4話 ルーニア(ルゥナ)~1
あたしはルゥナ。この大地の神殿に修行に入って2年たった。一応、巫女アーニャ様付きでお世話や身辺警護みたいな事をする係。神官様の儀式の手伝いをする所まで頑張ってきた。
でも、神様に仕えるのはあたしには向いてないって最近思う。どういう訳だか、どんなに頑張っても神様の声が聞こえたり心を感じたりしないし。巫女様のアーニャ様みたいに人を治癒する不思議な力なんか全然養えなくて、ただ、性格がいいとかよく働くからとかいう理由で巫女アーニャ様付きに選ばれたんだろうと思う。
アーニャ様は、あたしをとても気に入って下さって嬉しかった。あたしは巫女アーニャ様のお側に居られればそれで満足する普通の女の子だと思う。
アーニャ様は、儚い感じの人で守ってあげなくちゃって思う。アーニャ様はお体があまり丈夫でらっしゃらない。
考えたくないけど、巫女様って長生き出来ない方が多いらしい。でも長生きすればその霊力も物凄いらしい。あたしはアーニャ様に絶対長生きしてもらうつもりだ。
「アーニャ様、こちらの聖衣でいいですか?」
「ええ、お任せします。あなたも、もう自分の支度をしていいのよ」
「でも、王宮の方へ行かれるんですから、ちゃんとしていかないと馬鹿にされたら腹立つし」
「まあ、まるであなたが巫女として行くみたい」
アーニャ様が楽しそうに微笑んだ。あたしはアーニャ様の笑顔が大好きだ。とっても綺麗だし居るだけで花が咲くみたいに周りの雰囲気が明るくなる。
「あーん。すみません。あたしったら、つい夢中になって」
「いいのよ、あなたを見ていると楽しいわ」
1つ年上のアーニャ様は可憐で純粋で、人を疑わない本当に素敵な人だ。長い髪、大きな目、細い指、あたしはアーニャ様が大好き。髪はいつも下していてきちんと櫛を通してある。髪を梳いたりするのはあたしの仕事じゃない。それは他の人の仕事。今回みたいな国の祭りでは雑用もするけど、普段はいつもアーニャ様を見るのが仕事だ。アーニャ様が困ったらすぐにあたしが動くっていう決まり。
「そろそろ自分の支度もなさい。あと二週間しかないのよ」
「だから最終点検してるんです」
「さっきっから何回もしてるでしょ?私があなたの支度をした方がいいかしら?」
「あー!出来ますから!あたしなんて荷物なんにもいらないし」
「そうはいかないでしょ?私の側に居てもらうんだから。新しい衣類は届いて?」
「はい。届きました」
「忘れ物しないでね。今日はもういいから、自分の支度なさい」
「はい。じゃあ失礼します」
此所、エル・ソニュル王国では、もうすぐ王都で収穫を祝う新嘗祭だ。この新嘗祭では各大神殿の巫女様や神官様が式典に参席する。
この国では日の神、土の神、水の神、月の神の四つの大神殿が王都から離れた東西南北の緑豊かな静かな場所にある。大神殿は神聖な場所とされているので、巫女や神官が修行したり祈りを捧げる場だ。
王都にも一応4神殿はある。ただし王都にあるのは、どっちかって言うと聖職者向けの建物じゃない。
星や空の状態を調べて、天気の予測とか気象研究をする施設。
今年はどんな作物がよく取れるだろうという予想をしたりする役割を担っていて、普通の人にとっては便利な神殿で、アーニャ様みたい清らかな巫女様が住むような所じゃ無いと思う。
王都に行って帰ってくるまでは忙しい。
はやく新嘗祭が終わって静かな毎日に戻りたいのがあたしの本音だったけど、1年に1度の大祭だから、行かないって事は出来ない。
アーニャ様の部屋を出て神殿への廊下を歩いた。
この大地の大神殿は一般の人が入れる区域と神殿の関係者しか入れない場所に別れている。
普段あたしは誰でも入れる一般向けの神殿までは行かない。奥殿止まり。アーニャ様の側を離れないからだ。でも、奥殿内の神殿で祈りをして良いのは巫女様か神官様。あたしは奥の神殿では端っこでアーニャ様を見守るだけ。
アーニャ様が奥神殿へ入る時以外は、あたしは奥神殿へ入れない。だから、あたし自身が祈りを捧げたい時は多くの人が出入りする一般向けの神殿にお祈りしに行く。
