5話 セゥルド~1
ぼくは、身分の低いお母さんの子供なので王になれないだろうって、みんな思ってる。ぼくもそう思う。だって、そうだよね…。
でもフィーナが居てくれれば別に王にならなくていいと思っる。
フィーナは2歳半歳年上の子守だ。
私はセゥルド。エル・ソニュル国王の現王の第一子だ。だからって皇太子になれるっていう簡単な構図ではない。
今、宮中で皇太子の候補と言われ始めたのは、あと二人いる王子の内、私の次に生まれた3歳下の弟。それも一時のことかもしれないし、わからない。
大人たちの汚い勢力争いなんて関わりたくない。というのが私の本音だった。
私が10歳の時からずっと子守役をしてくれているフィーナという女性と結婚できれば良いと思っている。
私はまだ13歳なので、あと4年くらいは求婚できないかもしれないけど、必ず彼女と結婚したい。
フィーナは一応貴族の娘だけれど、気取った所がなくて優しい女の子だ。女の子っていうのはちょっと違うかな。もう結婚してもいい年齢だから、レディーっていうべきかな。
フィーナが16歳になった日に、彼女に大人と思って欲しくて、自分から「ぼく」はもう止めて「私」という言葉を使う事にした。
私は王の息子といっても、母の身分がさほど高くないので誰も私に大きな期待を抱いていなかったのは、私にとってはかえって気楽だった。
次期王の候補の座にはほど遠い私は、王宮の片隅で楽しく暮らしていた。
私は王族だから学校には行かない。教師が来て講義をする。色々な教師がいたし、勉強は真面目にしていたけれど、王になる為に学ばなければならない科目については、一応勉強させられていたが、どちらかというと、どうでも良かった。
魔術の先生でリードという人がいた。
リードとはたまに会うだけで話をするのも少なかった。その日までは挨拶程度だったと思う。リードを呼び止めたのは13歳の時だった。
何故、彼に恋の悩みを相談したのかというと、たまたまフィーナの事を考えている時、丁度、目の前にいたからだった。
魔術の教室は他の教科と違って、庭にある人気の無い場所にある小さな建物だった。他の教科では私専用の学習室に教師が赴くという形だった。魔術の教室には面倒だったのでそれまで足を運ばなかった。彼もあまり居る様子が無かった。その建物が魔術の教室だという事も忘れていた。王宮内の庭の木に寄りかかりフィーナの事を考えていたら、若草色のローブを着たリードが魔術の教室から出てきた。髪を上のほうに束ね一箇所に纏め、背があまり高くない若々しい教師は、静かな雰囲気だった。
「あの、先生、ちょっと良いですか?」
「セゥルド様。お久しぶりです」
あまり表情の無い人だが、顔の作りは美しく、印象は悪くない。
私が声をかけたのはこの教師が若いから恋愛の相談がしやすかったのもあった。
「けっこん…ですか」
「ええ」
彼は、一瞬、右の眉尻を上げ何か考えたような顔をした。
「これはまた。随分と…お早い」
「先生は?好きな女性は居ないんですか?」
「わたしの事は置いて、そうですね」
この年若い教師は最初から魔術を教える気が無さそうだった。子供心にこんな若い教師に何もわかってもらえないだろうと思ったけれど、教師の中では男として一番歳の近い先輩だし、何でも良いから誰かに応援して欲しというもの本心だった。
「好きというのは良い事ですが、結婚は…」
「やっぱり解らないか」
「占ってあげましょうか?」
魔術の教師だから占いと言う言葉が出てきても不思議は無かった。
「当たるの?」
「さあ、占いはあてにならない。と思います」
「だったら、いいよ」
「でも、参考にはなります」
「うーん」
「どうします?」
「じゃあ、ちょっとだけ頼もうかな」
「わかりました。では、占いの支度をしますので後ほど教室へお越しください」
そういうと、若い教師は新緑の色のローブの裾を風になびかせ立ち去った。
その日から毎日、木造の魔術の教室へと通ったが、なかなか占ってもらえず、何故か簡単な魔法のやり方を講義されて帰ってくる。
「今日は此処までです。明日またおいでください」
「占いはまだなの?」
「はい、こういう事は時期が難しいので。特に結婚となると一生の事ですから。あなたも、間違えた占いなんてしたくないでしょうし」
