↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

同じゼミの美人に告白の練習を頼まれた俺ですが、相手の特徴が全部俺に当てはまっています

作者: 黒咲かぐら
掲載日:2026/10/14

「告白の練習、付き合ってくれない?」


 ゼミの帰り、高峰莉帆にそう頼まれた。

 俺は持っていた紙コップを傾けかけて、慌てて戻した。


「……告白?」

「うん。好きな人がいるんだけど、ちゃんと言える気がしなくて」


 中庭のベンチで、高峰は膝の上の鞄を見ていた。

 大学二年の秋。ゼミで顔を合わせるようになって半年経つけれど、彼女がこんなふうに声を小さくするのは珍しかった。


「俺でいいの?」

「宮坂くんがいい」


 顔を上げ、こちらを見る。

 その目に、一瞬だけ期待しかけた。


 好きな人に告白する練習だ。

 俺に告白するとは言っていない。


「……分かった」


 俺は答えた。

 よく分からないまま、引き受けてしまった。


     *


 高峰は美人だ。

 同じ学部なら、名前を知らなくても顔を知っている人は多いと思う。


 でも、俺が最初にちゃんと話したのは、グループ発表の準備だった。

 彼女は発表担当で、俺は資料をまとめる係。ほかの二人が調査した内容を、四人で一つの発表にする。


 最初の練習で、高峰は原稿の途中に引っかかった。

 言い直して、また同じところで止まる。


「ごめん。もう一回」


 隣の女子が「ゆっくりで大丈夫」と言う。

 高峰はうなずいたけれど、原稿を持つ指に力が入っていた。


「そこ、さっき説明してくれたときのほうが分かりやすかった」


 俺が言うと、彼女は顔を上げた。


「さっき?」

「原稿を読まずに、ここの数字の話してくれたとき」


 俺は資料の表を指した。


「この言い方、普段しないだろ。いつもの説明に変えない?」

「でも、発表だし。ちゃんとした言葉のほうが」

「先生にも伝わる説明なら、ちゃんとしてると思う」


 彼女は少し迷ってから、自分の言葉で話してみた。

 話し終えると、ほかの二人もうなずいた。


「今の、いいよ」


 そう言われ、高峰の肩が下がった。

 俺は彼女の言った言葉をメモして、原稿を直した。


 そのあとも何度か練習し、本番は時間内に終わった。

 質疑応答では高峰が自分で答え、調査を担当した二人が補足した。

 俺は手元の資料を出すだけで済んだ。


 打ち上げの食事で、男子の一人が高峰を褒めた。


「高峰さん、やっぱ発表うまいな」

「練習では、めちゃくちゃ止まってたよ」


 高峰は笑い、俺のほうを見た。


「資料の組み方、宮坂くんの案なんだよ。あれで話しやすくなった」


 俺は箸を止めた。


「別に、みんなで直しただろ」

「そう。でも、あの原稿にしなくてよかった」


 彼女はそう言って、ほかの二人にもお礼を言った。


 その翌週、俺が学食で席を探していると、高峰が手を上げた。


「ここ、空いてる」


 向かいに座って、先週の発表の評価を話した。

 食べ終えたあとも話が続き、次の授業へ一緒に行った。


 それから、顔を合わせると昼飯を食べるようになった。

 授業の愚痴、映画の話、家で失敗した料理の話。

 高峰はよく笑い、意見が違うと「それは違うと思う」と普通に言った。


 ある日、彼女が人の少ない購買の前で立ち止まった。


「宮坂くん、このパン食べたかったんじゃない?」


 前に一度、売り切れていて残念だったと話したものだ。


「覚えてたの?」

「あんなに棚見てたら、覚えるよ」


 笑う顔を見て、嬉しくなった。

 俺も、彼女が好きだと言ったものを覚えるようになった。


 ゼミのある日は、昼を一緒に食べられるか考えた。

 映画の予告を見れば、高峰はこういうのを好きそうだと思った。


 好きになっていた。

 ただ、彼女が俺といるのを楽しんでくれることと、俺を恋愛の相手に選ぶことは、同じとは限らない。


 今の関係は、居心地がよかった。

 壊したくなかった。


     *


 高峰が津田先輩と話しているのを見かけるようになったのは、最近のことだった。

 学生ラウンジの隅で、二人で座っている。

 別の日には、先輩のスマホをのぞき込みながら何か話していた。


 津田晴臣先輩は、一学年上の人だった。

 学内の催しで何度か顔を合わせたことがある。誰とでも話せるし、初対面の人の名前もすぐ覚える。


