ステゴロ大好き令嬢と命を狙われてる王子
それは二十年生きてきた私にとって青天の霹靂だった。
「ええっ!? アーレン殿下が私を婿にしたいですって!?」
「うん、嫁な。婿じゃなくて」
「ど、どういうことですか、お父様! アーレン殿下が私を婿にしたいだなんて!」
「だから嫁な。父さん、男の子を育てた覚えはないぞ」
この国を統べる王・アーサー王の息子にして第一王子のアーレン殿下。
端正なマスクと物腰の柔らかいたたずまいが世の中の令嬢を虜にしているという噂の王子様。
そんなアーレン殿下が私と結婚したい。
何かの間違いじゃなかろうか。
「あの……、同姓同名の別人という可能性は?」
「それは考えられない。オフィーリア・ハーネスなんて名前、この辺りだとお前だけだろう?」
確かにオフィーリア・ハーネスという名はこの辺りでは私しかいない。
隣町に、オリビア・ハーモニーという男爵家の令嬢はいるが。
「ハッ! もしかしてお父様! 殿下はオリビア様と間違われているのでは!?」
「いや、オリビア様は確かまだ三つか四つのはずだが……」
「きっと殿下はロリコンなのよ!」
言い終わるか言い終わらないかするうちに「たわけ!」とお父様のチョップが飛んできた。
「殿下をロリコン呼ばわりするとは何事か!」
「だ、だって……、そうでも考えないとあまりにあり得なさ過ぎて……」
頭を押さえながら言うと、お父様は「ふう」とため息をつきながらおっしゃった。
「それなんだがな、オフィーリアよ。お前、数年前に路地裏でごろつき集団から一人の少年を助けたのを覚えとらんか?」
「数年前にごろつき集団から一人の少年を……?」
腕を組んで記憶を呼び起こす。
うーん、そういえばそんなことがあったような、なかったような。
ぶっちゃけ、そんな昔のことなど覚えてない。
「街のごろつきを相手にするなんて日常茶飯事のことだから記憶にございませんわ」
するとまたもや「たわけ!」というお父様のチョップが飛んできた。
「そんなものを日常茶飯事にするな、ばかもの!」
「痛いですぅ、お父様」
「ええい、こんな時だけナヨナヨしおって! 仮にもお前は伯爵令嬢なのだぞ? 誰彼かまわずケンカを吹っ掛けるな」
「え、ええ、もちろんわかっていますわ」
お父様に言われてスッと姿勢を正す。
蝶のように舞い、ゴリラのように相手をぶっ飛ばす華麗なる伯爵令嬢オフィーリア。
それが私。
巷では街中で起こるいざこざに首を突っ込みたがる私の性格に「ステゴロ大好き令嬢」とも呼ばれていたりするけれど、まあお父様は知らないほうがいいでしょう。
「で? まさかその助けた少年がアーレン殿下だったというわけですか?」
「そのまさかだ。当時まだ十四歳だったアーレン殿下は、ごろつきと戦うお前の姿に一目惚れしたそうでな。まあ、少年によくある“憧れ”をお前に抱いたそうなのだ」
「まあ!」
ごろつき相手に戦う私に一目惚れ。
この国の未来が心配だ。
「で、先月ようやく殿下は十八歳の誕生日を迎えられて、晴れてお前を嫁にしたいと言ってきたわけだ」
ああ、そういえばこの国の成人年齢は十八歳でしたっけ。
私、すでに二十歳ですけど全然そういう話は舞い込んでまいりませんでしたね。
にしても初めて舞い込んできた相手が王子って……。
「お父様、それは拒否はできないのでしょうか」
「なぜだ? とても名誉な事ではないか」
「だって私、王妃教育も受けてませんし……」
「今から王妃教育を受ければよい」
「こんな見た目ですし……」
「オフィーリアは世界一可愛いぞ」
「ぶっちゃけ、超めんどい」
「たわけ!」
またチョップされた。
これで通算三回目。
虐待で訴えようかしら。
「とにかく! 三日後、殿下が直接お前と会いたいそうだから、その日はお城へ行け。迎えの馬車が来る手はずになっておる」
「ええ、三日後!? そんな、困ります!」
「なんだ? 何かあるのか?」
「その日は砂浜で下半身トレーニングをする予定でしたのに!」
「砂浜で筋トレする令嬢がどこにいるんだ、たわけー!」
本日四回目のチョップが私の脳天に叩きつけられたのだった。
三日後。
お城からお迎えの馬車が来た。
私は言われた通り、慣れないドレスを着て少しだけおめかししてお城へと赴いた。
さすがに殿下とお会いになるというのにすっぴんはよくないと思い、亡き母がよく使っていたという化粧道具を持ち出したのだ。
しかし一度も化粧なんてしたことのない私。
お父様に聞いても使い方を知らないと言うし、侍女たちに聞いても私に化粧なんてしたらぶん投げられそうだからしたくないって言うし。
仕方なく自分で使ってみたけれど、これがなかなかな出来栄えだった。
きっと今後の舞踏会でもダンスのお誘いが絶えないんじゃないかしら。
そう思いながらウキウキした気分でお城につくと、城門の中からすぐに使用人たちが駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、オフィーリア様。わたくし、メイド長の……ぶほぉ!」
ぶほぉ?