「そうか…」
「その代わり、きっと当たるように、頑張りますから」
「うん。それならまた来る」
「お願いします」
あまり表情の無い人だと思っていたが、毎日会ってみると、とても優しく、穏やかな笑顔が印象的な人だ。でも少し頼りない感じもした。
ある日、魔術の教師が自分の事を少し話した。
「わたしには昔、子供がいました」
「え?」
「ほんとうです」
「どんな?今いくつ?」
「さあ、どうだったか」
「まって、先生って若いですよね」
「そうでもないかな。わたしのことは名前で呼んでください」
「でもっ、子供が居ると聞かされても、どう頑張っても20代前半以上には私にはみえないんですけど」
「そんな風にみえるんですね」
教師は一瞬、困ったような顔をした。
「実を言うとかなりの年寄りなんですが」
「うそ、だって…。若くみえるけど?」
普通教師と言うのは、結構、歳が行っていて、難しい言葉を選んで話してくる。
子供の私の前では、なんとなく威厳を保つような感じがしたが、リードは偉そうな言い方もしないし、いつも私に解りやすい言葉で話していて、親しみやすい。教師としては珍しい人だ。外見も若者らしく爽やかだ。
そういえば、この人をいつ紹介されたかよく覚えていない。大分幼い時だったのかもしれない。たまに見かける範囲では、表情を見せることが無かったが、毎日話をしてみると暖かい人だった。
でも、どう見ても若い教師が年寄りというのは本当なのかな?
「見た目で判断するのは人の常ですが、それだけでは賢いとは言えませんよ。人を見極める力を持てば世界が大きく変わります。貴方様にはその才能がおありのようにお見受けしました」
「人を見極める?どうやってですか?」
「そうですね。まず、相手の目を見るといいでしょう」
リードは時々城を空け留守にしていた。そういう時は他の授業や稽古は受けてはいたが、暇を見つければフィーナを呼んで、食事をしたり、お茶やお菓子を楽しんだりして過ごすようにした。
王になる為の科目もきちんと学ばなくてはいけないので、しかたなくではあったけれど、一応授業を受けていた。ある日、突然、私専用の教室の扉が開いた。丁度授業を受けている最中だった。
「失礼、遅くなってしまいました。見学させて頂きます」
中に入ってきたのはリードだった。どうやら前もって許可を貰って教室へ入ってきたらしい。教師がリードを快く向かえた。
「いらっしゃい。どうぞ、お好きな所へ」
「恐縮です」
リードはどの教科の講義にも必ず付いてきて、黙って講義の様子を見守っていた。彼は私がどんな授業を受けていて、どの位理解しているのか観察している様だった。2週間位で彼は講義に現れなくなり、また暫く姿を見る事もなかった。
ある時魔術室での講義が終わってリードが言った。
「そういえば、簡単な占いなら、ご自分で出来ますよ」
「本当?」
「ええ。運を占う、金貨を投げて手の上に乗せます」
「それ、知ってる」
「ですよね。じゃあ、お呪いは?恋の」
「どんなのですか?」
「沢山あります。相手に幸せをプレゼントするもの、自分の魅力に気付いてもらえるもの、その他にも、様々です」
「どういうのがいいんです?」
「人によります。ですか、今のあなたは、相手を喜ばせてあげると良いと思いますよ」
「どうやって?」
「好きな人が喜びそうな事って無いですか?」
「うーん。お花をあげるとか…。女性は綺麗な物を貰うと喜ぶと思うけど」
「では、今度、あげたいと思うものを持ってきてみて下さい。ものによりますが、お相手の女性が喜ぶように魔法をかけられるかもしれないですよ」
「はい、持ってきます」
なかなか難しかった。フィーナが貰って凄く喜びそうなものってなんだろうかと、数日間悩んだ。
フィーナ自身は、私の世話をしてくれるので私が楽しかったらそれでいいと言ってくれる。
そうか、私は、彼女が楽しいかどうかまで考えず、ひたすら甘えてきたのだ。彼女にはきっと責任もあっただろうし、気を使ったに違いない。そう考えると、早く結婚したいなどと勝手に考えてきた自分の幼さが恥ずかしくなった。リードにまだ早いと言われたのもそのせいだ。