口八丁8割手八丁2割で乗り切ります
ふと思いついたプロットをまとめてみたら案外面白かったので短編にしてみました。
「異議あり! 被告が提出した証拠は、本件の大型詐欺を隠蔽するための偽造文書であると立証できます!」
法廷に私の声が響き渡る。数千億円規模の大型経済倒産と、その裏に潜む巨悪な詐欺事件。数年間に及ぶ地獄のような調査と徹夜の準備が、今まさに実を結ぼうとしていた。裁判官が頷き、被告の顔が青ざめる。勝てる。正義は、そして私の弁護士としての執念は勝つ――。
そう確信した瞬間、私の視界は唐突にブラックアウトした。
胸をハンマーで殴られたような激痛。過労による心不全。
薄れゆく意識の中で、私は自分の体が崩れ落ちるのを感じながら、ただただ無念さに歯を噛み締めていた。
(あと少しで、勝訴だったのに……!)
* * *
次に目覚めたとき、私は冷たい石畳の上に倒れていた。
そこは高層ビルが立ち並ぶ東京ではなく、馬車が行き交い、剣とローブを身に纏った人々が歩く、中世ヨーロッパのような街並みだった。
間もなくして、私は自分の現状を理解した。
私の名前はルーカス。スラムで孤児として死にかけていた15歳の少年の体に、前世の記憶を持ったまま「転生」してしまったらしい。
そしてこの世界は、圧倒的な「魔法」の力が支配する階級社会だった。魔法の出力が高ければ貴族としてふんぞり返り、魔法が使えなければ虫ケラのように扱われる。
残酷なことに、私――ルーカスには、魔力が「ゼロ」だった。火の粉一つ起こせない。この世界における絶対的な最下層である。
しかし、神の気まぐれか、私には一つだけ【ユニークスキル】が宿っていた。
スキルの名は『説得力』。
最初、私はこれを「相手を思い通りに操れるチート能力」だと思い歓喜した。なぜなら容易く皆思う通りに動くのだ。だが、すぐに絶望に変わる。このスキルには、催眠術や洗脳のような「強制力」が一切なかったのだ。この辺りの人々の教育水準の低さもあり、そう誤解したのだった。なぜなら、
例えば、パン屋で「パンをタダでくれ」と言っても、普通に追い払われる。
このスキルが発動する条件はただ一つ、「相手が論理的に納得できる筋道が通っていること」。
筋道さえ通っていれば、相手の感情的な反発や偏見(例えば『魔力ゼロのゴミの言うことなど聞けない』といったプライド)を排除し、「確かにその通りだ。これは私自身が選んだ賢明な判断だ」と、相手に深く『納得』させることができる、というものだった。
つまり、私が提示する条件が相手にとってメリットがない場合、スキルは全くの無意味。結局のところ、自分の頭と口を使って相手を論破し、誘導しなければならないという、ひどく頼りない能力だった。
「……ふざけるな」
私はスラムの路地裏で歯軋りをした。
「そんなもの、前世で私が散々やってきた『法廷戦術』そのものじゃないか!ウンザリなんだよ」
しかし、逆に考えると、強制的な洗脳など、後で必ず綻びが出る。人が最も思い通りに動くのは、「自分で決断した」と思い込んでいる時だ。
強大な魔法が全てを解決するこの世界は、皮肉なことに「法律」や「経済」、そして「論理的交渉術」が中世レベルで停滞していた。
弁護士としての前世の知識と、偏見を突破する『説得力』のスキル。この二つがあれば、魔法などなくとも戦えるのではないか。
私は前を向く。
私の、第二の法廷劇が幕を開けた。
* * *
手始めに、私は商業ギルドでの「契約トラブル」に目をつけた。
横暴な下級貴族が、難癖をつけて大商人の資産を合法的に差し押さえようとしていたのだ。商人は泣き寝入り寸前だった。
私は商人の代理人(自称)として貴族の前に立った。案の定、魔力ゼロの私を見て貴族は鼻で笑った。
「ゴミめ、魔法で消し炭にされたいか」
私は怯まず、彼が突きつけた契約書の「法の抜け穴」を的確に指摘した。その上で、こう囁いたのだ。
「閣下。確かにこの資産を奪うことは可能です。しかし、この商人を潰せば、閣下の領地を通過する物流は三割減少し、数年後には徴収できる税収が差し押さえ額を下回ります。逆に恩を売り、専属の卸問屋として優遇税制を敷けば、五年で得られる利益は現在の十倍。……賢明なる閣下であれば、目先の小銭より、未来の金脈を選ぶのではありませんか?」
ここでスキル『説得力』が発動する。
私の提示した「経済的メリットの事実」が、貴族の傲慢なプライドをすり抜け、彼の脳内にスッと浸透していく。
「……ふむ。確かにお前の言う通りだ。私は最初から、この商人を私の傘下に入れるつもりだったのだ。決して目先の金に目が眩んだわけではないぞ」
