週、俺が学食で席を探していると、高峰が手を上げた。
「ここ、空いてる」
向かいに座って、先週の発表の評価を話した。
食べ終えたあとも話が続き、次の授業へ一緒に行った。
それから、顔を合わせると昼飯を食べるようになった。
授業の愚痴、映画の話、家で失敗した料理の話。
高峰はよく笑い、意見が違うと「それは違うと思う」と普通に言った。
ある日、彼女が人の少ない購買の前で立ち止まった。
「宮坂くん、このパン食べたかったんじゃない?」
前に一度、売り切れていて残念だったと話したものだ。
「覚えてたの?」
「あんなに棚見てたら、覚えるよ」
笑う顔を見て、嬉しくなった。
俺も、彼女が好きだと言ったものを覚えるようになった。
ゼミのある日は、昼を一緒に食べられるか考えた。
映画の予告を見れば、高峰はこういうのを好きそうだと思った。
好きになっていた。
ただ、彼女が俺といるのを楽しんでくれることと、俺を恋愛の相手に選ぶことは、同じとは限らない。
今の関係は、居心地がよかった。
壊したくなかった。
*
高峰が津田先輩と話しているのを見かけるようになったのは、最近のことだった。
学生ラウンジの隅で、二人で座っている。
別の日には、先輩のスマホをのぞき込みながら何か話していた。
津田晴臣先輩は、一学年上の人だった。
学内の催しで何度か顔を合わせたことがある。誰とでも話せるし、初対面の人の名前もすぐ覚える。
「津田先輩と仲いいんだな」
昼飯のときに聞くと、高峰はうなずいた。
「高校の部活の先輩だから」
「最近、よく話してるよな」
「……恋愛相談してる」
俺は、持ち上げた味噌汁を戻した。
「恋愛相談」
「うん。男の人から見て、どう思うのかなって」
高峰は、俺の顔を見たあと、トレーに視線を落とした。
誰を好きなのか、聞けばよかった。
でも、彼女が答えるところを想像すると、聞きたくなくなった。
「そっか」
俺は、それだけ言った。
数日後、高峰は先輩との話を少し教えてくれた。
「ちゃんと言わないと伝わらないって。二人でいるだけじゃ、分からないよって言われた」
俺は、彼女と先輩が並んでいた姿を思い出した。
恋愛相談という形なら、好きな人とも二人で会える。
先輩本人への気持ちを、遠回しに探っているのだろうか。
そう思えば、俺に相手の名前を言わないことにも理由がついた。
高峰が誰と付き合うか、俺に決める権利はない。
ただ、一緒に昼飯を食べる回数は減るかもしれない。
そのとき、どんな顔をすればいいのか考えた。
*
告白の練習を頼まれたのは、その翌週だった。
引き受けてから、後悔した。
高峰が誰かへの好意を口にするところを、俺が正面で聞くことになる。
やっぱり無理だと言いたかった。
でも、今になって断れば、理由を聞かれる。
彼女も、勇気を出して頼んだ顔をしていた。
その顔を見て、断れなかった。
翌日の授業のあと、予約して使える小さなグループ学習室に行くことになった。
普段も発表の練習に使っている部屋だ。俺たちは一時間だけ予約した。
向かい合って座ると、高峰が鞄からノートを出した。
「いきなり全部言うの、難しそうだから。まず、好きなところを言ってみたい」
「俺は、聞いて感想言えばいい?」
「うん。伝わるか、教えて」
彼女はページを開いた。
短い文章がいくつか並んでいる。
「話したことを、覚えていてくれるところ」
俺はうなずいた。
昨日、彼女の好きな飲み物を覚えていて、購買で声をかけた。
いや、先輩も覚えてくれるのだろう。
人の名前を忘れない人だし。
「困ってると、何に困ってるか聞いてくれるところ」
グループ発表のあとも、高峰に相談されることはあった。
課題のどこまで調べればいいか迷っているとき、何が足りない気がするのか一緒に整理した。
でも、相談相手なら、先輩も聞くだろう。
「ちゃんと自分の意見を言ってくれるから、私も話しやすいところ」
そこで高峰がノートから顔を上げた。
「どう?」
「……いいと思う」
俺は、うまく彼女を見られなかった。
「本当に?」
「うん。その人といると、安心するってことだろ」
高峰が、ゆっくりうなずいた。
「安心する。でも、それだけじゃなくて」
ページの端を指で押さえる。
「会える日は、ちょっと早く家を出たりする」
俺もそうだった。
ゼミの日は早めに大学へ行き、彼女がまだ来ていないかラウンジを見た。
いくら何でも、当てはまりすぎじゃないか。
彼女の顔を見られず、机の端へ視線を落とした。
高峰が好きな人といるときも、俺と同じことを考えるのか。
それとも。
「宮坂くん」
