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リシュエル1 魔導騎士リシュエル   作者: 五十嵐 綾子
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    ガレット~2

 寝室を出て、急いで着替えをして、洗濯と料理をした。

 野菜は森の中に小さな菜園を作っていたので、そこから採ってきた新鮮なものを使った。 彼が居ない隙に魔術を少しだけ使った。洗濯物を干す時だけ。

 私は魔術が使えるし普段はかなり多用している。でもあの人の前では出来るだけ使わない。理由はあの人が嫌がるから。その割には、あの人はしょっちゅう私の目の前で魔術を使うけど、それもいい勉強になるので見るのはいい。

 私が彼に出会ったのは10歳くらいの時だった。孤児で食べるものが無くて飢えていた。

 彼に出会った時、私は彼の優しい笑顔に触れ、その暖かい優しさにどれだけ有り難くおもったか・・・。

 彼は私に食べ物をくれて、拾ってくれた。命の恩人だ。

「君、名前は?」

「ガレット」

「一緒に来ますか?」

「うん」

「じゃあ、少し此処でまっていて」

「うん」


 彼の世話になるうちに、彼は見た目よりずっと歳をとっている事と魔術と剣術に秀でている事を知った。そして、複数の名前を持ち、なにやら普通でない仕事をしているらしい事も。彼は私を仕事に連れて行ってくれなかったし、私の前で仕事の話をしなかったのでので細かくは知らなかった。

 彼に拾われ、この城に連れてこられた最初の頃は、彼が城内にいる時はいつも彼の後をついて歩いた。

 14歳までの間に読み書きや一応の護身術、乗馬、マナー等、彼から勉強を教えて貰った。

 2年半前、私との言い争いの後、彼が何も言わずに城を去ったので沢山泣いた。

 半年に一度位、彼の姿を城で見たが、私が近寄らないように彼のいる部屋には結界がはられていた。 彼が風呂場に行けばそこにも結界が敷かれていて、一晩待っても彼は現れず、気が付くと私は自分のベッドで目が覚めたりして、ちっとも話をしてもらえなかった。

たまに手紙が来ても、「元気ですか?わたしは元気です」位の内容。綺麗な色の葉や、不思議な水の入った小瓶や珍しい鳥の羽、何か変わったものも送られてきた。全部とってある。彼が送ってきた物は面白い物が多かった。

 城の掃除をしたり畑を耕したり色々しながら魔術の勉強をした。この城の書庫は広く、多くの書物があったが何よりも多かったのが魔術の本で、私は魔術の勉強を続けていつか彼に認められて一緒に行動したいと思って彼を待つ2年半の間、魔術の勉強に励んだ。


  今朝早くに出かけたミストは湖から帰るなり、元気な声で言った。

「おなかがすいてしまった」

 外の世界で彼がどんな風にしているのかは知らないが、私の前では彼は子供のように奔放な態度でいてくれて、年上の彼を可愛いと思うこともあるくらいだ。

「はい、食事、出来てますよ」

 白い木綿の服を纏っている、ほそっりとした体。湖には服を脱いで入ったのだろうけど、体や服や髪は魔術で一瞬にして乾かしたのだと思う。

 今回は数日の滞在らしく、その間、彼が安心してのんびり過ごせる様に心を尽くした。

     

 ある日の午後、彼が常々風光明媚と誉め、気に入っているベランダで食事をしていた。

「美味しい。お茶もだけど、あなた料理が上手になりましたね。そういえば宮廷で働く話はどうしたんですか?また断ったの?」

「何回も聞かないで下さい。何度断ったら気が済むんですか?」

「でも、あなただって、いい加減、独立した方が良いですよ。17になったんですから、結婚してもおかしくない歳です」

「いいんです」

「どうするんですか?これから」

「あなたが近くに置いてくれればいいんです」

「ふぅ。またそれですか。困ったな」

「私だってあなたの役に立ちたいです」

「ん…だったら。何か頼もうかな」

「なんですか?」

「嬉しそうですね。じゃあ、もう一杯お茶を持って来て下さい」

「なんだ。そんな事か」

「ふふっ」

 彼の笑い声を後ろにベランダから台所へと向かった。

「はい。お茶!」

「ガレット、乱暴ですねぇ。その置き方」

「だって、ミスト、あなたが悪い!」

「おやおや、こわいな」

「それって、ぜんぜん子供扱いだろ!」

 そう、ミストはいつも私を子供みたいに言う。何故か魔術も教えたがらないし、私はミストの仕事を手伝って一人前と認めて欲しいだけなのに。上手く気持ちを伝えられないもどかしさに、踵を返し走ろうとした時、ミストが後ろから私の腰を抱きしめた。

「待ちなさい。ここに居て。あなたには感謝してます。急に大人っぽくなったから戸惑っている。どうしても役に立ちたいというのなら、一度、わたしから離れて修行してもらわないと。わたしはあなたには甘すぎる。だから、出来ればどうかこのままでいて下さい」