「ええ、まさに閣下のご慧眼の通りです」
貴族は自らの判断に満足し、商人は破産を免れた。
商人から莫大な報酬と「知恵者」としての信頼を得た私は、それを元手に身なりを整え、次々と貴族同士の領地問題や、国家間の貿易摩擦の調停に首を突っ込んでいった。
炎を放つ魔法使いが何日もかけて魔物を討伐し、百万ゴールドを稼ぐ間に。
私は書類一枚と数時間の「対話」だけで、千万ゴールドを動かした。
私の『説得力』は、決して相手を騙さない。
相手の利益と私の利益が交差する「落とし所」を見つけ出し、そこに誘導するだけだ。だが、相手は皆、「ルーカスは自分のために最高の提案をしてくれた」と信じ込み、勝手に私への評価を高めていった。
気づけば私は、一国の国王の専属法務・経済顧問にまで成り上がっていた。
* * *
そして転生から十数年後。
王国は未曾有の危機に瀕していた。近隣の帝国との戦争による莫大な戦費、魔法貴族たちの浪費による国家財政の破綻。まさに、前世で私が死ぬ直前に扱っていた「大型経済倒産」と同じ状況だった。
王国の議会では、高位の魔法貴族たちが「平民からさらに税を絞り取れ」「帝国を焦土にしろ」と非現実的な暴論を叫んでいた。
議長席に座る国王が、疲労困憊の顔で私を見た。
「ルーカスよ……頼む」
私はゆっくりと議会の中央に進み出た。魔力ゼロの私の登場に、貴族たちは侮蔑の視線を向ける。
私は深呼吸をし、書類の束を掲げた。
「諸侯の皆様。増税も、全面戦争も、我が国の破滅を意味します。ここに、国家予算の抜本的再編、不要な特権階級の年金廃止、そして帝国との経済協定による『計画倒産と再生』のロードマップを作成しました」
「無礼な! 我々貴族の特権を奪う気か! そんな策、誰が納得するものか!」
大貴族の一人が激昂し、手に特大の炎の魔法を浮かべる。
私は一切動じず、彼らを真っ直ぐに見据えた。
「皆様は、泥の舟で沈むおつもりか? 特権を手放すのではありません。時代遅れの利権を資本に変え、帝国との新たな合同貿易会社の株主となるのです。魔法の力ではなく、経済の力で他国を支配する。これは、皆様のような『優秀な支配者』にしかできない、最も気高く、最も利益の出る選択のはずです」
私の前世からの全経験、弁論の技術、そしてユニークスキル『説得力』を最大出力で放つ。
魔法の炎よりも熱く、剣よりも鋭い「論理」が、議事堂を支配した。
怒りに燃えていた大貴族の炎が、ふっと消えた。
彼は顎に手を当て、深く頷く。
「……なるほど。無知な平民から搾取するより、帝国の経済を牛耳る方が、我々高位貴族にふさわしい盤上というわけだ。ふん、最初から私もそう考えていたところだ」
「ええ、私も同感です。さすがは我が国の貴族代表の皆様だ」
議場は、割れんばかりの拍手に包まれた。
誰もが、私が提示した国家再生プランを「自分たちで閃いた最高の解決策」だと信じて疑わなかった。
* * *
翌日。
私は王室のバルコニーに立ち、眼下に広がる王都を見下ろしていた。
「ルーカス。今日からお前が、我が国の宰相だ。お前にこの国は救われたのだ」
国王が私の肩にマントを掛けながら、感慨深げに言った。
「もったいないお言葉です、陛下。私はただ、皆様が『正しい選択』をするためのお手伝いをしたに過ぎません」
私は恭しく一礼する。
宰相の地位。国家の全権。
魔法一つ使えない私が、この世界で最も高い場所に立っている。洗脳や恐怖による支配ではなく、ただ「納得」させることだけで。
(前世では、過労で判決を聞き逃してしまったからな)
私は小さく笑う。
今度の裁判(人生)は、どうやら私の完全勝訴で結審しそうである。
そうして、宰相に就任し、国家の再建という激務をこなす私の前に、新たな「厄介な案件」が舞い込んできた。
四大公爵家の一角であり、国内屈指の魔力を誇る名門貴族の令嬢、カトリーナである。
彼女は議会での私の演説を聞いて以来、どういうわけか私の「言論術」にすっかり魅了されてしまったらしい。
「ああ、ルーカス! あなたのあの理路整然とした弁論、無能な貴族たちを言葉だけで蹂躙する圧倒的な知性! 魔力を持たないあなたですが、その頭脳は私の夫となるにふさわしいわ!」
執務室に押しかけては、最高級の魔石や領地の権利書を机に積み上げ、連日のように結婚を迫ってくる。圧倒的な魔力と権力を持つ彼女の求婚を無碍に断れば、公爵家の面子を潰し、最悪の場合は物理的(魔法的)に消されかねない。あるいは、強権を発動して無理やり外堀を埋められる危険すらあった。