呼ばれて顔を上げると、彼女がこちらを見ていた。
「今の言い方、変だった?」
「いや。変じゃない」
「じゃあ、どうしてそっちばっかり見てるの」
返事に詰まった。
「……思ってたより、照れるから」
それは本当だった。
高峰は、ノートで口元を隠した。
「私も、結構照れてる」
俺は、その先を聞けなかった。
*
その夜、高峰からメッセージが来た。
『今日はありがとう。もう一回だけ、付き合ってもらえる?』
俺はスマホを持ったまま、ベッドに座った。
もう一度、あの言葉を聞く。
彼女が会うのを楽しみにしている相手の話を。
練習中の顔を思い出した。
俺が照れると言ったとき、彼女もノートで顔を隠した。
もしかして、と何度も考えた。
でも、そのたびに、先輩と並んでいた姿を思い出した。
好きな相手に恋愛相談をするというのも、変な話だ。
高峰が相談した相手と、告白したい相手は、別なのかもしれない。
それなら、相手は誰だ。
そこまで考えて、俺はスマホを伏せた。
名前を聞かなかったのは、自分だ。
高峰の好きな相手を先輩にしておけば、俺ではないと決めつけられる。
期待せず、友達のままでいられる。
そのほうが楽だと、思いたかった。
画面を開き直し、『木曜のゼミのあとなら』と返した。
すぐに『その日にお願いします』と届いた。
高峰は告白するために練習している。
俺は、自分の気持ちを隠すために練習相手をしている。
机の上には、彼女が好きだと言った映画のチラシがあった。
誰と観に行くのか聞きたくて、結局持って帰っただけのものだ。
俺はチラシを裏返した。
そうしてから、また表へ戻した。
*
木曜日、俺たちは前と同じ部屋で向かい合った。
高峰はノートを開き、前より少し長い文章を見せた。
「好きなところだけだと、友達として好きなのかなって思われそうだから」
その一言に、胸の奥が落ち着かなくなった。
「今日は、その人とどうなりたいかまで言ってみる」
俺はうなずいた。
高峰は、最初の一文を読んだ。
「一緒にいると楽しいです。授業がない日にも、会いたいと思っています」
練習だと分かっていても、心臓がうるさかった。
俺も、授業のない日に会いたかった。
映画だけでなく、どこかへ出かけたあとに、何でもない話をしたかった。
「私が失敗したときに、ただ大丈夫って言うんじゃなくて、どうすればいいか一緒に考えてくれて」
彼女が、ノートを机に置いた。
「発表の原稿、私の言い方でいいって言ってくれたのが、嬉しかった」
息が止まりそうになった。
それは、俺との出来事だ。
津田先輩は、あのグループにいなかった。
高峰は俺を見ていた。
ノートの中ではなく、俺に向かって話していた。
分かった気がした。
嬉しくて、同じくらい怖かった。
「……先輩に言うなら、先輩との出来事にしたほうが」
口にしてから、自分が何を言っているか分かった。
彼女が言ったことを、そのまま受け取ればいい。
それなのに、俺は別の相手の話へ戻そうとしていた。
高峰は、眉を寄せた。
「今、宮坂くんとの出来事を話してるんだけど」
部屋が静かになった。
廊下を誰かが歩き、ドアの前を通り過ぎる音がした。
俺は、机から手を離した。
「好きな相手って、俺?」
高峰はうなずいた。
それから、小さく「うん」と言った。
「先輩じゃなくて?」
「津田先輩は、相談相手。好きなのは、宮坂くん」
今度は、何も言い換えられなかった。
高峰は、ノートの端を握った。
「ごめん。練習って言えば、断られても練習だったことにできると思った」
彼女の声が揺れた。
「ほんとは、この前の練習で最後まで言うつもりだった。でも、変じゃないって言ってもらえて、それでほっとして、言えなくなった」
「分かるよ」
俺も、ちゃんと言葉にならなかった。
「練習相手として頼んだのに、本当の告白だって、ずるいよね。宮坂くんが困ることも、考えなかった」
俺は首を振りかけて、止めた。
平気だったとは言えない。
好きな人が別の誰かへ告白するために、俺を選んだのだと思って、つらかった。
「困った」
高峰が顔を上げた。
「でも、俺も先輩のことだって決めつけた。聞けばよかったのに」
彼女のノートには、同じ言葉を消して書き直した跡があった。
「練習のときも、俺に当てはまるなって思った。でも、期待して違ったら嫌だったから」
高峰の指が、少し緩んだ。
「……期待したの?」
ここで曖昧に答えたら、また彼女に考えさせることになる。
高峰は、俺の顔を見て待っていた。
「した」
俺は答えた。
彼女の目が、少し大きくなった。
「だから、練習は終わり」
俺は一度息を吸った。