「津田先輩と仲いいんだな」


 昼飯のときに聞くと、高峰はうなずいた。


「高校の部活の先輩だから」

「最近、よく話してるよな」

「……恋愛相談してる」


 俺は、持ち上げた味噌汁を戻した。


「恋愛相談」

「うん。男の人から見て、どう思うのかなって」


 高峰は、俺の顔を見たあと、トレーに視線を落とした。


 誰を好きなのか、聞けばよかった。

 でも、彼女が答えるところを想像すると、聞きたくなくなった。


「そっか」


 俺は、それだけ言った。


 数日後、高峰は先輩との話を少し教えてくれた。


「ちゃんと言わないと伝わらないって。二人でいるだけじゃ、分からないよって言われた」


 俺は、彼女と先輩が並んでいた姿を思い出した。

 恋愛相談という形なら、好きな人とも二人で会える。

 先輩本人への気持ちを、遠回しに探っているのだろうか。


 そう思えば、俺に相手の名前を言わないことにも理由がついた。


 高峰が誰と付き合うか、俺に決める権利はない。

 ただ、一緒に昼飯を食べる回数は減るかもしれない。


 そのとき、どんな顔をすればいいのか考えた。


     *


 告白の練習を頼まれたのは、その翌週だった。

 引き受けてから、後悔した。


 高峰が誰かへの好意を口にするところを、俺が正面で聞くことになる。

 やっぱり無理だと言いたかった。

 でも、今になって断れば、理由を聞かれる。


 彼女も、勇気を出して頼んだ顔をしていた。

 その顔を見て、断れなかった。


 翌日の授業のあと、予約して使える小さなグループ学習室に行くことになった。

 普段も発表の練習に使っている部屋だ。俺たちは一時間だけ予約した。


 向かい合って座ると、高峰が鞄からノートを出した。


「いきなり全部言うの、難しそうだから。まず、好きなところを言ってみたい」

「俺は、聞いて感想言えばいい?」

「うん。伝わるか、教えて」


 彼女はページを開いた。

 短い文章がいくつか並んでいる。


「話したことを、覚えていてくれるところ」


 俺はうなずいた。

 昨日、彼女の好きな飲み物を覚えていて、購買で声をかけた。


 いや、先輩も覚えてくれるのだろう。

 人の名前を忘れない人だし。


「困ってると、何に困ってるか聞いてくれるところ」


 グループ発表のあとも、高峰に相談されることはあった。

 課題のどこまで調べればいいか迷っているとき、何が足りない気がするのか一緒に整理した。


 でも、相談相手なら、先輩も聞くだろう。


「ちゃんと自分の意見を言ってくれるから、私も話しやすいところ」


 そこで高峰がノートから顔を上げた。


「どう?」

「……いいと思う」


 俺は、うまく彼女を見られなかった。


「本当に?」

「うん。その人といると、安心するってことだろ」


 高峰が、ゆっくりうなずいた。


「安心する。でも、それだけじゃなくて」


 ページの端を指で押さえる。


「会える日は、ちょっと早く家を出たりする」


 俺もそうだった。

 ゼミの日は早めに大学へ行き、彼女がまだ来ていないかラウンジを見た。


 いくら何でも、当てはまりすぎじゃないか。


 彼女の顔を見られず、机の端へ視線を落とした。

 高峰が好きな人といるときも、俺と同じことを考えるのか。

 それとも。


「宮坂くん」


 呼ばれて顔を上げると、彼女がこちらを見ていた。


「今の言い方、変だった?」

「いや。変じゃない」

「じゃあ、どうしてそっちばっかり見てるの」


 返事に詰まった。


「……思ってたより、照れるから」


 それは本当だった。

 高峰は、ノートで口元を隠した。


「私も、結構照れてる」


 俺は、その先を聞けなかった。


     *


 その夜、高峰からメッセージが来た。


『今日はありがとう。もう一回だけ、付き合ってもらえる?』


 俺はスマホを持ったまま、ベッドに座った。

 もう一度、あの言葉を聞く。

 彼女が会うのを楽しみにしている相手の話を。


 練習中の顔を思い出した。

 俺が照れると言ったとき、彼女もノートで顔を隠した。


 もしかして、と何度も考えた。

 でも、そのたびに、先輩と並んでいた姿を思い出した。


 好きな相手に恋愛相談をするというのも、変な話だ。

 高峰が相談した相手と、告白したい相手は、別なのかもしれない。