私は前世の「厄介なクレーマー対応」の経験と、スキル『説得力』をフル稼働させた。
「カトリーナ様、あなたのお言葉は大変光栄です。しかし、よく考えてみてください」
私はあえて深刻な表情を作り、声を潜めた。
「今、平民出の私が公爵家と婚姻を結べば、他の貴族たちは『公爵家が宰相を傀儡にして国を乗っ取ろうとしている』と結託し、必ずやあなたの御実家を総攻撃するでしょう。あなたの美しく完璧な経歴に、そのような俗悪な政治闘争の泥を塗るわけにはいきません」
「それは……確かに、目障りな虫共が騒ぎ立てるでしょうね」
「ええ。それに、ただの『妻』という枠に収まるのは、あなたの才能に対する冒涜です。結婚という法的な縛りに囚われるのではなく、公爵家という最強の立場から、私という宰相の後ろ盾となる『影の支配者』……それこそが、あなたの知性と気高さに最もふさわしい立ち位置ではありませんか?」
私の提示した「影の支配者」という甘美な響きと、「公爵家を守りつつ実権を握る」という論理的な大義名分。スキル『説得力』が、彼女の肥大したプライドを完璧に満たしながら脳髄に浸透していく。
「……ふふ、ふふふ! そうね、その通りだわ! 俗物共と同じ結婚制度など、私には相応しくない。私は影からこの国を、そしてあなたを動かすパトロンとして君臨するわ!」
「ええ、まさにあなた様のご慧眼の通りです」
こうして私は、猛烈なストーカー令嬢を「頼もしい(そして物理的に距離を置いてくれる)政治的スポンサー」へと見事にスライドさせることに成功したのである。
* * *
化けの皮を被り続け、一瞬の隙も見せられない宮廷での日々。そんな私の唯一の安らぎの場所は、王都の裏路地にある薄汚れた、しかしひどく居心地の良い定食屋だった。
「はいよ、ルーカスさん。今日もいつもの『野菜のクズ肉煮込み』でいいかい? 宰相様なんだから、もっといいモン食えばいいのに」
厨房から笑顔で顔を出したのは、店主の娘・アンナだ。
そばかすのある親しみやすい顔立ちで、魔力は生活魔法(指先に火をつけたり水を少し出したりする程度)しか使えない、ごく普通の平民の娘である。
私がまだスラム上がりで、日々のパンにも困っていた駆け出しの頃から、彼女は私を特別扱いすることなく、いつも山盛りの煮込みを出してくれていた。
「いや、宮廷の脂っこいフルコースにはもううんざりでね。アンナの作るこの煮込みが、世界で一番頭の疲れが取れるんだ」
「あはは! お世辞が上手いねえ、相変わらず」
彼女の前では、私は前世の弁護士としての仮面も、現世の宰相としての威厳も被らなくてよかった。
そして何より、私はいまだかつて一度も、彼女に対してスキル『説得力』を使ったことがなかった。打算も、駆け引きも、論理的な誘導も必要ない。彼女と何気ない会話をしていると、前世から擦り切れ続けてきた私の心が、ゆっくりと血の通った人間らしさを取り戻していくのを感じるのだ。
ある夜、店じまいを手伝いながら、私はぽつりと言った。
「アンナ。……私と、家族になってくれないか」
アンナは拭いていた皿を落としそうになり、目を丸くして私を見た。
「えっ……でも、ルーカスさんは今や国のトップで……私なんて、ただの定食屋の娘だよ? 貴族のお姫様とか、もっと似合いの人が……」
「君がいいんだ。いや、君じゃなきゃダメなんだ」
私は彼女の手をそっと握った。
「宮廷では、私は常に誰かを説得し、論破し、動かさなければならない。でも、君の隣にいる時だけは、私はただの『ルーカス』でいられる。私の、心から帰る場所になってほしい」
そこには、スキルも、緻密な法廷戦術も一切なかった。
ただの、不器用で真っ直ぐな、一人の男の願いだった。
アンナは少しだけ泣きそうな顔をした後、照れ隠しのように笑って私の手を握り返してくれた。
「……もう。そんなに言うなら、毎晩、とびきり美味しい煮込みを作って待ってなきゃいけないね」
* * *
後日、宰相ルーカスが「裏路地の定食屋の娘」を妻に迎えたというニュースは、王都中を大いに驚かせた。
「なぜあのような平民の娘を?」「どんな魔法の才能が隠されているのだ?」と貴族たちは邪推したが、答えは至ってシンプルである。
「論理」や「損得」を極め、言葉一つで国を動かす男が、生涯の伴侶を選ぶにおいて唯一手放した基準。
それは「理屈抜きで心安らげること」、ただそれだけだったのだから。
暴力に頼らない快適な異生活というのが何か気に入ったので、読んでいただける方が多いようなら長編にもチャレンジしてみたいです。