「げほ、げほ! ば、化け物……げほ!」
すぐさま周りにいるメイドさんたちが「メイド長!」と背中をさする。
「あ、あの? メイド長の……ブホォさんでよろしいのでしょうか?」
「い、いえ、メイド長のマーサと申します。大変失礼しました。オフィーリア様でいらっしゃいますでしょうか」
「はい。ダンケル・ハーネスの長女、オフィーリア・ハーネスです。どうぞ、お見知りおきを」
「あ、あの、失礼ですがそのお顔はわざと……?」
「はい?」
「パンダーのような顔をしてらっしゃるもので……」
パンダー!?
あの黒と白の可愛らしい猛獣の!?
そんなバカなと、私はとっさに懐にしまっていた手鏡を取り出した。
いや。
いやいやいやいや。
いくらなんでもパンダーは言い過ぎだろう。
確かに白粉を顔中に塗りたくり、ペンで眉や目の周りを黒く染め、真っ赤な口紅で口中を真っ赤にした姿はパンダーっぽい感じがしないでもないけれど。
ってか、だいぶ失礼じゃない? この人。
私は手鏡をしまって、マーサさんに言った。
「わざとではありません。今日はアーレン殿下とお会いになる大切な日。自分なりに綺麗に着飾ったつもりです」
「は、はあ、そうですか……」
そう言って気のない返事をするマーサさん。
心なしか他の使用人たちも唖然としながら私を見つめている。
そんなにおかしいか、私の顔。
「そ、それであれば殿下の待つ庭園にご案内いたします。本来ならこちらで身支度を整えたいところですが……」
庭園。
王子様ともなると、そういうシチュエーションにもこだわるのね。
ぶっちゃけ私としてはどうでもいい話なのでどこでもいいのだけれど……。
メイド長に案内されたお城の中庭。
そこの真ん中に白で統一されたオシャレなテーブルと椅子があり、そこに一人の金髪の青年が座っていた。
あれが、アーレン殿下?
静々と近くに寄ると、椅子に座っていた青年がゆっくりと立ち上がった。
「ああ! 親愛なるオフィーリア! ようこそお越し……ぶほぉ!」
また言われた!
このお城、むせるのが流行ってるのかしら。
「げ、げほ、げほ!」
「殿下!」
すぐに従者が駆けつけて背中をさする。
色白で綺麗な顔をしているけれど、どこか弱々しい。
「げほ、げほ! す、すまない……。ちょっと想像の斜め上を行く装いだったもので……」
なんだかいい意味で言われてないような気がするのは気のせいだろうか。
「げほ、げほ。もう大丈夫だ、ありがとう」
アーレン殿下はそう言って従者を下がらせた。
従者にまで気をつかう方なのね。ちょっといい人かも。
そんなアーレン殿下はスッと姿勢を正して言った。
「改めて、ようこそお越しくださいましたオフィーリア。アーサー王が嫡男、第一王子のアーレン・ルーベルトです」
言われてハッとする。
「お初にお目にかかります。ダンケル・ハーネスの長女、オフィーリア・ハーネスです」
そう言ってドレスの裾をつかんでお辞儀。
慣れないカーテシーにちょっと転びそうになる。
そんな私を見てアーレン殿下は「ふふ」と笑った。
「そんなに畏まらないでください。今日は僕がワガママを言って来ていただいたのですから」
ぐっはあ、眩しい!
なにこの王子。
笑顔がほんと眩しすぎるんですけど!
……あ、太陽の光か!
太陽の光が反射してるんだな、きっと。
ひとりでうんうん頷いていると、アーレン殿下が自ら椅子を引いて促してきた。
「オフィーリア、どうぞこちらに」
エスコートまでされてしまった。
「ど、どうも」と言って椅子に座る。
アーレン殿下も椅子に座り、ニコニコしながら私を見つめていた。
き、気まずい……!
とりあえず出されたお茶に手を伸ばす。
一口飲むと、芳醇な香りが口内に広がった。
なにこれ、うんま!