 それなら、相手は誰だ。


 そこまで考えて、俺はスマホを伏せた。

 名前を聞かなかったのは、自分だ。

 高峰の好きな相手を先輩にしておけば、俺ではないと決めつけられる。

 期待せず、友達のままでいられる。


 そのほうが楽だと、思いたかった。


 画面を開き直し、『木曜のゼミのあとなら』と返した。

 すぐに『その日にお願いします』と届いた。


 高峰は告白するために練習している。

 俺は、自分の気持ちを隠すために練習相手をしている。


 机の上には、彼女が好きだと言った映画のチラシがあった。

 誰と観に行くのか聞きたくて、結局持って帰っただけのものだ。


 俺はチラシを裏返した。

 そうしてから、また表へ戻した。


     *


 木曜日、俺たちは前と同じ部屋で向かい合った。

 高峰はノートを開き、前より少し長い文章を見せた。


「好きなところだけだと、友達として好きなのかなって思われそうだから」


 その一言に、胸の奥が落ち着かなくなった。


「今日は、その人とどうなりたいかまで言ってみる」


 俺はうなずいた。


 高峰は、最初の一文を読んだ。


「一緒にいると楽しいです。授業がない日にも、会いたいと思っています」


 練習だと分かっていても、心臓がうるさかった。

 俺も、授業のない日に会いたかった。

 映画だけでなく、どこかへ出かけたあとに、何でもない話をしたかった。


「私が失敗したときに、ただ大丈夫って言うんじゃなくて、どうすればいいか一緒に考えてくれて」


 彼女が、ノートを机に置いた。


「発表の原稿、私の言い方でいいって言ってくれたのが、嬉しかった」


 息が止まりそうになった。


 それは、俺との出来事だ。

 津田先輩は、あのグループにいなかった。


 高峰は俺を見ていた。

 ノートの中ではなく、俺に向かって話していた。


 分かった気がした。

 嬉しくて、同じくらい怖かった。


「……先輩に言うなら、先輩との出来事にしたほうが」


 口にしてから、自分が何を言っているか分かった。

 彼女が言ったことを、そのまま受け取ればいい。

 それなのに、俺は別の相手の話へ戻そうとしていた。


 高峰は、眉を寄せた。


「今、宮坂くんとの出来事を話してるんだけど」


 部屋が静かになった。

 廊下を誰かが歩き、ドアの前を通り過ぎる音がした。


 俺は、机から手を離した。


「好きな相手って、俺?」


 高峰はうなずいた。

 それから、小さく「うん」と言った。


「先輩じゃなくて?」

「津田先輩は、相談相手。好きなのは、宮坂くん」


 今度は、何も言い換えられなかった。


 高峰は、ノートの端を握った。


「ごめん。練習って言えば、断られても練習だったことにできると思った」


 彼女の声が揺れた。


「ほんとは、この前の練習で最後まで言うつもりだった。でも、変じゃないって言ってもらえて、それでほっとして、言えなくなった」


「分かるよ」


 俺も、ちゃんと言葉にならなかった。


「練習相手として頼んだのに、本当の告白だって、ずるいよね。宮坂くんが困ることも、考えなかった」


 俺は首を振りかけて、止めた。

 平気だったとは言えない。

 好きな人が別の誰かへ告白するために、俺を選んだのだと思って、つらかった。


「困った」


 高峰が顔を上げた。


「でも、俺も先輩のことだって決めつけた。聞けばよかったのに」


 彼女のノートには、同じ言葉を消して書き直した跡があった。


「練習のときも、俺に当てはまるなって思った。でも、期待して違ったら嫌だったから」


 高峰の指が、少し緩んだ。


「……期待したの?」


 ここで曖昧に答えたら、また彼女に考えさせることになる。

 高峰は、俺の顔を見て待っていた。


「した」


 俺は答えた。

 彼女の目が、少し大きくなった。


「だから、練習は終わり」


 俺は一度息を吸った。


「今度は、俺から言わせて」


 高峰は、ノートから手を離した。


「俺も、高峰が好きです」


 最初の言葉を言うだけで、こんなに息が足りなくなるとは思わなかった。


「発表のあと、一緒に昼飯を食べるようになって。ゼミの日、会えるかどうか考えるようになった」


 高峰がうなずいた。


「俺が話したことを覚えてくれるのも、自分から誘ってくれるのも、嬉しかった。映画の話をすると、誰と行くのか気になってた」