「ミスト…でも、あなたは、たまにしか此処へ現れないでしょ」

「それでも、わたしを嫌いで無ければ」

「嫌いなわけないでしょ」

「お願い。こっちを向いて」

「ミスト…」

 私はこの人が大好きだ。そっと抱き止めたその瞬間、急にミストが私の腕をつねった。チラリと目だけベランダの向こうにやり、体を強く押し付け向きを変える。そうしながら彼はチラリと室内の方を見て武器の位置を確かめた。どうやら侵入者が居るらしい。彼は何時気付いたのだろう?多分、私を抱きしめて来た時には気付いていたのかもしれない。理由もなく急に私に抱き付くのは彼らしからぬ行動だった。

「そのまま」

「はい」

 ミストが小さな声で囁き、私も小声で答える。

「何かこぼしたとか、上着を脱がす振りでもして」

「はい」

「そろそろです」

 体を離し、2人一緒に壁に掛けてある剣を手にし、ベランダから庭へと飛び降りる。私も自分で出来る限り素早く行動したつもりであったが、彼の速さは人とは思えない程尋常を逸したものだった。

「誰です?ここは私有地ですが」

 彼が、背の曲がった小男の喉下に剣の先を突きつけながら尋ねた。小男はひるむ様子もなく、にっと笑った。

「伝令か何かですか?。たしか、あなたは王宮に居た筈。なぜ来ました?」

「王太子殿下が」

「なに?」

「毒殺されました」

「っ!そうか。去れ。此処を知った者は殺す」

「私がします」

 私は彼の手を汚させたくなくて、慌てて前に出ようとしたが、彼が制した。

「いや、いい」

 ミストは鋭く光る切っ先を小男から離した。小男は素早く逃げ去った。

 小男が逃げ去ると彼の厳しい表情は一変し、先程と同じように穏やかなものになった。

 

「あーあ、ここを知られたのでは、いい加減、引っ越すしかないですね。まあ引越しは簡単ですが、でも此処は気に入っていたのになあ。新しく結界でも張らなくてはね」

「はあ…」

 そう答えながら私は彼の表情のあまりの変化に、如何に彼がこの城の外で危険の多い生活をしているのかと内心、心配をした。

「仕方ないなぁ。行きますか」

「何処へ、ですか?」

「王都。ガレット、あなたも一緒に」

「いいんですか?」

「そんなに喜んで…後で泣いても知らないから」

「へーきです!」


 王都は高い壁の中に広い街があり、街はお祭りの様に賑わっていた。ミストに拾われるまで住んでいた街だったけれど、孤児だった私の記憶は決して華やかな物でなく、廃屋などでお腹を空かせ、着る物も無く寒かった程度の、あまり楽しくない思い出しか無かった。今通っている大通りの町並みは賑やかで色々な店があり行き交う人々も購買意欲に満ちていて、田舎暮らしに慣れた私にはまるでお祭りのように見えた。ミストはいつもこうなのだと言う。

「ガレットはずっと静かな所にいたから」

「でもっ、とっても活気があって感動しますね!」

「はしゃぎ過ぎ。先が思いやられるなぁ」

「大丈夫ですって」

「だと良いですけど。王都ではわたしの事はリードと呼んで下さい。あなたも名前を変えましょうか。何が良い?」

「え?何って、どうしよう」

「じゃあ、ビータン」

「なんですかそれ」

「だめ?」

「もっとカッコいいのがいいです!」

「もう、我儘だな。自分で考えて下さい」

「えっとー、んー、んー。ゴー…」

「エトンゴね。決まり」

「まだ何にも言ってないっ!」

「いいの、いいの。ねっ。トゴンエちゃん」

「ぷーっ!さっきと違う!」

 彼がクスクス笑った。その笑顔が嬉しくて、名前は何でもいいと思った。


 

 城下街に着きミストに付き添って、立派な建物の中に到着した。今、ミストは銀色な髪の立派な服を着た人物と面会している。物腰からも高貴な人なのだろうと思われた。

 私は、ミストの側に居て黙っているのが一番いいと判断した。

「王子。お元気でしたか?」

「リード!」

「王子殿下、次はあなたの番ですね。覚悟は出来ましたか?」

「ああ!でも、私で良いのか?」

「その為に勉強してきたのでしょ?」

「そうだが」

 私と同じような年頃の王子はちらっと私を見た。

「この者は御気になさらなくても大丈夫です」

「うむ。新しいお弟子さんですか?」

「いえ、ただの世話係です。そのうち何かのお役に立てるかもしれません」

「楽しみだ」

「彼の事は後ほど改めて。暫く滞在するので宿を探します」

「どこか準備させよう」

「いえ、この者がおりますので、今回はご城下におります。宿が決まりましたら直に知らせに参ります」


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