思わず二口め、三口めとお茶を飲む。
うまい、うますぎる。
どこの茶葉かしら。
帰りに少しくれないかな。
刹那。
ものすごい殺気を感じた。
な、なに? この異常な殺気は。
耳を澄ますと、キリキリと弓を引き絞る音が微かに聞こえてくる。
「殿下!」
私は、思わず殿下の身体を突き飛ばした。
「え……わっ!」
その直後、殿下のいた場所に無数の矢が突き刺さった。
私が突き飛ばさなければ殿下の身体は貫かれていただろう。
な、なにこれ。
白昼堂々、王子の暗殺?
「殿下、私の後ろに隠れてくださいまし!」
そう言って背中に殿下を隠す。
相変わらずキリキリという音と共に無数の矢が飛んでくる。
私はそれは手刀ですべて払いのけた。
「こ、これはどういうことですの!?」
「ご、ごめん。まさかこんな場所で襲ってくるとは……」
次の殿下の言葉に、私は耳を疑った。
「実は僕、命を狙われてるんだ」
な、な、な……
「なんですってーーーーー!?」
私は驚きとともに手刀で矢を払いのけた。
「それはいったいどういうことですの!?」
シュッと飛んでくる矢をスパン、と払いのける。
「おそらく、宰相の仕業だと思う……」
シュッと飛んでくる矢をスパン、と払いのける。
「宰相の?」
シュッと飛んでくる矢をスパン、と払いのける。
「僕が病弱だから、亡き者にして自分が実権を握りたいんだ」
シュッと飛んでくる矢をスパン、と払いのける。
……ああ、もううっとうしい。話が進まない。
「殿下、しばしお待ちくださいね」
私はそう言って、矢が飛んでくる方向に駆けだしていった。
どこから飛んできてるかはもうわかっている。
私が行くと、覆面で顔を隠した暗殺者が数名、木の陰から弓を引き絞っていた。
「はい、ビンゴ」
「な!?」
まさか私がここまで一瞬でやって来るとは思わなかったのだろう。
日々、砂浜で鍛えた脚力を舐めないでいただきたい。
「てい!」
慌てふためく暗殺者をとりあえず気絶させて殿下の元へと担いでいった。
「殿下、さっきから矢を放っていたのはこいつらですわ」
「さ、さすがオフィーリアだね。素晴らしいよ」
「お褒めいただき光栄ですわ」
そう言いながら暗殺者の覆面を取る。
するとなんということ。
覆面の下には、さきほど私を案内したメイド長の「ぶほぉ」さん? でしたっけ?
ぶほぉさんの顔が現れた。
「マ、マーサ!?」
その顔を見て驚く殿下。
ああ、そうそう。マーサさん。
「メイド長が殿下のお命を狙ったのですか?」
「まさか、そんな……」
さすがの殿下もショックを受けてるご様子。
でもマーサさんが命を狙うとしたら、別にいつでもできたんじゃなかろうか。
なぜ今日という日を選んだのだろう。
私はその疑問を解消するため、気絶しているマーサさんをたたき起こすことにした。
「マーサさん、起きてください」
パコン! と頭を叩くとマーサさんは「ぎゃっ」と叫んで飛び起きた。
そんなに強く叩いてはいないのだけど……。
「マーサさん、お聞きしたいことがあります」
目を覚ましたマーサさんに顔を近づけて話しかけると、マーサさんは
「ぎゃああああああ!! 化け物ーーーーー!!!!」
と言って再び気絶してしまった。
化け物って……。
結局、マーサさんから事情を聞くことはできなかった。
※
その日はそのまま帰宅した私。
殿下は帰る私に茶葉まで用意してくれた。
いい人だ。
早速帰ったら砂浜でトレーニングがてら飲もう。
けれども、帰ってみると屋敷の前が騒々しかった。
「ダンケル・ハーネス! ならびにオフィーリア・ハーネス! 両名にアーレン殿下暗殺の疑いがかけられている! おとなしくお縄につけ」
「何かの間違いです! 我々はそんなこと……」
「隣国のスパイとして潜り込み、アーレン殿下を亡き者にしようとしているという情報が入ったのだ。抵抗するな」
どうやら数人の衛兵とお父様が言い争っているようだ。
「何事ですか? お父様」
声をかけると、屋敷の前で書状を持った衛兵が私に顔を向けた。
「な……! き、貴様は……!」
一瞬驚いた顔をしつつも、眉を寄せる。
「……誰だ?」
「オフィーリア・ハーネスです」
「な、なに!? オフィーリア!? ……え? オフィーリア?」
その表情は「こんな顔だったか?」と言っている。
まあ、確かに今は化粧で変わってますけど。
「どういうことだ? オフィーリアは殿下の屋敷で捕まってる手はずになってるだろ?」
そう言って近くの衛兵に声をかける。
「そのようにしてましたが、マーサがしくじったのかも」
「ちっ、あの役立たずめ。オフィーリアに暗殺の汚名を着せる計画が台無しではないか」
「このままでは宰相の関与が疑われてしまいます。どうしましょう?」
「いや、大丈夫だ。まだ宰相が関与してるという証拠はない。ここは間違いでしたと言って引いておこう」
「御意」
おいおいおいおーーーーい。
全部聞こえてるんですけど?