 言ってしまえば、全部、自分が好きだった証拠だった。

 今まで何を隠せたつもりでいたのだろう。


「先輩への告白だと思って、応援するのは、嫌だった」


 高峰が、少し笑った。


「応援しなくていいよ」

「うん。もうしない」


 俺も笑ってから、もう一度彼女を見た。


「俺と付き合ってください」


 高峰は、すぐにうなずいた。


「はい」


 そう言ってから、指で目元を押さえた。

 俺は鞄へ手を伸ばし、ティッシュを出した。


「ありがとう」


 彼女は一枚取って、笑った。


「好きなところ、もう一個増えた」

「ティッシュ持ってたところ?」

「今、変にごまかさずに待ってくれるところ」


 俺は何も言えなくなった。

 高峰が顔を上げるまで、彼女のノートを見ていた。


 開いたページの最後には、『付き合ってください』と書いてあった。

 その下に、丸い文字で、『ちゃんと相手を見る』とあった。


     *


 予約の時間が終わる前に、二人で部屋を出た。

 借りた鍵を返し、階段を下りる。


 高峰は、さっきから何度も俺のほうを見た。

 俺も、彼女を見ていた。

 視線が合うたび、どちらかが笑ってしまった。


「俺、変な顔してる?」

「してない。私、いつもどおり?」

「いつもより、よくこっち見てる」

「そっちもだよ」


 出口の前で、彼女が足を止めた。


「これ、先輩に報告してもいい?」

「うん」

「練習なんかしないで、そのまま言えばいいのにって言われてたから」


 俺は、少しだけ肩を落とした。


「俺が勝手に勘違いしてたことも、謝っといて」

 高峰は、少し笑った。


「そこまでしなくていいよ。本人には言ってないんでしょ。だったら、今度普通に話してあげて」


 確かに、先輩には何もしていない。

 俺の中で勝手に恋敵にして、会うたび少し構えていただけだ。


「そうする」


 高峰はスマホを出し、短い文を送った。

 しまう前に返事が届いたらしく、画面を見て笑う。


「何て?」

「よかったな、だって」


 そう言って、画面をこちらへ向けた。

 余計なからかいも、長い説教もなかった。


 俺は、ようやく普通に先輩のことを考えられた。


 外へ出ると、夕方の風が涼しかった。

 校門へ向かいながら、高峰が鞄を持ち直した。


「宮坂くん、今度の日曜日、空いてる?」


 俺はうなずいた。


「空いてる」

「じゃあ、誘う練習、もう一回していい?」


 彼女は、さっきと違って楽しそうだった。

 俺は彼女のほうを向いた。


「本番でお願いします」


 高峰が笑った。


「日曜日、私と映画に行ってください」

「行きます」


 返事をすると、彼女の口元が緩んだ。


「何観る?」

「前に、チラシ見てた映画。俺も気になってる」

「私も、宮坂くんと観たかった」


 その言葉を、今度は打ち消さなかった。


「俺も」


 スマホで上映時間を調べると、昼過ぎの回があった。

 その前に昼飯を食べようと話して、駅で待ち合わせる時間を決めた。


 日曜日の予定を、一緒に決めている。

 練習でも、友達への助言でもない。


 校門の手前で、高峰がもう一度足を止めた。


「あの、修平くんって呼んでもいい?」


 俺は、自分の名前を聞いて、少し返事が遅れた。


「……うん。俺も、莉帆って呼んでいい?」

「いいよ」


 呼んでみようとして、彼女の顔を見た。

 莉帆は、期待した顔で待っていた。


「莉帆」


 言うと、彼女がうなずいた。


「はい」


 それだけで、こんなに嬉しい。


 駅へ向かって歩き出したあと、俺は鞄を反対の肩へ掛け直した。

 空いた手を、彼女のほうへ出す。


「手、つないでもいい?」


 莉帆は、俺の手を見てから、こちらを見た。


「それも、練習?」

「本番」


 彼女は笑い、俺の手を取った。


 次のゼミまで、会えないと思っていた。

 今は、その前の日曜日が待ち遠しかった。


~完~


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


楽しんでいただけましたら、ページ下部の「☆☆☆☆☆」から評価をいただけると嬉しいです。

ブックマークやご感想も、今後の執筆の励みになります。


どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。