「今度は、俺から言わせて」
高峰は、ノートから手を離した。
「俺も、高峰が好きです」
最初の言葉を言うだけで、こんなに息が足りなくなるとは思わなかった。
「発表のあと、一緒に昼飯を食べるようになって。ゼミの日、会えるかどうか考えるようになった」
高峰がうなずいた。
「俺が話したことを覚えてくれるのも、自分から誘ってくれるのも、嬉しかった。映画の話をすると、誰と行くのか気になってた」
言ってしまえば、全部、自分が好きだった証拠だった。
今まで何を隠せたつもりでいたのだろう。
「先輩への告白だと思って、応援するのは、嫌だった」
高峰が、少し笑った。
「応援しなくていいよ」
「うん。もうしない」
俺も笑ってから、もう一度彼女を見た。
「俺と付き合ってください」
高峰は、すぐにうなずいた。
「はい」
そう言ってから、指で目元を押さえた。
俺は鞄へ手を伸ばし、ティッシュを出した。
「ありがとう」
彼女は一枚取って、笑った。
「好きなところ、もう一個増えた」
「ティッシュ持ってたところ?」
「今、変にごまかさずに待ってくれるところ」
俺は何も言えなくなった。
高峰が顔を上げるまで、彼女のノートを見ていた。
開いたページの最後には、『付き合ってください』と書いてあった。
その下に、丸い文字で、『ちゃんと相手を見る』とあった。
*
予約の時間が終わる前に、二人で部屋を出た。
借りた鍵を返し、階段を下りる。
高峰は、さっきから何度も俺のほうを見た。
俺も、彼女を見ていた。
視線が合うたび、どちらかが笑ってしまった。
「俺、変な顔してる?」
「してない。私、いつもどおり?」
「いつもより、よくこっち見てる」
「そっちもだよ」
出口の前で、彼女が足を止めた。
「これ、先輩に報告してもいい?」
「うん」
「練習なんかしないで、そのまま言えばいいのにって言われてたから」
俺は、少しだけ肩を落とした。
「俺が勝手に勘違いしてたことも、謝っといて」
高峰は、少し笑った。
「そこまでしなくていいよ。本人には言ってないんでしょ。だったら、今度普通に話してあげて」
確かに、先輩には何もしていない。
俺の中で勝手に恋敵にして、会うたび少し構えていただけだ。
「そうする」
高峰はスマホを出し、短い文を送った。
しまう前に返事が届いたらしく、画面を見て笑う。
「何て?」
「よかったな、だって」
そう言って、画面をこちらへ向けた。
余計なからかいも、長い説教もなかった。
俺は、ようやく普通に先輩のことを考えられた。
外へ出ると、夕方の風が涼しかった。
校門へ向かいながら、高峰が鞄を持ち直した。
「宮坂くん、今度の日曜日、空いてる?」
俺はうなずいた。
「空いてる」
「じゃあ、誘う練習、もう一回していい?」
彼女は、さっきと違って楽しそうだった。
俺は彼女のほうを向いた。
「本番でお願いします」
高峰が笑った。
「日曜日、私と映画に行ってください」
「行きます」
返事をすると、彼女の口元が緩んだ。
「何観る?」
「前に、チラシ見てた映画。俺も気になってる」
「私も、宮坂くんと観たかった」
その言葉を、今度は打ち消さなかった。
「俺も」
スマホで上映時間を調べると、昼過ぎの回があった。
その前に昼飯を食べようと話して、駅で待ち合わせる時間を決めた。
日曜日の予定を、一緒に決めている。
練習でも、友達への助言でもない。
校門の手前で、高峰がもう一度足を止めた。
「あの、修平くんって呼んでもいい?」
俺は、自分の名前を聞いて、少し返事が遅れた。
「……うん。俺も、莉帆って呼んでいい?」
「いいよ」
呼んでみようとして、彼女の顔を見た。
莉帆は、期待した顔で待っていた。
「莉帆」
言うと、彼女がうなずいた。
「はい」
それだけで、こんなに嬉しい。
駅へ向かって歩き出したあと、俺は鞄を反対の肩へ掛け直した。
空いた手を、彼女のほうへ出す。
「手、つないでもいい?」
莉帆は、俺の手を見てから、こちらを見た。
「それも、練習?」
「本番」
彼女は笑い、俺の手を取った。
次のゼミまで、会えないと思っていた。
今は、その前の日曜日が待ち遠しかった。
~完~
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
楽しんでいただけましたら、ページ下部の「☆☆☆☆☆」から評価をいただけると嬉しいです。
ブックマークやご感想も、今後の執筆の励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします。