バカなの?
この人たち、みんなバカなの?
「なるほど、やはり殿下の暗殺計画は宰相の仕業でしたか」
「な、なんのことだ?」
「すべて聞こえておりましたわよ? 私に暗殺の汚名を着せようとしてたことも」
お父様も顔を真っ赤に染めて衛兵に詰め寄った。
「ど、どういうことだ! 殿下を暗殺しオフィーリアに罪を着せるとは! しかも宰相の仕業だと!? そんなことが許されると思っているのか!」
すると衛兵はお父様を突き飛ばし、スラリと剣を抜いた。
「ふん、どういうこともこういうこともない。病弱な第一王子を暗殺し、幼い第二王子を傀儡にして宰相が実権を握ろうというのだ。王宮内でよくある覇権争いではないか」
「国家反逆罪だぞ!?」
「それがどうした。貴様らを消せばいいだけのこと」
あらあら。
ずいぶんとわかりやすい展開になりましたわね。
うんうん、小悪党はそうでなくっちゃ。
「聞かなかった振りをしておれば死ななかったものを。本当に残念だ。せいや!」
衛兵の剣がお父様の首を撥ねる前に、私の手刀がその切っ先をたたき割った。
「な……!?」
驚愕する衛兵にすかさずチョップをかます。
衛兵は「げふん!」と変な声を出しながら崩れ落ちた。
「て、抵抗するのか、貴様……!」
それを見ていた他の衛兵たちには回し蹴りをお見舞いし、遠くへ吹っ飛ばしてやった。
抵抗?
するに決まってるでしょう。
衛兵たちをすっかり片付けたところでお父様に挨拶をかわす。
「お父様、遅くなりましたがただいま戻りました」
「う、うむ。おかえり」
さすがのお父様も今回の私の振るまいには小言を言えないようだ。
そりゃ殺されそうになったんだもの。
当然ですわね。
「ところで、その顔……」
「ああ、この顔ですか? お母様の化粧道具を借りました」
「あ、ああ、そうなのか」
「うふふ、どうです? お母様そっくりでしょう?」
「その顔が母さんとそっくりと思えるお前の思考がすごい」
どうやら恥ずかしがってるようだ。
お父様も素直じゃないな。
「この者たちはいかがいたしましょう?」
「私のほうから陛下に報告しておく。幸い私は陛下からの信頼も厚いから信じてもらえるだろう」
「そう思ってるのは本人だけだったりして」
「父をからかうんじゃない、たわけ!」
またチョップをお見舞いされた。
※
その後。
宰相は捕まった。
殿下暗殺未遂だけでなく、人身売買や違法取引など数々の犯罪が明るみになったらしい。
あんな人が国の権力者になったらと思うとゾッとする。
そしてマーサさん以下、宰相に加担していた人たちも全員捕縛された。
私は宰相の罪を暴いた功労者として報償を賜り、アーレン殿下の正式な婚約者となった。
こんな私が王太子妃なんて無理だと思って辞退したかったけど、陛下たっての希望ということでトントン拍子に話が進んでいった。王命なんて拒否できないじゃない。
でも良いこともあった。
王宮内であればアーレン殿下と一緒ならいつでも筋トレしていいらしい。
むしろアーレン殿下の身体を鍛えられるからどんどん筋トレしてくれと頼まれた。
「アーレン殿下! 足が止まってますわよ!」
「……さ、さすがオフィーリア。訓練場の外周を1時間以上走ってるのにまったく息が切れてない」
「砂浜に比べたら余裕ですわ。あと3時間はイケますわね」
「す、素敵だよ、オフィーリア……。そんな君だからこそ、僕は惹かれたんだ……オエ」
よろめく殿下をひょいと抱え上げる。
「オ、オフィーリア?」
「殿下は少しお休みくださいまし。私が抱えて走りますから」
「で、でもお姫様抱っこなんて……。普通は逆じゃないかな?」
「あら、知らないんですか? こうして走るのはいい筋トレになるんです」
「僕はおもしかい?」
「うふふ、ちょっと軽すぎますけど」
殿下を抱えて筋トレする婚約者なんて私だけじゃないかしら?
「でも早く私を抱える側に回ってくださいまし」
「そうだね、頑張るよ」
そんなアーレン殿下があれよあれよと筋肉だるまになって私を抱えて走れるようになるのはもう少し先の話。
お読みいただきありがとうございました。
こちらは当初、異世界恋愛のつもりで書き始めたのですが、思いのほかコメディ色が強くなってしまったためコメディジャンルで投稿しました。
異世界恋愛って難しいですね(笑)