あたしのお祈りを神様が聞いてくれるとも思ってないけど、遠出する事になると思うと、アーニャ様の無事を祈りたくなった。
急いで廊下を歩いていると、数人の人が向うから歩いてきた。案内をする若い女の子と、その後ろに汚らしい白髪の老人。
老人は軽く頭を下げたが、なんだかとても嫌な感じがする。汚い格好のせいだけじゃなく、なんとなく嫌な雰囲気だ。
気になって案内の女の子を呼び止めた。
「ちょっと、待って」
呼び止められた案内の女の子は素直に返事を返した。
「はい」
「そのお年寄り、何処へ案内してるの?」
「アーニャ様のお部屋へです」
「アーニャ様のお部屋?そこは特に神聖な場所だからその人の汚れはきちんとしてから奥に行くべきじゃないかな」
「はい、ですが、アーニャ様がそのままお通ししていいと」
「だとしても、客人の身なりぐらいは気を使うのが、あなた達の仕事でしょ」
あたしの態度が大きいのは、話してる相手が淡い桃色の襟の着物を着ているからだ。着物の襟の色は、神殿内での立場や役割、徳の高さなんかを表している。
あたしのは青。この色は、ちょっと人数が少ない。アーニャ様の周りではあたしだけだし、1人の巫女や神官に対して3人までしかいないのが青い襟だ。青い襟というのは世話係もするけど身辺警護的な役割もし、いざというとき神官や巫女の身代わりに命を投げ出してもいいと自ら進み出た者しか着られない襟の服だ。
紫とか、黒とかの濃い色になると徳の高い相手だから、あたしも偉そうな口は利けない。
「お急ぎでいらっしゃるので…」
老人を見たが、老人は黙っていた。かなり具合悪そうで下を向いて全然動かなかった。薄汚れた赤いマント、汚れで絡まってくっついてる白髪。冗談じゃない。こんな男をアーニャ様の部屋へ通すって言うのか?。だったらあたしが付いて行くしかない。
あたしは老人の後ろに立った。老人は歩き出し少しして急に振り返って、あたしを見た。虚ろな目、嫌な感じだ。
「欲が無い」
老人は小さな擦れた声で言い終わると、また前を向いて歩き出した。
嫌な予感がして心配になったあたしは、老人がおかしなまねをしないかと注意深く後ろをついて行った。
アーニャ様の客室に入ると老人が人払いをと言った。
「わかりました。皆下がって下さい」
部屋から出たくなかった。でも、アーニャ様が言う事に逆らえない。
心配で振り返りながら最後に部屋を出た。
心配だ。護衛の女達を呼ぶように言い付けていつでも扉を開けられるように準備していた。
少し時間が経った時、部屋の中からガタンという音が聞こえた。あたしの警戒心が何か起こっていると感じて、すぐに部屋へ入った。
「アーニャ様!」
客室から奥の部屋へ走る。ただ事じゃない。机も椅子も倒れている。アーニャ様の身が心配だ。扉を3回開けて奥の寝室へ入った。
アーニャ様のベッドに老人が居た。アーニャ様の上に覆い被さっている。
「あんたっ!どきな!」
老人はアーニャ様から離れない。しっかりと体をくっつけているのでアーニャ様の顔が見えない。あたしは老人をどかそうと思い、足を前へ動かそうとした。足が一歩も前に出ない。動けない。足だけじゃない短剣を取ろうとして懐に入れた手もだ。
あたしは動けないまま目を見開いて、アーニャ様に何が起こっているのか知ろうと必死になって目を凝らした。
老人の髪の色がだんだん黒くなっていく。
どんなに目を凝らしても、あたしには霊視能力がない。目の前で何が起こってるのか解らない。飲み物を飲むみたいな音が老人の喉から聞こえてくる。老人は若返ってるみたいだ体からオーラが出てる。
オーラなんて初めて見えた。うっすらだけど白い感じ。
アーニャ様のオーラが小さくなって行く。この色はアーニャ様のオーラだったのか。
クククって笑い声が寝室に響く。今若返った男の声。あたしはそいつを睨み付けた。
男がアーニャ様から体を離しあたしの方を見る。陶酔したみたいないやらしい感じの目。口から紅い液体が流れている。
「次は、あなただ」
男は不敵な笑みを浮かべ、狙いを定めた動物みたいにあたしを見た。